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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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24/68

薬局長のお節介 1

 いつもと変わらず、白衣を着て仕事をしていた今日。

繫忙期と比べて、患者さんの数は落ち着いているが……。

6月に入った途端、幼い子供の処方箋が多くなった。


「今日はどうなさいましたか?」


具合が悪そうな子供を見ていると、僕まで心が辛くなる。

服薬指導はちゃんとするが、少しでも早く家に帰って、休ませてあげたい。

そう思ってしまう。


今日は雨予報なので、太陽は出ていない。

だが、異常な湿気で体温がいつもより高い感じが伝わる。


子供のお母さんから一通り症状を伺い、処方箋にある薬を説明していく。


「ぬり薬が出ていまして、ベンダザックですね。 患部に優しく伸ばすようにぬってあげてください。 正しいぬり方の説明書も入れておきますね」


お母さんは頷いてくれたが、とてつもなく不安そうな顔をしている。


「他にご質問ありますか? もしあれば……」

「あの、手足口病って他に何か気をつけたほうがいいこと、ありましたっけ?」


今にも泣きそうな顔をしているお母さん。


服薬とは異なる質問に困惑したが、


「小児科で聞いたお話と被っていたら申し訳ないんですけど。 大人も感染する可能性がありますので、ご自宅では手洗いとうがいの予防をしっかり行ってください。 あと、お子さんの場合は特に口内の炎症によって、お食事が少し辛いかもしれません。 こまめな水分補給と、ゼリーや果物のすり下ろしなど、食べやすいものも試してみてください。 脱水症状は避けたいので……」


