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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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薬局長のお節介 2

 固まっている僕を見て、薬局長はゆっくりと話を続ける。


「片瀬先生から異動のこと、詳しく聞いていたと思っていたから。……片瀬先生なら野上先生が聞いてこなくても、マシンガントークしてくるでしょう?」


今までの片瀬とのやり取りを思い出す。

薬局長が言ったように、片瀬は何でも僕に話しかけてくる。

用があっても、無くても問わず……。


それなのに、片瀬はこれと言って、異動の詳しい話をしてこなかった。

喋ったとしても、僕のことを心配するばかり。

きっと香織のことがなければ……。


「そう、ですね。 異動について本人から聞いていませんでした。 片瀬なら自分から言ってくるんですけど珍しいですね……あ、引っ越しの準備で忙しいかもしれませんね!」


きっとそうだ。

片瀬は片瀬で忙しいから話をしてこない。

そう言い聞かせてみた。


「そうね。 東京から長野だと、引っ越しは大変かもしれないわね」


コクコクと頷いてくれた薬局長。

僕の言葉に納得してくれたと思い、少しホッとする。


それに、長野と聞いて思い出した。

どの辺に引っ越すか、後で片瀬に聞かないと。


「そうだ、話変わっちゃうんだけど。 野上先生にどこかで有給消化しない? 何日か消化しないと無くなっちゃうから。 この後って有給消化の予定があるかしら?」


溜まっていた有給が、上司に声をかけられるほど期限が迫っていたとはびっくり。

薬局長から丁寧に打診してくれたが、今の僕にはこれといって休む予定がない。

ふと、片瀬が「休んだらどうだ?」の言葉に体がグラッとしたが……。


「今のところ休みの希望はないです。 どこでもいいので、人手が足りているところに割り振ってもらえれば」


休みとなれば、香織と予定を合わせて出かけたり、旅行を楽しんだり……。

有給休暇の醍醐味が無くなってしまった今、与えられた有給をどう過ごしたらいいのか。

自分の口から「休みの希望はない」と言ったのが、妙に虚しく聞こえた。


「そう? そうしたら……今月の28日の水曜日。 ここを有給でいいかしら?」


置き型のカレンダーを見ながら、薬局長は候補日を挙げてきた。

6月下旬に入ってきたので、有給を入れるところは、ある程度絞られるだろうと思っていた。


「28ですか?」

「そう。 水曜日の28日で、野上先生は元々出勤であっていたはず」


白衣のポケットから、異常に折り畳んだシフト表を取り出して「あぁ、そうそう。 この日で合っていた」と確認。


「分かりました。 その日、人手は足りますかね?」


片瀬が異動の後、新たに入ってくる人は現状いないそうだ。

全体のスタッフ数は比較的多いほうだが、時短勤務の人もいるので、日によってマイナスなこともある。


「うーん、何とかなるわ! そのかわり、野上先生がよければ、片瀬先生の引っ越しを手伝ってあげてちょうだい」

「引っ越しの手伝いですか?」


想定外の提案に動揺。

こういう突拍子もない話をしてくるあたり、片瀬と薬局長は近い気がする。


「そう。 片瀬先生って仕事は正確にやるのに、掃除とか片付けは大雑把でしょ? 引っ越しの荷物、まとめられなさそうじゃない?」


薬局長が言った通り、片瀬は身の回りの整理整頓が雑。

ロッカーがダントツに汚いのも片瀬のロッカーだ。

開けた瞬間、荷物の雪崩が襲ってくるほど酷い。


「引っ越しの手続きはほとんど終わっているみたいで、28日が当日なんですって。 だから、野上先生が有給で休めたら、手伝いに行けるし、お見送りもできるでしょう?」


よりによって、片瀬の不在日に有給消化でいいのだろうか。


「そ、それはそうですけれど……」

「有給消化してまで、片瀬先生の見送りするのは嫌かしら?」

「そ、そういう訳じゃ……」


怖いぐらい見つめてくる薬局長に、僕は再び固まってしまう。

さっきまで、薬局長との会話が楽しかったのに、今にも崖から突き落とされそうな気持ちだ。


怯えている僕が面白かったのか、いきなり高笑いする薬局長。

もう訳が分からなかった。


「あぁ、ごめんね。 野上先生のリアクションが分かりやすくて、面白くなっちゃってつい……」


薬局長から見ても、僕の表情は変幻自在なのか。

返事に困っていると、


「野上先生、本題に戻るけれど。 今、片瀬先生と話すの、ちょっと気まずい?」


核心をついた問いかけに目を見開いた。

薬局長の空気に飲まれるように「少しだけ、気まずい、です」と、率直に答える。


「そうよね」


薬局長は目を潤ませて、悲しげな表情を浮かべていた。


香織と薬局長は、面識はないものの……。

僕たちが婚約目前だったことと、香織の不幸があったことは知っている。

僕が抱えている心の闇も察している様子だった。


「片瀬先生、お節介焼きだから、いちいち野上先生の心配をしているでしょう?」

「はい……」

「でしょうね……何となく想像つくわ」


「香織」の名前が出ていないのに、ほんの少しでも気を抜いてしまったら、涙が出そうになる。


「引っ越しのお手伝いは、野上先生の都合が良かったらにしましょう。 でも、ほんの些細なことでもいいから、片瀬先生と会話してみるといいと思うわ。 最近興味のあることとか、買い物でコレ買ったとか、下世話な話とか」


