File.1:冒険者連続密室失踪事件(5)
その後食堂にて、パルマーから話を聞く運びになった。食堂は宿の入口からすぐ右に広がっていて、玄関ロビーからは仕切りなくつながっている。食堂中央付近にある四角いテーブルの片側にパルマーが座り、反対側にエルメスとアレスが座った。
そこへ、ノーマンがコーヒーと骨付き肉を配膳した。骨付き肉はさきほど席につく前にアレスがノーマンに注文していたものだ。
「どんな食べ合わせなんですか」
エルメスは怪訝な表情で骨付き肉を頬張るアレスを見ていた。どう見たってコーヒーとは合わないように思えるが、アレスには何か狙いがあるんだろうか。
「煙突からいい香りがしてたから、どうしても気になってよ。うまいぞ? まあ、コーヒーには合わねえが」
アレスが宿に入る前に見ていたのはこれのことだったようだ。これが職業病というものか。エルメスは呆れて苦笑いしかできない。
エルメスはコーヒーを一口飲んで、ノーマンに微笑みかけた。
「それにしてもノーマンさん、食堂でもお手伝いされてるんですか? このコーヒーもとっても美味しいですね」
「え、ええ、まあ……ぼくはそれくらいしか、できないので……」
ノーマンは照れたように身体をくねらせながら、視線を彷徨わせている。
「それに、食堂なら廃棄の食材なんかを処理してくれますしね。ノーマンにとっても一石二鳥なんですよ」
パルマーはチャンスとばかりに補足を入れた。自身の心証を良くするチャンスと捉えているらしいが、エルメスは疑問符を浮かべる。
「廃棄の食材、ですか?」
あまりいい響きではないと、エルメスは思った。文字面だけ見ると、残飯処理だ。
「いやいや、誤解しないでください。彼のスキルでね、口じゃなくて、5秒触れるだけでその食材からエネルギーを摂取できるんですよ。その方が吸収効率もいいみたいでね、病弱な彼の健康を支えているわけです」
「苦労されてるんですね……」
エルメスとしては、同情混じりにそう言うしかない。スキルとは、色々な種類があるものだと改めて思った。
「そろそろ、事件の話をしようか」
いつの間にか骨付き肉を食べきっていたアレスが、コーヒーを飲みながらマイペースに場を仕切り直した。
アレスに振り回されているような気持ちになりつつも、エルメスは自分の仕事と割り切ってパルマーに事件について尋ねる。
「ではパルマーさん。改めて、一ヶ月前の件から教えてください」
「は、はい……」
パルマーは背中を丸めて小さくなりながら話し始めた。
「いなくなったのは、サンディ・プルフェーズというCランク冒険者でした。彼はウチの常連で、その日もいつもと変わらない様子だったと思います。ですが泊まった翌日、チェックアウトの時間になっても降りてこないので部屋を確認したところ、すべての荷物を残していなくなっていました」
すでに一度説明したことがあるからか、パルマーの口調は滑らかだ。
「早朝にクエストに出て、そのまま事故に遭ったってことはないんですか?」
エルメスは事故という丸い言い方をしたが、要するにクエスト中になんらかの原因で死亡したんじゃないかということだ。仮に早朝に仕事を終えてその後チェックアウトする予定だったなら、パルマーの証言と矛盾しない。
だが、パルマーはその案をきっぱりと否定した。
「それはありえません。部屋には装備一式が残っていたんです。それに服も。冒険者がクエストに行くのに、全裸でなんてありえません」
聞きながら、エルメスはペラペラと手元の資料をめくる。
「その時サンディさんが受けていたクエストは薬草採取……ここから十五分ほど歩いたところに群生しているようで、危険性はかなり低いみたいです。そういう点でも確かに、クエスト中の事故というのは考えづらいですね」
「ふーん」
アレスはコーヒーを一口飲んで、無言のまま目線でパルマーに次を促す。
「次は二週間ほど前のことでした。今度はチェルシー・モンブランという女性で、Bランク冒険者でした。彼女もまたウチの常連で、サンディ・プルフェーズと同じようにいつの間にか部屋からいなくなっていたんです。荷物一式を残して」
