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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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20/66

いずれ来る現実 1

 梅雨に入り、生ぬるい湿気を感じるようになった近頃。

しかし、今晩は珍しくカラッとしていて、過ごしやすかった。

ベランダの窓を開け、蛙の声に耳を澄ませながら、ゆっくり晩酌をする僕。


生まれてから高校を卒業するまで、僕は東北の田舎にいた。

あの頃の僕は、こうして東京で生活する身になるとは思ってもいなかった。

蛙の声が故郷でも聞いていたものと同じだったせいか、急に昔のことが頭に浮かんでくる。


僕は中学生から高校生まで、バスケ部に所属していた。

特に高校は友達と一緒に入部しようと約束した結果、全国大会に出場するレベルの強豪校だった。


しかも、バスケ部全員が坊主でないといけないことが後に分かって……。

本当に坊主頭になって、3年間部活動をやっていたのだ。


僕の場合は選手というより、マネージャー業務がメインだったので、きつい練習はコートの外で見ていたほうだったが……。

朝練して、授業を受けて、放課後は部活動に行って。

部活終わりにみんなとコンビニに立ち寄って、好きなアイスを買って。


のどかな田舎道を自転車で帰ったあの頃が、平穏で楽しかったのかな……なんて耽っていた。


坊主頭は部活の引退をめどに、3年生みんなで髪をのばして『大学行くのに坊主は流石に駄目だろう』と口を揃えていた。

当然、僕も躍起になって髪をのばした。


そういえば大学時代、香織が僕の家に来た時、高校時代の写真を見て大笑いしていたことがあった。

『野球部じゃないのに、どうして坊主なの?』という質問に『僕もどうして坊主じゃないといけないのか知らない』と答えた気がする。


挙句の果て、香織は僕の坊主頭が相当気に入ったらしく、僕に『もう1回坊主になってみない?』としばらくからかわれた。


何か考え事をしていても、結局「香織」のことが頭に浮かぶ……。

6月になった今も繰り返していた。


***


 2週間前までは浴びるように酒を飲んでいたが……。

図書館に行ったお陰で、先週の金曜日は久々に一滴も飲まずに過ごすことができた。


あの後は、遼くんを待ちながら、香菜子さんとコンビニで買った夜食をつまみ、他愛のない話をしていた。

人見知りで、自分から話題が出せない僕に対して、香菜子さんは僕に色々と話を振ってきてくれたのだ。


僕の出身地、大学時代の出来事、話にも出ていた片瀬とのこと。

そして、僕が仕事としている薬剤師のこと。


香菜子さんのことを、最初は寡黙な人だと思っていたが、僕よりもコミュニケーション能力があって、会話のテンポもちょうどいい。

かといって、わざとらしいリアクションはせず、相手の話を静かに聞いてくれる人だ。


その点、香織はリアクション芸人並みの反応をしてくれていた。

笑っているかと思ったら、相手につられて泣いたり、相手よりも感情剝き出しで怒ったり。


香織が単にオーバー過ぎるのかもしれないけど、僕はそんな彼女を見ているのが面白くて楽しかった。

香織だから許されていたのか。

あぁ、またしても「香織」が出てくるな……。


言葉に表せない気持ちを押し込むように、今日の一杯を飲み干した。


二週間前は香菜子さんに迷惑をかけてしまったので、あれから無茶な飲み方はしなくなったが……酒を飲むことは変わらず。

その中で、先週の金曜日に気付いたことがあった。


それは、図書館で飲んだコーヒーが、毎晩飲んでいるお酒よりも美味しく感じたこと。

先週飲んだコーヒーは、自分で淹れたとはいえ、何故か印象的で、今も酔い覚ましに一杯飲みたいと純粋に思う。


淹れ方はいたって簡単だったはず。

何か特別なコーヒーでも置いているのだろうか。

もしあれば教えてもらいたい思うほど……。


そこで、今夜も図書館に足を踏み入れようと決めたのだった。


***


 今日を入れて3回目の図書館。

前回は「夜に開放している図書館なんて、本当は存在しないのでは?」と疑いの目を持ちながら、図書館へ踏み入れた。


しかし、今日はそんな疑いもなく、図書館へと快活に進んでいく。

今晩もお酒は飲んでしまったが、最近の僕にしては、まともに過ごしている方だ。


いつもは仕事が終わって家に帰ると、香織といるのが当たり前だった僕。

1人でいるときの僕って、普段何をしているんだろう……。


ぼんやりと考え事をしながら、図書館の1階だけ照明が点いているのを確認し、中へ入っていった。

入り口付近をうろうろと歩き回る。


「今日は誰も居ないのかな」 


利用者も居なければ、カウンターにいるはずの香菜子さんの姿も無い。

これだけ広い建物の中ならどこかにいるだろうと、香菜子さんを探すがてら1階のフロアを回ってみた。


入り口から入って右側は、利用者専用のロッカーが置いてある。

左側は小さなカウンターがあって、左奥に進むと、新聞や週刊誌が置いてある開放的なスペース。

机と椅子もあって、その空間にはワゴンに乗ったコーヒーメーカーやカップが置いてあった。

ここで金曜日の夜を過ごさせていただいている。


左右にそれぞれのスペースがある中で、入り口から真っ直ぐに大きな階段があって……。

1階を見た感じでいくと、ほとんどの本が2階から上に並んでいるのだと思う。


階段から奥は、完全に真っ暗で何も見えない。

僕の足元にはパーテーションで仕切られていて、先に進むことはできなかった。

上には当然、人の気配を感じない。


「……コーヒー、頂いていいかな」


香菜子さんも居ない中、許可なしに使うのはまずいかとも考えたが、コーヒーを飲みに来たのが一番の目的だ。

誰もいないのに「もらいますね」と小さく言ってコーヒーを淹れた。


「ごく普通のインスタントのコーヒーだよな」

「いや……もしかして淹れ方にコツとかあったかな」


どうでもいいが、さっきから独り言が絶えない。

お酒を飲んできたので、少しだけテンションが高いのかもしれない。


夜の図書館を怖いと思っていた自分は、とっくにいない様子……。

むしろ、貸し切り状態の図書館を若干楽しんでしまっている。


椅子に座り、熱々のコーヒーを口に含んだ。


「うん、美味しい……気がする」


そういえば香織はよく、僕に紅茶を振る舞ってくれた。

職場がアロマやハーブを取り扱う企業で、紅茶の新商品や賞味期限間近だと、社割で家に持ち帰ってくることが多かった。

コーヒーを飲む習慣が僕に無かったせいか、この苦さが新鮮に感じるのかもしれない。


「紅茶も美味しかったよな……」


コーヒーの良さに気づくと同時に、紅茶への恋しさも現れる。


飲みながら独り言を呟いていると、扉の開く音が館内に響いたのだった。

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