近頃は片瀬と他愛のない会話すらしてこなかった。

話していても、僕を気にかける話ばかり。

心配してくれるのはありがたいが、申し訳なさと窮屈な思いが勝っていた。

だから無意識のうちに片瀬を避けていたんだ……。


「野上先生は優しいし、周りの空気にも敏感になっていたかなって。 ここのところは特に、薬局にいてずっと居心地が悪かったんじゃないかと、思っていて」


優しいかどうかはさておき。

香織が亡くなる前と後……仕事場はいつもと変わりなかった。

唯一変わったのは、僕を見ている周りからの目。

「お気の毒に」と同情されている感じが、口で言われなくても視線で感じていた。


「上司としてすぐに言葉が掛けられなくて本当にごめんなさい。 こういうことを話すのは、タイミングとか時間をかけるべきかと思ったけれど……どうしても難しいわね……」

「薬局長……」


薬局長は苦しそうな表情を浮かべていた。


「私や他の人たちは、仕事上の関係性というのがあって、野上先生の私情に入っていかないけど……片瀬先生とは付き合いが長いでしょう? 色々と話せる間柄だけど……彼はストレートに言うタイプだから、野上先生が傷ついてないか……と思っていて」


薬局長はもしかすると、休憩室で僕と片瀬が話しているところを聞いていたのかもしれない。


「そこまで言わなくても……と思う反面、片瀬先生が言っていることは、私も同感できるところがあるから。 私が野上先生に本当は言いたいことを、片瀬先生が言っている、みたいなね?」


片瀬と「同感」ということは、薬局長も僕を心配していたということなのか……。

意外な本音を聞き、僕は率直に思っていることを口にした。


「正直、片瀬と話していると、時々聞いていて辛くて、逃げたくなるときがあります。 でも、片瀬が僕を気遣って言ってくれる気持ちも邪険に扱えなくて……」

「そうよね」


僕の言葉に頷きつつ、目線を落とす薬局長に体を向ける。


「すみませんでした……薬局長にもご心配をおかけして」


軽く頭を下げると、


「本当よ。 すごい心配したし、今も心配よ」

「えっ?」


「心配」を強調するように連呼され、思わず驚いてしまった。


「お休みしないで普通に仕事に来てくれるし。 むしろ残業を引き受けているし。 それなのに頬が前よりこけて、髪も痛んでいて、白衣に皺が……」


話しながら目を潤ませる薬局長。

今の言葉で、客観的に見られた自分自身が映し出された。

2、3ヶ月の間、栄養をまともに摂っていないと、見た目がそんなに変わるとは……。


「本当にすみません……」

「違うの! 野上先生は何も悪くないから! いいの! 謝らなくて!」


近くにあったティッシュを取り、涙を拭うかと思いきや、豪快に鼻をかんでいた。

薬局長は「あぁ、スッキリした」と言葉を漏らし、途切れながらもこう続ける。


「私が言いたいのは、気軽に話しかけてくる片瀬先生とは異動で離れるけど、片瀬先生以外の人にもちゃんと頼っていいのよ。 ということね」


微笑んだ薬局長は、僕の左腕あたりをポンポンと軽く撫でて「メッセージカード、まずは提出してね」と言い残して下がっていった。

多分、パン屋に行くためだろう。

それでも、いつもパン屋へ向かう時間よりも20分以上経っていた。


「薬局長とこんなに話したの、初めてだな……」


薬局長の感情が動いていたということは、本心で僕を思ってくれたサインと受け取った。

自分が思っていた以上に、僕に寄り添ってくれていたことを感じる。


「引っ越し、手伝うか」


小さな声で28日の予定を口にした。

薬局長の言う通りだ。

片瀬とちゃんと話そう。


香織のことや自分のことを言われ過ぎるのは嫌だけど……片瀬とくだらない話もしたい。

そう思っていると、片瀬に何を話したいか、聞きたいかも徐々に浮かんできた。


「……」


自分の頬が濡れた感覚。

何がそうさせたか分からないが、職場でメソメソと泣くわけにはいかない。

慌てて眼鏡を外し、濡れたところを白衣の袖で拭いた。


耐えるために、天井を見上げる。

幸い、周囲に人はいなかった。


『ちゃんと頼ってもいいのよ』


最後に言われた言葉が心に沁みてくる。

思いもがけない人に温かい言葉を掛けられるって、こんなにも救われるんだ。

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