パルマーの証言に淀みはないが、証言する本人も一体何が起きているのかわけがわからないという困惑が言外に含まれていた。
「女性ってことを考えれば、ますます全裸で宿を飛び出すなんてありえねえか」
「チェルシーさんが受けていたのも同じようなクエストで、危険性は低いですね。ましてやBランクとなると、よっぽどのことがない限り行方をくらますということにはならなそうです」
エルメスの補足にアレスはひとつ頷いて、腕を組み考え込んでいる。
「そして、昨日ということですね」
エルメスはパルマーに先を促した。
「はい……。状況はまったく同じで、ランドロス・カイロスというAランクの冒険者でした。まさかAランクの彼までいなくなるなんて……」
エルメスは証言を整理しつつ、投げかけるようにアレスに言う。
「みんな自ら姿を消した、とは考えづらいですよね」
「誰かに唆されて消息を絶ったのか、誰かに直接手を下されたのか……少なくとも、誰かしらの意思が働いた事件であることは疑いようがねえ」
アレスの総論に、エルメスは強く頷いた。パルマーは否定したいように見えるが、その根拠は何もなくただ小さくうなだれていた。
エルメスは顎に手を当てて考える。
冒険者というだけで、一般人よりも何かしら秀でている部分があるはずだ。特にCランク以上の冒険者となると、戦闘能力に秀でていた可能性が高い。それなのに、短期間に同じ宿から忽然と姿を消してしまうとは。一体何が起きているのか、一体誰にそんなことができるのか。
アレスの様子をうかがってみるが、まだ腕組み姿勢のままで考えているようだ。
目の前で頭を抱えるパルマーも、理解が追いつかず困惑しているように見える。そんなパルマーを見て、エルメスはふと疑問符を浮かべた。
「パルマーさん。一ヶ月間でこれだけ行方不明者が出たというのに、どうしてギルドに報告しなかったんですか?」
純粋な疑問だった。何か不測の事態が起きれば誰かを頼ってしかるべきだ。しかも冒険者絡みとなると、ギルドに相談するのが自然に思えた。もしそうしない理由があったのなら……エルメスは訝しげにパルマーを見つめた。
「ちょ、ちょっと待ってください! もしかして私が何かしたって疑われてるんですか!?」
パルマーは慌てた様子で両手を振って、必死に弁明している。
「そうは言っていません。ですが、三件の現場がこの宿ですから、何かご存知なんじゃないかと」
明言はしないが、エルメスはやんわりとパルマーに圧をかけていく。現時点で根拠があるわけではないのだが、他にいい案も思いつかない。
「……はあ。そうです。私は意図的にこのことを隠そうとしてました」
パルマーは観念して、肩を落とした。
「じゃあ、やっぱり……!」
「いや、私は事件の犯人なんかじゃありません! そもそも、一介の宿の主人がどうやってBランクやらAランクやらの冒険者を相手にするんですか!」
「うっ、たしかに……」
そう言われると、言葉に詰まる。いなくなったのはいずれもCランク以上の冒険者だ。海千山千の彼らに危害を加えるとなると、相手も相応の力を持ち合わせていなければいけない。
「私がこのことを隠したのは、宿の評判が落ちると思ったからなんですよ」
「評判?」
「そうです。ウチの宿から行方不明の冒険者が出たなんて他の冒険者に知られたら、評判が落ちて誰もウチを利用してくれなくなるかもしれないじゃないですか」
「なるほど……」
事情を察して、エルメスは二度三度頷いた。その視点では考えていなかった。評判にどんな尾ひれがつくかまでは想像の域を超えすぎてしまうが、店にとってプラスに働くことはないだろう。だが、それが事件を隠蔽するほどの事情になりえるのか、とも思った。
「事情はわかりましたけど……隠し事している方がリスクありませんか? 現にこうやってギルドの調査が入ったわけですし、パルマーさんの人格という点でもより悪評が広がってしまう気が……」
「それは――」
パルマーがさらに説明をしようとしたところで、玄関のドアが開く。外から風が吹き込むと同時に、冒険者らしい身なりの男女が現れた。




