新イベントは波乱の予感です。
「やっぱり……フィリクス様、なのね……」
私は深いため息を吐いた。
イリア様とのイベントを終えて数日が経ったその日、私は確信した。
これから次のイベントが始まる事を。
それは数分前の出来事だった。
昼休みである現在、学院内の有志の男子学生が中庭に集まり総当りの剣術試合を行っていると複数の女生徒達が集まりキャアキャア騒いでいる声が耳に入った。
それを聞いた私は慌てて足早に中庭に向かう。
何故ならそれがフィリクス様の次のイベントのスタートの合図だったからだ。
初めて会ってからそこまで期間が空いてない今、私の中でのフィリクス様の好感度は最悪。
正直あの時の憤りがもう少し収まるまで時間を置きたかったっていうのが本心なのだけど、モブ令嬢風情が贅沢を言っていられない。
背に腹は変えられないのだ。
「きゃあ、フィリクス様素敵ですわ!」
「ローランド先ずは一発当てるんだ!」
既に集まっている野次馬の声援に慌てる。
その声援が確かなら、もうイベントの開始までほとんど時間がないじゃない。
っていうか、そんな事よりもローランド様の試合最初から見たかったわ。
何でこんな時に限ってボーッとしていたの私、馬鹿馬鹿!
そう今まさに試合を行っているのがフィリクス様とローランド様。
流石と言うかフィリクス様には黄色い声援が大多数。
一方ローランド様は野太い声に囃し立てられている感じ、ローランド様お友達が多いからね。
時々聞こえるローランド様を応援する様な甲高い声に私は眉尻をピクリと反応させるが、視線だけは試合から離さない。
でもローランド様を応援する気持ちは私が一番何だからね。
勝負するなら受けて立つわよ、絶対負けないけれど。
「そろそろ……ね」
丁度人垣の境になっている隙間に体を滑り込ませて、私は更に前に出た。
戦況は剣豪の一番弟子であるフィリクス様相手にローランド様も結構善戦していると思う。
ローランド様も伊達に剣豪の弟子をしている訳じゃないという事だろう。
それでも、やはり二人の間に実力の差があるのは目に見えて明らかだった。
「頑張って、ローランド様」
この後がどうなるか何て私は分かっている筈なのに、思わず願う様に呟く。
その瞬間、キィンと一際大きな音が二人の剣から響いた。
私はゴクリと唾を飲み込み、ローランド様の剣が僅かに揺れたのを確認する。
いよいよだ。
ギリギリと音を立てながら剣身を押し付け合い、互いの間合いを図り合うお二人。
刹那、先に動いたのはフィリクス様だった。
ローランド様の剣を力一杯払い、崩れた体制を立て直される前に一撃を。
そう考えていたのだろう。
けれども、フィリクス様が払ったローランド様の剣は、その手を大きく離れて空を切った。
先程お二人が大きな音を立てて剣を合わせた瞬間にローランド様は手首を痛めてしまわれて、フィリクス様の払いに耐えきれなかったのだ。
スローモーションの様に最高到達点まで舞い上がった剣は、落下に転じると隼の様に素早く、鋭い剣先を着地点、つまり私に向けて一目散に駆け抜けてきた。
「ミシェル‼︎」
ローランド様の慌てた叫び声をどこか他人事の様に受け入れる。
そこまで大怪我を負う訳では無い事は、誰よりも私が一番良く分かっていたから。
「逃げろ‼︎」
それでもつい半歩だけ引いてしまったのは、次いだローランド様の叫び声が余りにも悲痛な声色をしていたから。
大好きな優しい人、ごめんなさい利用してしまって。
ザシューーー
私の腕を掠めた後、剣は大きな音を立てて私の足元に突き刺さった。
同時にポタリと流れ落ちた血液が地面を濡らす。
私には長く感じられた一連の流れは、周囲の観客からすればほんの一瞬の出来事で。
何が起きたのか全く理解していなかった隣の御令嬢達が、私の目の前に刺さった剣と腕から滴り落ちる血を目の当たりにして一拍明けた後、大きな叫び声を張り上げた。
私はズキズキと痛む腕を押さえてゆっくりとしゃがみこむ。
キャアキャア煩いったらありゃあしない。
大した傷じゃないんだから少し静かにして欲しいわ。
そうしてイリア様のイベントから怪我の連続ね、何て考えたら思わず笑いが漏れた。
「何笑っているんだ、馬鹿者」
「……失礼です、わよ…フィリクス様」
「それだけ反論出来る余裕があるなら大丈夫だな、大人しくしておけよ」
誰よりも素早く私の元まで駆け付けたのはフィリクス様。
その口の悪さは相変わらずだけど、周囲には聞こえない様小さな声で話しかけてくる、本当嫌味なんだから。
ローランド様は多分手首の痛みもあるからかその動きが一拍遅れていて、今まさに駆けつけて来て下さっている所だった。
これから起こる事を想像すると頭を抱えたくなるが、致し方ない。
ずいずいと更に近づいてきたフィリクス様は衆目の視線に晒される中、難なく私を抱え上げる。
所謂お姫様抱っこと言う奴ね。
「ふ、フィル兄!ミシェルは俺が‼︎」
「馬鹿言うな、その手首でこの女を抱えられるのか?意外と重いぞ、この女は」
「おっ重くなんか無いですわ‼︎」
「見栄を張るな馬鹿者。全くお前は何者なんだ」
「それはっどう言う意味で……」
「まぁ良い。兎に角、周りが五月蝿いからさっさと運ぶぞ。あとローランド、お前もその手を診てもらえ。行くぞ」
「あ……あぁ、すまない。ミシェル、フィル兄」
私の流血騒ぎから一転、今度はフィリクス様のお姫様抱っこにキャアキャアと騒ぎ始めた御令嬢方と、騒ぎを聞きつけて寄って来た野次馬達で随分と周りが騒がしくなっていた。
一方、ローランド様は見ていられないくらいに項垂れていて、多分手首を痛めた時にそれを伝えて試合を中断しなかった事を心底悔やんでいるのだろう。
けれども、本来なら避けられた筈の剣を避けなかった、その真実を知っている私は罪悪感に苛まれる。
「ローランド、そんなに項垂れるな。確かにお前が手首を痛めた事はその時に言うべきだったし、この女を傷つけたのはお前の剣だが。多分、この女は避けようと思えば避けられた筈だぞ?」
項垂れるローランド様にフィリクス様がかけた言葉を聞いて私は息を飲む。
「な……にを……」
「ふん、誤魔化しはいい。続きは医務室に着いてからにしようじゃ無いか。ほら早く歩け、ローランド」
「う、うん」
器用に集まって来た野次馬達をすり抜けるフィリクス様と、その後に続くローランド様。
私は冷や汗をかいた。
どうしてフィリクス様にバレてしまったのかしら。
医務室に到着するまでの道のりが酷く長く感じられて、心臓が痛いほど高鳴り続けている。
これから何を聞かれるの?
私、どうしたら良いのかしら。
誰か助けて下さい……