お子さんを持つ先生と事務員さんも、手足口病にかかったことを思い出した。

そのときに話していたことを、目の前にいるお母さんにも伝えてみる。


小児科の先生や看護師さんではなく、薬剤師の僕が伝えていいのか不安に思ったが、


「あ、ありがとうございます。 さっき、病院で色々と聞くタイミングを逃してしまって……」


お母さんの言いたいことは薄々分かる。

薬局の近くにある小児科は、強面の先生で有名だからだ。

初見で行った子供と親は大体怖がっている。


「そうでしたか。 少しでもご参考になれば幸いです。 お大事にしてください」

「お世話様でした」


袋をお母さんに渡すと、抱っこされている子供と目があう。

少し笑って手を振ってみると、小さく手を振ってくれた。

所々腫れているが、きっと元気になってくれる。

そう願って見送った。


***


 自動ドアが開いたのと同時に、雨の音が聞こえてくる。

今日は一日中、雨模様だろう。


「最近は多いわね。 特に子供」


後ろから薬局長の声が聞こえてきた。


「そうですね。 この時期は子供の感染症がどうしても多いですね」


手足口病だけでなく、溶連菌感染症、プール熱など、未就学児に多い感染症が増えている。


「軟膏の減りがけっこう早いから、あとで発注したほうがいいかもしれないわね」


特に手足口病は、親もかかってしまった患者さんが後を絶たなかった。

そのことで、軟膏のストックが危うくなっていたところ。


「そうですね。 7月も患者さん来るかもしれないので、今日中に発注します」

「ありがとう、野上先生」


薬局長はカウンターの掃除をやっていく。

気がつけばお昼の時間を迎えていた。


「もうこんな時間なんですね」

「ん? あぁ、そうね。 午前はあっという間よね」


考えてみれば、起床してからお昼までを約6時間とすると、お昼過ぎから就寝までは約10時間以上を過ごしている。

明らかに午前のほうが早く感じる訳だ。


「そういえば野上先生。 はい、これ書いてね」


薬局長から渡されたのは、1枚の小さな紙だった。


「何ですか、これ」

「片瀬先生のメッセージカードよ。 書き終わったら私に渡してね」


片瀬にメッセージカード。

誰がどう企画したか分からないが、薬局長が片瀬宛にメッセージを「書いて」と言ってくるとは思わなかった。

なぜなら、片瀬と薬局長は「犬猿の仲」だと思っていたから。


「薬局長は片瀬に何て書いたんですか?」


イジリではなく、興味本位で聞いてみた。


「書いたわよ。 一応『お世話になりました』ぐらいは」

「あぁ、まぁそうですよね」


薬局長は気まずそうな顔をしつつも答えてくれた。


「僕、片瀬に改まって書くこと無いような気がして。 逆に何を書いたらいいのやら……」


片瀬にメッセージを書くのは正直照れ臭い。


「別に何でもいいんじゃないの? 私なんて、それ以外は適当に書いたわよ」

「え、何を書いたんですか?」

「『赴任先の近くにあるパン屋が美味しいから、絶対食べてね』って書いた」


メッセージカードでも、自分が好きな「パン」を推してくるとは……。

薬局長のメッセージを見て、片瀬が不機嫌になる様子が簡単に思い浮かぶ。

僕がウケている横で「それしか書くこと無かったのよ」と薬局長は言い訳をしていた。


「薬局長が書いたなら、僕もなんとか振り絞って書いてみます」


薬局長の面白い答えが聞けたので、僕も頑張って書こうと決心した。


「まぁでも、野上先生が言う気持ちはよく分かるわ。 親しいを超えた間柄の人に、メッセージを書くって、なんだか気持ち悪いなと思っちゃうわ」

「親しいを超えた間柄って、何ですかそれ……」


独特なワードセンスに苦笑する。

片瀬と僕で置き換えると、ちょっと生々しい。


「家族とか恋人とか親友? 上司や後輩とか、上下関係ならお礼の気持ちが言いやすいじゃない」


薬局長から見て、僕と片瀬は「親友」とみているのか。


「聞いたわよ。 野上先生がここに異動したとき、片瀬先生が熱烈なハグをしたって」

「あぁ、そんなことありました……というか、薬局長どうして知っているんですか?」


去年の7月、僕が異動の初日を迎えたとき。

片瀬から熱い抱擁をされたが、背骨から肋骨まで折られるぐらいの勢いだった。

あれは片瀬なりに喜びを体現したらしい。


「私はその日休みだったけれど、目撃した事務員さんが『あんな片瀬先生、見たことない』って話していたから」


片瀬は入社から1年足らずで押上店へ異動し、店舗にいる社員の薬剤師では一番の古株。

ちなみに薬局長は、僕が異動してくる少し前に来たらしい。

僕が来る前の片瀬は、どんな感じだったのか。


「ここだけの話ね。 私よりも片瀬先生のほうが押上店にいるのが長いから、最初の頃はやりづらかったのよ。 仕事は早いし、風紀を乱すようなことはしないから、良いところはあるけれど、どうも馬が合わなくて。 多分、私みたいな癖強い人間が上司っていうのが気に食わないんだと思うけど」


薬局長の勘は鋭かった。


『仕事できるのに、彼氏いないでしょ。 風変わりな人って男寄ってこないのかな』


片瀬は前に、薬局長のことをそう言っていた。

薬局長の話題は他にもあったが、何となく薬局長に皮肉を毎回言っていたような感じ。


仕事でのキャリアを順調に積んでいた片瀬にとって、突然やって来た薬局長の存在が、鬱陶しかったのかもしれない。

薬局長の話をする片瀬の様子から、薄っすらそう読み取っていた。

ただ『仕事はできる』とも言っていたので、片瀬なりに薬局長の仕事ぶりを認めていると思う。


「野上先生が来てからは、片瀬先生だいぶ柔らかくなったなと思って。 気心が知れている野上先生の前では、リラックスしているのか。 もしくは野上先生しか見えなくて、私の存在は消し去っているのか!」

「ふふっ! それは言い過ぎですよ!」


薬局長と仕事をするようになってから、間もなく1年が経とうとするが、自虐的な話をする人だったとは……ちょっと意外だった。


「片瀬先生は面倒見がいいし、うちの店舗に必要な人材だけど。 今回の異動は、ちょっとした目的があるというか」

「ちょっとした目的、ですか?」


何も知らない僕のリアクションに、少し驚いている薬局長。


「そう。 片瀬先生の異動先って、ポジション的には管理職、店舗の長にあたるのね? 規模は小さいけれど、入社して5年に満たない人が就くにはかなりの出世よ?」


改めて片瀬の凄さを実感する。

薬局長の言葉を聞き、小さく拍手をしながら「片瀬すごい」と口にする僕。


「どちらかというと、上からのお目付けがあった、というのが正解かな? 押上店って本社の人が来ること多いから、そこで顔が知られた感じね」

「やっぱ片瀬ってすごいですね……」


息を吐くかのように片瀬を褒めていると、浮かない顔をする薬局長が一言。


「野上先生、お節介で申し訳ないんだけれど。 最近、片瀬先生と喋っている?」

「え?」


話の矛先が変わった瞬間、薬局長の何気ない問いかけに身構えてしまった。

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