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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第二夜

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香織エピソード 花言葉 2

 あまりの不意打ちに、僕の心臓が騒ぎ出す。


「気のせいだったらいいけど。 何となく心ここにあらず、みたいな気がしたから」


香織と普通に会話していたことで、仕事であったことを言いそびれていた。


「まぁ、誠司のことだから、仕事で何かあってもなくても、私にプリンは買ってきてくれるし。 私が飾ったお花にも興味を持ってくれると思うけど」


僕の目をじっと見つめる香織。

5年以上一緒にいると、どんなに頑張っても香織には嘘がつけない。


「実は、異動が決まって」

「本当? 場所は? もしかして引っ越ししないといけない感じ?」


疑問形は多いが、僕よりも冷静な香織。


「引っ越しは距離的にしなくて大丈夫なんだけど。 あの、押上店」

「ってことは直弥さんと一緒のところ? えぇ! 良かったね!」


笑顔で拍手をする香織に対して、僕は目が点になっていた。


「誠司、人見知りだからさ。 初めての異動だけど、同期で仲良い直弥さんがいれば心強いなと思って!」


香織の言葉は当たっているし、香織はこんなときでもポジティブだった。

呆気に取られる僕を覗き込み、香織が一言。


「異動、不安なんでしょ?」


僕の気持ちを察していた香織は、そう僕に問いかけてきた。


「まぁ……うん……そう……だね」


片瀬だけでなく、香織にまで自分の気持ちを見透かされている僕。

「不安」で押し潰されそうになる自分が、何だか情けなかった。

はっきりしない返事をすると、香織は微笑んで、


「ねぇ誠司、1つ提案なんだけれど。 この際、直弥さんにもう少し頼ってみたらどうかな?」

「片瀬に?」


その直後、5分を知らせるアラームが鳴った。

香織はすぐにアラームを止めて、蒸らしたお茶を2つのカップに注いでいく。

同時に「今度からは湯呑を用意しようっと」と、独り言を呟く香織を眺めていた。


香織のことは恋人として、1人の女性として……心から好きだし、尊敬もしている。

無論、僕が置いている信頼も著しく高い。

香織と片瀬は「恋人」か「友達」の違い。

片瀬のことも人として信じているし、尊敬もしている。


「私から見ても、誠司が直弥さんのことを大事に思っているのはよく分かるけど……誠司って人に頼ることをあまりしないじゃん? 頼り過ぎは良くないかもだけど、直弥さんなら無条件で協力してくれると思うよ?」


人付き合いで、自分があまりしてこなかった「人に頼る」こと。

誰かに迷惑をかけることがどうしても嫌で……。

そうなるなら、自分で全部解決しようとしてしまう。


「私は同僚じゃないから、仕事上で誠司のことを助けられないからさ。 だから、直弥さんが身近にいるなら最高じゃない!」


言い切った香織は、カップを僕のところに置いてくれた。

眼鏡が曇りすぎないよう、そっと冷まして一口飲んでみる。

煙たい香りが鼻孔をくすぐるけれど、


「うん、最高だわ」

「ふふっ。 どっちの最高なの?」


手で口を抑えながら笑う香織に対して、


「お茶も片瀬も、最高ってこと」


安心した顔をした香織も入り番茶を静かに飲んでいた。


香織に片瀬を紹介したときから「良い人なんだろうっていうのは伝わるから、大事にしなよ!」と太鼓判を押された。

香織は人を見る目があるなと思うが、ふとしたときに「どうして僕の恋人でいてくれるのだろう」と思うときもある。


「お家に帰れば私もいるんだから。 少しは心を楽にしなさいよ、野上くん」

「うん、ありがとう」


照れくさそうにフォローする香織にも、きちんとお礼を言った。


こういう言葉を言ってくれる人を、大事にしなくちゃいけない。

そう思うのと同時に、香織の言葉の力は本当に不思議なものだと感じさせる。


「あ、ところで香織。 今日買ったお花ってなんの花なの?」


色々と脱線したが、花の話題が途中だったことを思い出す。


「これはね、スイートピーだよ」


「スイートピー」という花は聞いたことあったが、実物のお花を見るのは初めて。

こんな可愛らしい花だとは……。

まじまじと見ていると、


「そうだ! スイートピーの花言葉!」

「花言葉?」


香織はお花だけでなく、花言葉にも詳しい。


「いくつかあるんだけど。 『優しい思い出』『永遠の喜び』『門出』だって!」


よりによって、今の僕に合った言葉が花に込められていた。

偶然だとしたら、直感で花を買ってきた香織はすごくないか?


「え、香織。 異動のこと知っていたの? 片瀬から連絡あったとか?」

「ないない! 今誠司から聞いたのが初めてだから!」

「そうだよね、びっくりした」


2人で笑い合った後、香織は優しい笑みを浮かべて、


「でも考えてみたら……今の誠司にドンピシャな言葉だね」


改めてスイートピーを見つめ、花言葉の意味を嚙みしめる。


「優しい思い出、永遠の喜び、門出。 そっか……」

「大丈夫よ。 きっと上手くいくから」


香織は決まって、僕に「大丈夫」と言ってくれる。

香織に「大丈夫」と言われるだけで、心がスッと軽くなる。

きっと、スイートピーに導かれるように、この時期の異動は必然だったのかもしれない。


香織と過ごす時間が『優しい思い出』と化して。

来月に迫る『門出』は心配だけど、香織の言葉を信じよう。

それに、僕には片瀬もいる。

どうかこの瞬間も、この先も『永遠の喜び』となりますように。


そう願っていたあの頃に、悔しさを覚える……。

今の僕が思うこと。

花言葉の全部を欲張らなければ良かった。

残ったのは『優しい思い出』だけ。

ただ、そんな『優しい思い出』も、思い出すたびに心が砕けるほど辛い……むしろ『苦しい思い出』と言ったほうがいいかもしれない。


『門出』は、最初から香織との別れを意味していたのか。

別の花だったら、未来は違っていたのだろうか。


まして『永遠の喜び』なんて、僕には一生得られないから……。

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