そして新たなるイベントの幕開け…?です。
「あれは……イリア様?」
ローランド様から逃げる様に早足で移動していた私は、それでも視界の端に映ったイリア様の姿を見逃しはしなかった。
いけない、フィリクス様イベント(仮)からのローランド様事変で頭がいっぱいになっていてイリア様のイベントの事が疎かになっていたわ。
とは言っても昨日の今日で気が付かないうちにイベントが終わっていた、なんて事は無いはずなので、もしかすると件のネタマギ草の方へ向かっていったイリア様がこれからイベントを発生させるかもしれない。
私は気分を入れ替え、イリア様の後を追う。
むしろこの展開は有り難い、じゃないと先程の失態を何度も思い出してしまって今にも叫び出してしまいそうなんだもの。
「ええと、確かこちらに……」
そう言えばローランド様はイリア様に私の事を話して下さったのだろうか、と今更ながらに気になった。
ローランド様に限って忘れてしまっているという事は無いと思うのだけど、タイミングを逃してしまって言いそびれていたなんて事は往々にしてあり得るだろうし。
でも今からそれを聞きに行く時間の余裕も無ければ、心の余裕はもっとなかった。
無理!今は本当に無理!
「………まぎそう……れは……」
耳を澄ましていなければ聞き漏らしてしまいそうな程微かな呟きを聞きつけて、私は声の発信源であるだろうイリア様の元へ急いだ。
一人問答を繰り返しながらもイリア様の事を念頭に置く事は忘れてはいけない。
だってこれには王国の存亡がかかっているのだもの当然よね。
「………った!」
物陰にイリア様の物であろう黒髪が見えて気持ちが早ってしまった。
私は足元にあった小石に蹴つまずくと、そのままイリア様の目の前に……
「あれ、いない……?」
と思ったらそこに居たはずのイリア様は忽然とその姿を消していたのだ。
その場に残された一房のネタマギ草と花壇の草花達だけが僅かに揺らめいていた。
思わず私の見間違いだったのかしら、と自分の記憶を疑いそうになる早業。
それにしてもやってしまった。
イリア様に私の顔を見られてしまったかもしれない。
人目を避けたいイリア様が私のうっかりで自分に近づく他人の存在に気がついてしまった事はおそらく間違いはないと思う、けれども顔を見られたか迄は分からない。
もしかしたらもうイリア様はここに姿を現してくれなくなってしまって、イベント自体が立ち消えてしまうなんてことも。
でも、イリア様ならネタマギ草をそのままにしておくなんてことはしないと信じるしかないわ。
「何はともあれ顔を見られていないと良いのだけど、ってこの音!?」
学内に響き渡る鐘の音は始業5分前の合図。
私は慌てて教室に向かって走り出した。
もしかしたら、このことに気が付いてイリア様は教室に帰っただけかもしれないと少しばかりの期待を抱いたが、流石に都合の良すぎる考えに頭を振る。
「もう、今日は朝から走ってばっかりね!」
独り言ちて走る速度を上げた。
目指していたはずの完璧令嬢は決して外で全力疾走なんてしないだろう。
けれども背に腹は変えられない。
足に纏わりつくスカートをたくし上げた、どうか朝から授業に遅刻して注目を集める様な真似にはなりませんように、と願いながら。
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そして迎えた放課後。
え?授業?遅刻したわよ遅刻。
ドアを開けた瞬間注目を一身に浴びて本当に最悪だったわ。
ローランド様が私の遅刻は自分のせいだと勘違いなさらないと良いのだけど。
それよりも、今日一日授業を受けている間私考えたのよ。
もしかして、朝の一件はイベントの冒頭の部分だったんじゃないかってね。
つまり元来のイベントだとヒロインとイリア様が同時に猫を止めに入る前にイリア様は事前にネタマギ草を見つけていらっしゃったわよね。
しかし偶然通りがかった人の目を避けてその場から離れる事になる。
だから放課後改めてネタマギ草を抜きにその場に行くことになった。
そう、今世の事に限ればその偶然通りかかった人っていうのが私になる。
この考えが正しければどうやら私は通行人Aとヒロイン代打の二役を担ってしまった、と言う事になる訳だ。
随分と格差のある一人二役もあったものだわ。
でもそれならばきっともう一度イリア様はネタマギ草の元に訪れ、その時にイベントが発生するのは必須。
その事に気がついた私はイリア様から目を離さなかった。
お昼休みは不運にも先生に用事を頼まれてしまったイリア様はそれ以外、放課後になるまで大きな動きは見せていない。
勝負は放課後、そう判断した私の行動は早かった。
だってイリア様が動き始めてから追いかけるのではイベントにまで遅刻してしまうもの。
今回のイベントこそは絶対に記憶にあるイベント通り進めて見せるんだから!
「イリア様は、よしまだ居ないわね。」
イリア様がまだ到着していない事を確認してから、周囲を見回す。
昨日の様に邪魔など入ろうものなら全てが台無しだからだ。
うん、少なくともフィリクス様はいない様ね。
ホッと胸を撫で下ろした私はイリア様が現れるだろう方向とネタマギ草の生えている辺りを見比べる。
ガサガサッーーー
突如死角から聞こえた物音に私は息を飲んだ。
「って、なんだ猫じゃない」
音の方へ勢いよく振り向いた私の視線の先には可愛らしい黒猫が一匹。
けど、この子もこれから重要な役割を担っている役者なのだろう。
まぁ黒猫って所が若干縁起が悪い気もしないような、する様な。
「きっと貴方がキッカケになってくれる子ね。宜しく綺麗な毛並みの黒猫さん」
私の言葉に小さくニャアと返事をした黒猫は言われた事が分かっているのか、いないのか尻尾を緩やかに揺らしている。
そんな姿に私は微笑み、もう一度視線を上げ周囲を確認した。
良かったまだイリア様は来ていない。
「って、貴方⁉︎そっちへ行ってはダメーーー」
ホッとしたのもつかの間、再びガサガサと物音を立て始めた先程の黒猫は、私の言葉を無視して一直線にネタマギ草まで歩みを進め始めた。
どうしよう、イベントが始まるにはまだ早い!でもこのままじゃあの子が!
もしかすればあの子はネタマギ草を素通りするかもしれない。
もしかすればキッカケになるのはあの子じゃないかもしれない。
そんな事はわかっていたのに体は勝手に動いていた。
だって私、前世では無類の猫好きだったのよ!
でも猫アレルギーがあってどうしても飼えなくて、 散々悲しい思いをして。
それが今世でやっと猫と遊べる様になったっていうのに!
ここであの子を万が一見殺しにでもしたら、もう一生猫に顔向け出来ないじゃない!
「ダメ‼︎」
ドンッーーー
チカチカと目の前が真っ白になった。
最初は何が起こったのか分からなくて、気がつけば私は尻餅をついていて。
次に襲ってきたのは激しい痛み。
頭が割れる様に痛かった。
でも良かった、あの子驚いて逃げてしまったみたい……
「ごごごごごごめんなさい!怪我は?服が汚れてっ!あっそれよりも頭は大丈夫⁉︎」
何だか頭は大丈夫って馬鹿にされてるみたいね。
勿論そう言う意味ではないってことは分かってるけど。
何てどうでもいい事を考えて、声を掛けてきた人の方を向いた。
あ、イリア様。
そうか、やっぱりあの子がキッカケにイベントが始まったのね。
イリア様気配を消すのが上手すぎです。
近づいてきた事、全然気がつかなかっーーー
そこまで考えて私の意識はプツリと途切れた。




