File.1:冒険者連続密室失踪事件(7)
パルマーの先導で、一行は階段を上がってすぐの右手側の部屋の前に集まった。階段を上っている時からそうだったが、廊下を歩くだけで古さとボロさからくる悲鳴にも近い音が鳴り響いていた。それが五人分もあったせいで、足音は不協和音のオーケストラのようになっていた。
セレニス亭の二階には、客室が四つある。廊下を挟んで両側に二部屋ずつ並ぶ間取りで、廊下の突き当たりは物置になっていた。
「こちらです」
パルマーがドアノブを回すと、こざっぱりした部屋が広がっている。
「ここは、ランドロスさんの失踪当時のままですか?」
エルメスが問うと、パルマーは頷いた。
「ええ、そうです」
アレスが先頭を行き、エルメスが後に続く。
部屋には宿泊に必要最低限の調度類があるだけだ。シングルサイズのベッドと、古びたテーブルと椅子。そして小さなクローゼット。経年による汚れが染み付いているが、トイレとシャワールームも備え付けられている。
「あれ?」
部屋の奥には、ノーマンがいた。床に座り込み、ランドロスが残したであろう衣服を畳んでいる。
「ああ、お前……!」
パルマーはドタドタと足音を立てた。狭い通路を、アレスとエルメスに軽くぶつかりながら部屋の奥へ行く。
「なんでここにいるんだ!?」
怒り気味のパルマーだが、ノーマンは事情が飲み込めていない様子で首を傾げた。
「え、片付けておけって言ってましたよね……?」
「だっ、それは……」
パルマーはアレスの顔色をうかがうようにチラリと目線を送る。
アレスは大きくため息を漏らして、頭の後ろを掻いていた。
「ったく、現場は保存しとけよ」
「……すみません」
パルマーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「アレスさん、どうしましょう? これじゃあ現場検証といっても……」
手を付けられてしまったなら、何かしらの証拠隠滅を図られていたとしてもおかしくない。だが、アレスはあまり気にしていないようだ。
「まあいいだろう。荷物はともかく、壁や床を見る限り戦ったような痕跡はねえし」
確かにそうだ。調度類が乱暴気味に扱われた気配はあるが、壁に新しい傷もなさそうだし、ここで戦闘が起きたとは考えにくい。
「でもよー、客が消えたからって早速片付けか? 薄情というかなんというか」
後ろから、コールが不満げに言う。パルマーに対してかなり不信感を抱いているのがありありと見て取れた。
「次の客を入れなきゃいけないだろうし、しかたないんじゃない?」
マリアンがフォローした。かと思ったが、疑り深い様子で続ける。
「もっとも、理由はそれだけじゃないだろうけどね」
「他に理由が?」
エルメスが訊くと、マリアンは蔑みに近い目をパルマーに向ける。
「冒険者の所持品ってのはそれなりに貴重だからね。装備やらアイテムやら、売ればいくらかの金になるでしょう。ましてや、ここに泊まってたランドロスはAランク冒険者。かなり高価な所持品があっても不思議じゃないわ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
パルマーは慌てて弁明に走る。
「私を泥棒みたいに言わないでくださいよ!」
「でも、いなくなった他の二人の所持品だってあるでしょ? もしかしたらもう換金してるかもしれないけど、結構な儲けになりそうじゃない」
エルメスは資料に目を落とす。
「……王国の規定では、宿での忘れ物は六か月間持ち主が現れなければ取得者がその所有権を得る、とありますね」
「ほら! 過去の分も、うちの倉庫に全部保管してありますよ!」
助け舟が出たと喜ぶパルマーだが、コールとマリアンの怪訝な表情は変わらない。
「でも、半年後にはあんたのものになるんだろ? 持ち主が現れないとわかってたら、あとは待つだけであんたのものになるじゃないか」
金儲けのためにやったんじゃないのかと、コールとマリアンは完全にパルマーを疑っている。
「そんな! 言いがかりは勘弁してくれ!」
