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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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いずれ来る現実 3

気の利いた質問が思いつかず、黙ってしまった僕。

僕が相手では、やはり思うように会話が続かない。

どうしても初対面の人には会話に探りがあるし、帰るタイミングも掴めない。


まして、今日は香菜子さんも見かけない。

僕はただ、コーヒーを飲みに来ただけなのに……。

せっかく図書館に来たはずが、結局落ち着かなくなってしまった。


「今日は仕事終わりですか?」


スーツを着ている月岡さんに聞くまでもないのに、単純明快な質問を飛ばす始末。


月岡さんは一瞬だけ強張った顔を見せたが、目尻に皺を作って、すぐ優しい表情に戻った。


「仕事ではないかな……」


月岡さんは椅子から立ち、カップを持ってコーヒーテーブルのところへ向かった。

いつの間にか、月岡さんのカップの中は、僕よりも早く空になっていたらしい。


「今日、奥さんの三回忌だったんだ」


背中を僕に向けたまま、月岡さんははっきり僕にそう言った。


「三回忌……」


漆黒のスーツにネクタイ姿。

僕も数ヶ月前、同じような色の服装をしていた。


よく見ると、カップを持つ左手には指輪。

僕もあんなことが無ければ、今頃付けていたはずだったのかな。

月岡さんの姿を呆然と見ていた。


「僕の奥さん、結婚する前から病気を患っていて……病気で亡くなったんだけど……まぁ、いつかはね。 こういうことになるっていうのは頭の片隅にはあったけど」


病気で奥さんを亡くした……。

そればかりが駆け巡っていて、細かいところまで頭に入ってこなかった。


僕は月岡さんの後ろ姿を黙って見つめるだけ。

コーヒーをカップに注ぎ終えた月岡さんは、こちらに体を向けたまま話を続けた。


「生きているときは『本当に死んじゃうの?』っていう気持ちが大きかったのね。 なるべく彼女のそばにいて、いつも通り過ごしていた。 けど、亡くなった直後は、その反動で一生分泣いたね」


悲しみを隠そうと少し笑っていた。


「でも……立ち直れたんですか?」


喉を絞るように僕は尋ねた。

聞きたいわけじゃないのに、口は動いてしまう。

今にも窒息しそうなくらい僕は苦しかった。


「うーん、時間は結構かかったかな。 仕事を休職してずっと家にこもっていたんだ。 人に会うのが辛かったからね。 それに、泣きたくないのに涙が込み上げてくるから」


少し前の月岡さんの話。

当時の荒んだ心と生活は、今の僕と重なっていた。


「僕もこのまま彼女の後追って死ぬんじゃないかってぐらいの絶望感があったな……だから、どのタイミングで立ち直ったとかが、明確じゃないんだよね。 徐々に気持ちが落ち着いた感じ」

「徐々に……」


月岡さんが話せば話すほど、僕の視界は涙でぼやけていくのだった。


「少しずつ人混みが苦にならなくなったとか、仕事に行ってみようって思えたとか。 きっかけ云々より、時間をかけたって感じかな。 あと、仕事復帰してからは視点を変えたんだ……『出世して給料上げたい』じゃなくて『今日を良かったって思えるようにしたい』みたいな。 そうやっていくうちに、感情に左右されない日々を送っていけるようになったんだよね」


穏やかな表情を見せる月岡さんが、どこか遠くに感じる。

しかし、月岡さんはすぐに悲しい表情を見せてきた。


「でもまぁ、奥さんを失ったという現実は変わらないし、ぶり返される。 ふとしたときに『まだ引きずってるな』ってなるんだよね」

「どうして、ですか」


月岡さんの心境を察しもせず、僕は無意識に次の答えを聞いてしまった。


月岡さんは溜め息交じりに続ける。


「今日の帰り際、お義母さんに言われたんだ。 『娘のことを忘れて、別の誰かと結婚したらどうか』って」

「そんな……」


僕の視界を邪魔したものが頬を通った。

月岡さんは一生懸命にこう話す。


「お義母さんも100%本心で言っているとは思わないよ。 実の息子のように良くしてくれたし、お義母さんの面倒だって見る覚悟で僕は奥さんと結婚した」


奥さんだけでなく、お義母さんまで大事にしている月岡さん。

お義母さんとの関係は良好なのに、どうして……。


「『40目前なら、まだ結婚のチャンスはあるだろう』って言われたんだ。 お義母さんなりに、僕の幸せを考えた上で掛けた言葉だと思う。 ただ、今の僕には残酷に聞こえてしまったんだ。 彼女の墓前で……正直言われたくなかったよね」


お義母さんを思いやる言葉もしっかり交えて、月岡さん自身の本心も語っていた。

相手の優しさが自分を苦しめるとは、まさにこのことだ。


「……」


一方の僕は、血の気が引く思いで話を聞いていた。

月岡さんは、僕の事情を知っている訳じゃないし、責めようがないけど。

じわじわと何かが込み上げてきそうだった。


「月岡さんがそんなことを言われて……どんな気持ちになるか分かって言っているのでしょうか、そのお母さん。 僕だったら絶対に耐えられない……」

「野上くん?」


僕の言葉に困惑した月岡さんだったが、あまりにスラスラと言葉を発した自分にも戸惑った。


「すみません……今日はこれで失礼します」

「あっ! 野上くん!」


使ったカップを置き去りにして席を立ち、逃げるように館内を出た。


***


月岡さんの呼び掛けは聞こえていたが、怖さのあまり振り向くことがどうしてもできなかった。

図書館を繋ぐ坂を下りていき、勢いのまま走っていく。


月岡さんとの会話が頭の中をぐるぐる駆け巡り、図書館を出た3つ目の信号が赤になったところで足を止めた。


「初対面の人に、何言っているんだ僕……」


目線を下にしたまま、一言呟く。


月岡さんの口から「奥さんが亡くなった」と聞き、今日が三回忌だったことも聞いて……。

香織が亡くなってから月日が流れ、将来の自分を想像してしまったのだった。


月岡さんのお義母さんが言ったように……。

いつか、香織の両親からも僕に同じこと言うんじゃないかと思うと……。


悲しみ、絶望、怒りの感情が交錯して。

我に返った頃には、月岡さんに感情をぶつけていた。


「しかも、お母さんに言われて傷ついているのに、僕にまで当たられて……最低だ……」


深く息を吐き出しながら、その場でしゃがみこむ。

多分、信号は青になっていただろうけれど、動けなかった。


「こういうとき、香織だったらどうするんだろう……」


香織に答えを求めても、一生返ってこないのに。

そんなことぐらい分かっているのに、口癖のように彼女に問いかける。


『これからも末永く……よろしくね?』


香織と交わした最後のやり取りが、突然フラッシュバックした。


僕よりも細い腕で、一生懸命に抱き締める力。

ほのかに香るラベンダーのハンドクリームと香水。

心地よい体温。

恥ずかしそうな表情。


全部が今でも、僕の記憶と体に残っているのに。

あの瞬間が最後だったなんて。

どうして神様は不公平なことをしたのだろう。


どうかお願い。

あの日、香織が僕にしてくれたこと、僕の目に映った光景と香織の姿、僕が香織に触れた瞬間の全部を奪い取らないで。

今の僕にはそれしか残っていない。


それに、香織と新しい思い出を作ることは、永遠にできないって分かっているから。

でも、そのことに気付いてしまった今、やりきれないこの気持ちをどうしたらいいのか……。


「香織……戻ってきてよ……」

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