お猫様イベントです。
「う……んぅ……」
目覚めるとそこは王国滅亡後の世界でした。
なんてことは勿論なく。
いつの間にか芝生の上に横たわっていた私の額には真っ白なハンカチが乗せられていた。
どうやら濡らされているみたいでひんやりしていて心地よい。
「あ……起き……ました……?」
「ええ、これは貴方が?」
「……頭、腫れていたので」
言われてみると、未だに頭はズキズキと痛みを訴えていた。
痛みの元を探るように触ってみると、見事にポッコリと盛り上がっている部分に当たる。
あちゃあ、まさか頭をぶつけて気絶してしまうなんて、結局最初からイベントの流れが変わってしまったわ。
「って、私がこんなに腫れているってことは貴方もぶつかったところが腫れているんじゃ⁉」
「あ、いえ……僕は、あの……頑丈だから、大丈夫です」
確かにイリア様の言う通りパッと見た限りだとその頭が腫れている様子はない。
私なんて頭が腫れた上に気絶までしたのに……
イリア様が頑丈なのか、私が貧弱すぎるのか、いやその両方かしらね。
でも体なら幾らでも鍛えられるけど、頭ってどうやって鍛えたらいいのよ。
イリア様凄すぎるでしょ。
「あ、ネタマギ草は……」
「あれなら……抜いておきました……」
「そう、よかった」
それにしても、画面越しに見ている分にはそんなに気にならなかったのだけど、イリア様実際にお話ししてみると声小さすぎじゃありません?
しかも途切れ途切れだから意識していないと聞き漏らしてしまいそうで。
こんな新発見あっても嬉しくもなんともないのだけど。
「君は……」
「え?ああ、私ミシェル・ファランドールと申しますわ。貴方、イリア様とは同じクラスなんですけれどご存知かしら?」
「……今日、朝遅刻してきた……」
「うっ……そう、そうですわ。覚えていただいて光栄です」
嘘、あわよくばそんな情報は忘れていてほしかった。
もう、私ったらなんで遅刻なんてしちゃったのよ、イリア様の中の私のイメージが悪くなってしまうかもしれないじゃない。
「あの、ローランド様からはお話し伺っていないですか?」
「ローラン、ド……?」
「ええ、イリア様のお隣の席の」
「彼……そう、ローランドって名前だったんですか……」
ええ⁉まさかの其処からですか?
お労しやローランド様、あんなに頑張って話しかけていらっしゃったのにまさか名前すら覚えていただいていなかったなんて‼
と言うことは、まさかローランド様にお願いしていたあの話も……
「そうですわ、私あの御方にイリア様のことでお話をしていたんですが、伺っていないですか?」
「君、の……こと?」
「私、イリア様がクラスに馴染めていないようなのでそれが気がかりで、何かお力になれればと思いましたの。でもいきなり話しかけるのは吝かかと思いまして」
「ああ……そんな、話なら……」
「伺いましたか?」
「僕の…ことを、気にかけてくれている子が……いる、と……でも…彼、それが君だ……とまでは、言っていませんでした」
「まぁ……」
あああ、ローランド様残念です。
詰めが甘いです……
どうしてそこまで話しておいて私の名前を出すのを忘れてしまわれたのですか。
でも、きちんと私のお願い聞いてくださったんですね。
ありがとうございます、本当は面と向かってお礼を言いたいけれどきっと当分は無理だから、心の中でだけでもお礼の言葉を述べておきます。
………はぁ、いけない。
また朝のことを思い出してしまったわ、今は目の前のイリア様に集中しないと。
「でも、僕は……君のこと……知っています」
「え?」
「……猫を」
「猫?」
「テストの日の朝、追いかけて……いたから」
テストの日?朝?猫?
