File.1:冒険者連続密室失踪事件(8)
アレスの提案に、コールもマリアンも気まずそうに一度視線を外したが「わかりました」と承諾した。
全員で下の食堂に降りることとなり、最後尾でパルマーがランドロスの泊まっていた部屋の結界を解除した。
食堂のテーブルをいくつかつなげ、この宿にいる六人全員が着席していた。
宿の主人であり結界内に自由に入れるパルマーはもちろん、コールやマリアン、そして常宿のノーマンも重要参考人だ。
「もしかして、あたしたちが疑われてるの?」
マリアンは不満げに言う。コールとノーマンも同じような表情だ。それに対して、アレスは毅然として答える。
「あんたらは三日前から宿泊してる、つまり失踪したランドロスと同日に宿泊してたんだろ? 当時の状況を聞かせてほしいんだ」
そう言われて、マリアンは納得したようにうなずいた。
「そうね……あいつがいなくなったっていう前日の夜、ここでちょっと揉め事があってね」
「揉め事ですか?」
エルメスは聞き逃さないようにと、しっかり聞き耳を立ててマリアンを見つめる。
「ええ。といっても、別にたいしたことじゃないわ。Aランクのあの男が、ランクを笠に着て威張ってただけよ」
マリアンの説明を継いで、コールが苦々しげに言う。
「確かに俺たちのランクはあいつより低いかもしれねえけど……あの野郎、俺たち全員をバカにして、調子に乗って……くそっ、今思い出しても腹が立つぜ」
ドンッ、とコールはテーブルを叩いた。
「俺やマリアンはもちろん、ノーマンだって、自分にできることを精一杯やって歯食いしばってるってのに……ランクが高いってのはそんなに偉いのかよ!」
言いながら、コールはだんだんヒートアップしていった。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
エルメスがなだめようと声をかけるが、コールの拳はわなわなと震えていた。
なんとも気まずい雰囲気になってどう収拾をつけようかとエルメスまで混乱している中、アレスはいい意味で空気を無視して発言した。
「あんたらも常連なんだよな? だったら、過去の被害者についても知ってるか?」
アレスが目配せして、エルメスは書類をめくりながら補足を入れる。
「Cランクのサンディ・プルフェーズさんと、Bランクのチェルシー・モンブランさんです」
その名前を聞いた瞬間、コールとマリアンの顔色が変わった。目を見開いて、驚いたような表情を見せる。
書類に目を落としていたエルメスはそれに気づかず、さらに情報を補足すべく、パルマーに確認する。
「現場の確認は取れていませんが、おふたりも今回のランドロスさんと同じように、部屋に争った形跡はなかったんですよね」
「そのとおりです」
パルマーが首肯したのを確認してエルメスがコールとマリアンに目線を戻す。そして初めて、彼らが妙に動揺していることに気がついた。
「あれ? おふたりとも、どうされたんですか?」
「あ、いや、その……そうか。あいつが……」
「……道理で最近見かけないと思ったわ」
どこか歯切れの悪い言葉に、エルメスは首を傾げる。
「あの、もしかして何かご存知なんですか?」
エルメスにじっと見つめられ、観念したようにコールもマリアンも口を開いた。
「サンディは知り合いの冒険者だ。……いや、ただの知り合いとは言えねえか。因縁の相手だな」
「私もそうね……チェルシーのことはよく知ってるわ」
「何があったか、教えていただいても?」
コールとマリアンは互いに顔を見合わせて、小さく頷いた。最初に話し始めたのはコールだ。手元にナイフを取り出して、それを見つめながら思い出すように言う。
「サンディは俺と同期の冒険者だった。戦闘スタイルも似ていて、ライバルであると同時に、戦友だったんだ。それなのに、あの野郎……」
コールは睨みつけるように眉根を寄せて、ナイフを持つ拳にギュッと力を入れた。
「俺と共同でやったクエストの手柄を、虚偽の報告で独り占めしやがった。それまで同じランクだったのに、そのせいであいつだけ昇格し、逆に俺はマイナス査定を受けたんだ。ショックだったよ。手柄やランクよりも、そんなことのためにあいつに裏切られたことがな。あいつは生涯のライバルになると思ってたのに……」
怒りと悲しみ、その両方がないまぜになったようなコールの表情に、エルメスはどう声をかけるべきか迷っていた。
「コールさん……」
ただそう呼びかけるだけで、沈痛な面持ちのコールを見つめる。
「で、あんたの方は?」
アレスは飄々と、今度はマリアンに水を向けた。
「私のは……まあ、コールほどまともな話じゃないんだけど……」
マリアンは言いづらそうに、つぶやくように途切れ途切れで言葉を繋ぐ。
「……られたの」
「え? なんですか?」
エルメスが聞き返すと、マリアンは立ち上がって思いっきり声を張り上げた。
「男を取られたの!」
マリアンの声が食堂にこだまする。むしろ、宿の外にも聞こえそうなほどの音量だった。感情が先走りすぎて、音量バランスが取れなくなったらしい。
「お、男、ですか……」
音量に驚いたのもあるが、急に大人な雰囲気の話が出てきて、エルメスはどう反応していいか困惑していた。知識としてはある程度頭にあるが、エルメスにとっては実体験はもとより、あまり見聞きしたこともない世界の話だ。
「そうよ! 私から彼を奪ったの! 私よりランクが高いからって、それを利用して誑かして……あの女のせいで、私は捨てられたのよ!」
叫び終わると、マリアンはテーブルに両手をついて肩で息をしていた。興奮した様子で、耳まで真っ赤になっている。
「なるほどな」
相変わらず、アレスは平然としていた。これが年の功というやつなのか、などとエルメスが半分感心していると、アレスは何かを思い出して手を叩いた。
「そうだパルマー。宿泊者の帳簿を持ってきてくれるか? いつ誰が泊まってたか、記録ぐらいは取ってるんだろう?」
「ええ、少々お待ちを」
パルマーはすぐに、受付カウンターからノートを持ってきた。
「ちょうど新しく切り替えたばかりなんですが、ここ三ヶ月分の履歴が残っています」
パルマーの説明を受けながら、アレスはペラペラとページをめくる。それを、エルメスは横から覗き込むように眺めていた。
ノートの表紙には使用し始めた年月日が記されていた。中のページには日時と、誰がどの部屋に泊まったかの記録が残されている。しっかり罫線が引いてあって、かなりマメで几帳面な主人の性格が見て取れた。
「ん?」
ページをめくるアレスの手が止まる。
「どうしたんですか?」
エルメスが尋ねると、アレスはページの一部を指さしながら言った。
「これが一ヶ月前、サンディ・プルフェーズが失踪した日だ。そして」
アレスはページをめくり、また一部を指さす。
「これが二週間前、チェルシー・モンブランが失踪した日だ」
それぞれのページを交互に示す。アレスが何を見せたいのか、エルメスにもすぐにわかった。