パルマーとコールが言い争いをしているところに、アレスはひとつ咳払いをして場を仕切り直した。
「とにかく、まずは何が起きたかを確認しよう。あんたが最後にランドロスを見たのはいつだ?」
パルマーは辟易としたため息をついてから答えた。
「消灯時間です。夜の十時くらいに、結界を張る前に本人確認を行いました」
「よし。じゃあ結界を張るところまで、再現してみよう。あんたはランドロス役として、そのまま室内にいてくれ」
アレスの号令で、名指しされたノーマン以外の全員が廊下に出た。人数が多く、狭い廊下いっぱいに広がるしかないが、しかたがない。
「就寝時間になると、いつもこうして各部屋を回るんです」
そう言いながら、パルマーはドアをノックする。そのノックに答え、ランドロス役のノーマンがドアを開けて顔を見せた。
「結界を張ってよろしいでしょうか?」
「ああ。ま、俺様に結界なんざ必要ねえけどな」
先程までと口調の違うノーマンにエルメスが首を傾げていると、マリアンがその疑問に答えてくれた。
「ランドロスは横柄な奴だったからね。こんな風に受け答えしてても不思議じゃないわ」
「ああ、なるほど」
「あの野郎……今思い出しても腹が立ってくるぜ」
マリアンもコールも怒りの片鱗が見える。
エルメスはそんなところまで再現しなくてもと思ったが、彼らにとってランドロスはそれくらい気に入らない相手だったということか。
そのままパルマーは手筈通りにドアを閉め、そのドアに手をかざす。
「《結界》」
パルマーがそう宣言する声が、廊下に響いた。だが、何も変化はなさそうに見える。
「終わりました」
「……今ので、結界が張られたんですか?」
「ええ。今はノーマンと私以外、誰もこの部屋に入れなくなっています」
アレスに目線で促され、エルメスは部屋のドアを開けた。そして室内へ一歩踏み込もうとした時、見えない壁に額をぶつけた。
「あいたっ」
ぶつかったところには、虹色のオーロラのような波紋が浮かんでいる。
「部屋全体を囲むように、四角い結界を張っているんです」
パルマーが胸元のペンを部屋に向かって投げ入れようとしたが、そのペンもエルメスと同じように見えない壁に阻まれて廊下に落ちた。
「俺だけ入れるように、再設定できるか?」
アレスが訊くと、パルマーは頷いた。
「ええ。少々お待ちください」
パルマーは見えない壁に手を這わせて、ぐっと押し込むように力を入れた。そして、アレスに道を譲る。
「どうぞ。今はアレスさんのみが許可されている状態です」
その空間に、何も変化は見られない。
だが、アレスはすんなりと室内に入ることができた。
「わあっ……」
エルメスから、思わず感嘆の声が漏れた。目には見えないのに、確かに人や物の入室を制限している。
「仮になんらかの方法で結界が解除、または破壊された場合はどうなる?」
「その場合は、私が感知できます。この宿を始めてから今まで、結界が破られたことはありませんが」
「そうか……」
アレスは顎に手を当ててしばし考え込んでいた。
その間に、エルメスは二度瞬きをして《冷視》のスキルを発動し、パルマーのスキルを確認していた。
スキル名:結界
効果:任意の場所に、指定した人間以外は結界外から侵入・干渉できない領域を作り出す
制約:最大四つ。十二時間が経過すると自動的に消える。また、すでになんらかの結界が張られている場合は効果がないほか、結界の範囲はスキル使用者の習熟度に依存する
エルメスが見たところ、パルマーの言っていることと相違なさそうだ。最大四つという部分も、部屋数に一致している。ついでにエルメスは、他の人たちのスキルにも目を通した。
そうしている間にアレスは考えをまとめたようで、ノーマンを連れて部屋を出てきた。
エルメスにとってはほぼわかっていた事実を確認しただけの作業に思えたが、アレスの表情は妙に満足げに見えた。
「状況はある程度わかった。ということで」
アレスは小さく笑って、コールとマリアンに視線を送った。
「あんたたちの話も聞かせてくれ。どうやら失踪者と何かあったみたいだしな」
コールとマリアンは、その表情に小さく影を落としていた。