脳内に疑問符が浮かぶ。
テストって言ったら大体1か月半位前の話。
朝?朝って何かあったかしら、猫を追いかけていたって……
「あ‼」
「思い……出しました、か?」
「ええ、あの日は確か……」
そう確か、私はテストがある前日に素敵な恋愛小説を見つけて、テスト勉強もせず(まぁ、しなくても大体内容は覚えていたし)夜通し読み耽ってしまったのよ。
当然翌朝は寝坊状態。
これが普通の授業の日だったら体調不良とかで休んでしまうのだけど(本当はそんなことしてはいけないけどね)さすがにテストをすっぽかす訳にもいかなくて大急ぎで馬車に乗り込んだのよね。
後は勝手に馬車が学院まで連れて行ってくれるから安心していたんだけど、その時になって初めて朝ご飯を食べてくるのを忘れてしまったことに気が付いて……
お腹をグーグー鳴り響かせながらテストを受けているところなんてローランド様に見られようものなら私恥ずかし死ぬ‼と頭を抱えたわ。
けれど、そんなことはセバスにはお見通しだったみたいで。
『お嬢様、こちらを』
馬車を降りた私に手セバスが渡してきたのは、食べやすく一口サイズで用意されたサンドイッチがいっぱいに詰まったバスケット。
御者が頑張ってくれたお陰で学院には早めについていたし、人目につかないところで食べればテストには余裕を持って挑めるだろう、と。
その時は本当にセバスと御者のホーキンスさんが神様に見えたわ。
バスケットを受け取った私は裏庭の芝生に直行して(ちょうどヒロインがフィリクス様のイベントで転寝をしてしまったところね)腰を下ろした。
そうして流石は我が家のコックね、なんて美味しいサンドイッチに舌鼓を打っていたんだけど。
『あ、ちょっと‼ダメ‼』
そんな私の目を盗んで近づいてきていた野良猫がバスケットの中のサンドイッチを一つ咥えると、そのまま持って行ってしまったの。
だから、私は慌ててその猫を追いかけて……
「あの時、イリア様に見られていたんですね……お恥ずかしい」
「恥かしく……ない。オニオン、スライスが……」
「まぁ、そこまで気が付かれていたんですの……」
そう、その猫が咥えていったサンドイッチが他の物なら見逃してあげるつもりだった。
けれど、その子寄りにもよってオニオンスライスがふんだんに挟まれたサンドイッチを持って行ってしまったのよ。
「君は、令嬢……なのに。猫のために……全力疾走してまで……猫を追いかけて、いた。とても……優しい人だと、思いました…」
「いいえ」
「……?」
「猫の為じゃないですわ。あれは自分の為です」
「……自分の?」
先ほどの一件も同じ、全ては私が猫を見殺しにしたくなかったから。
私のせいで私の大好きなものが傷つくのが見たくなかったから。
イリア様が言うような優しさなんかではなく、私の行動は全て自分の為に起因している。
だから、イリア様が私に抱いた優しいという感情は相応しくない、そう思った。
「それ、でも……僕は…そう、思う君が……やっぱり優しい人だと……思いま、す」
「あ、あり……がとうございますわ。」
イリア様の言葉に私は少しだけ困惑した。
てっきり偽善者だと委言われると思っていたから。
それにしても、結局はローランド様に頼らなくてもすでに下準備が出来ていたなんてなんだか拍子抜けね。
結構一大決心だったのに、ローランド様を頼るの。
「それはそうとして、イリア様は野良猫と仲良くなるのがお上手のようですね」
「なんで……?」
私は首を傾げたイリア様の腰の辺りを指差した。
そこには先ほど驚いて逃げた筈の黒猫が、イリア様に寄り添うように丸くなって寛いでいる姿が。
イリア様が野良猫たちと仲良しなことは元々知っていたけれど、本当に良く懐いてる。
べっ別に?う、羨ましいなんて思ってないですからね!本当よ、本当!
「動物は良い……人間は……苦手です。僕は……人が、怖い……」
「私のことも?」
「君、は……」
「今度野良猫たちに私のことを紹介してくださいません?」
「え?」
「私こう見えても猫が大好きなんですの。きっと、仲良くなって見せますわ!もちろんイリア様とも」
戸惑うイリア様に私は微笑む。
いつの間にか頭の痛みも落ち着いていた。
「よいしょ、約束ですよ?それではごきげんよう、イリア様」
これ以上イリア様といるとやっぱり無理だと断られてしまうかもしれないので、私は素早く立ち上がりその場を後にしようと歩き出した。
「待って‼」
「……大きい声、出せるんですね。私そちらのほうが宜しいと思いますわ。ハンカチは洗って返します」
優雅に一度だけ振り返った私は、引き留めるイリア様の言葉を聞くことなくそのまま立ち去る。
言ったことは本心だ。
はっきり話してくれた方が聞き取りやすいし、イリア様結構いい声されているの、折角だからよく聞かせてくれた方が嬉しい。
さて、これで次のイベントへの布石も打てた。
最初こそは失敗してしまったけれど、今までのイベントに比べれば中々スムーズに進められた気がする。
「この調子でどんどん頑張るわよ」
そう意気込んで私は前を向く。
さて、次のイベントはどうなるのかしら……?




