File.1:冒険者連続密室失踪事件(4)
スキル名こそ判明したが、肝心の効果や制約が黒く塗りつぶされていてよく見えない。こんなこと、今まで経験したことがなかった。
エルメスが困惑していると、アレスがエルメスの視線に気がついた。
目が合って一瞬ドキッとしたが、スキルを見ていたなんてことはバレていないはず。エルメスはそう思っていたが、
「あんたのスキルか?」
そう訊かれて、今度こそ本当に心臓が跳ねた。焦燥感が一気に全身を駆け巡る。まるで生きている心地がしなかった。
「あ、えっと、その……」
エルメスの挙動不審な言動は、もはや肯定したのと同義であった。エルメスのスキルは、性質上相手に対して何か直接的に影響するようなものではない。それゆえに、事前に能力を知られていない限り、スキルを看破されるなどありえないことだ。
アレスは挑戦的な眼差しでエルメスを見つめる。
「能力は……相手のスキルを認識できる、ってところだな?」
ここまで言い当てられてしまっては、もはや観念するしかない。エルメスは勢いよく頭を下げた。
「そうです……すみません、勝手に視てしまって……!」
どんな叱責が待っているだろうかとエルメスは身構えたが、アレスは変わらない様子でエルメスの肩を優しく叩いた。
「まあまあ、顔上げろよ。別に怒っちゃいねえからよ」
エルメスはおずおずと顔を上げる。確かに、アレスの表情は穏やかだった。
「どうしてわかったんですか……?」
「そりゃまあ……知ってたんだよ。瞳の色も変わってたしな」
アレスはどこか気まずそうに頭を掻きながら続ける。
「嬢ちゃんと似たようなスキルを持ってる奴がいたからな。嬢ちゃんの立場だったら、場末の料理人に事件の依頼だなんてイレギュラーな状況になれば、俺がどんな奴か気になってしょうがないだろう。わからないことだらけの中なら、何か明確にわかることを増やしたいってのは自然な思考だ」
そうやって理屈で説明されると、なるほどアレスの推理が的中したのも頷ける。同時に、事件解決に際してローズが彼を頼ったのもあながち間違いじゃなさそうに思えた。
「それに、どうせ視れなかっただろ?」
視えた内容まで――厳密には視えなかった内容だが――言い当てられて、エルメスはさらに驚く。
「どうしてわかったんですか!?」
「実は、その紅茶にはスキルを弱体化させる効果があるんだ」
「え……!?」
自業自得かもしれないが、それは困る。そんな心中を察したのか、アレスは「効果はものの数分だから、すぐに回復する」と付け加えた。
終始翻弄され続けたエルメスだったが、一つだけわかったことがある。謎の料理人アレスの観察眼には、目を見張るものがありそうだ。
「じゃ、行こうか」
アレスはファイルをエルメスに返して、前掛けを外した。
「行くって、どこへですか……?」
「現場に決まってるだろ。材料がなきゃ、調理のしようもねえ」
掃除道具はほったらかしのまま、アレスは出口へ歩を進める。
「エルメスって言ったか。あんたのスキルにも、期待してるぜ」
アレスが依頼を受けた時点で自分の仕事は終わったと思っていたエルメスは、数瞬遅れて言葉の意味を理解した。
「って、私も行くんですか!?」
――――――――――――
エルメスはアレスを連れて、街外れの宿を訪れた。区画としてはちょうど街と自然との境界あたりにあり、周囲にはぽつぽつと少数の建物がある程度だ。使い勝手が悪そうな立地にも思えるが、自然のフィールドに近い分すぐにクエストに出られるという点で、冒険者が拠点とするには都合がいい。
エルメスはギルドの制服姿のまま。アレスはあの後コックコートを脱いで黒いワイシャツ姿に着替えていた。
「セレニス亭……ここですね」
エルメスは資料を確認しながら、目の前の建物を見上げた。
二階建ての木造建築で、古い建物だ。正直、住居を改築しただけの貧乏宿という印象は免れない。大きさから想像するに、客室は四つ前後といったところだろうか。ドア上の看板には『INN』の文字と骨付き肉の絵が描かれている。
アレスはキョロキョロしながら、建物を一周しつぶやいた。
「悪くなさそうだ」
「え? 何がですか?」
「……いや、気にするな」
アレスの視線の先には、一階の側面から伸びる煙突から上がる煙があった。なんのことやらよくわからなかったが、エルメスは事件概要の説明を続けた。
「一ヶ月前、二週間前、そして昨日……三人の行方不明者はいずれもこの宿で消息を絶っているようです。なんでも、連続密室失踪事件だとか……」
「まずは話を聞いてからだな」
アレスは宿の扉に手をかけた。
入って正面の受付カウンターに小太りの男がいた。男は帳簿とにらめっこしながらなにやら考え込んでいる様子だった。男はアレスたちの姿に気づいて、七三分けを整え居住まいを正す。
「いらっしゃいませ」
いよいよ、事件の調査が始まる。エルメスは緊張した面持ちで、その男に尋ねた。
「あの……パルマー・ディセントさん、ですか?」
初対面の人間に突然名前を言われ、その男パルマーは困惑顔だ。
「え、えっと、どちら様で……」
パルマーはキョロキョロと目線を彷徨わせ、エルメスとアレスを交互に見る。
エルメスは礼儀正しくお辞儀をして、
「申し遅れました。私は冒険者ギルドから来ました、エルメス・ティーポットと申します。それと……」
自己紹介の後、アレスにバトンを譲る。
「アレス・フォルナクス。料理人だ」
「ギルドの方と、料理人……?」
よくわからない取り合わせが、パルマーの困惑に拍車をかける。
「本日は調査で参りました。最近複数の冒険者が、この宿を最後に消息を絶っておりまして」
エルメスにそう告げられ、パルマーは目を丸くして冷や汗を流す。動揺しているであろうことが、端から見ていても手に取るようにわかる。
パルマーがどう対応すればよいのか答えを出せずにいると、左手の階上からやせ細った猫背の男が降りてきた。目の下のクマもひどく、かなり具合が悪そうに見える。
「お客様ですか? お荷物お運びします」
「ま、待てノーマン! この方たちはお客じゃない!」
パルマーが慌てた様子でその男を追い返そうとするが、その前にアレスが問いかける。
「ここの従業員か?」
「いえ、ぼくは……」
自分が答えていいものかどうか。クセのついた赤髪を掻きながら、猫背の男ノーマンはパルマーの顔色をうかがう。
パルマーは観念した様子で一つため息をついた。
「……まあ、ノーマンは知っていることだしな」
そして改めて、パルマーはエルメスとアレスに体を向ける。
「彼はノーマン・ボーダー。冒険者です」
「冒険者?」
アレスが目線でエルメスに合図すると、エルメスは持ってきた冒険者ファイルをめくって情報を確認した。アレスに請われ、ギルドにある原本よりコンパクトな手帳サイズの冒険者名簿を持ち歩いていたのだ。
「ノーマン、ノーマン……ああいました。ノーマン・ボーダーさん」
「冒険者が、宿屋で荷物運びを?」
アレスの問いに、パルマーは両手を上げてやれやれといった様子で答える。
「見ての通り病弱なんです。もう一年近く滞在してますが、冒険者としての仕事がほとんどできないせいで宿代を払う金がないんですよ。かと言って、追い出したらすぐに野垂れ死んでしまいそうだし……ということで一部屋貸して、体調のいい時に手伝いをしてもらってるんです」
パルマーの説明にノーマンは「恐縮です」と丸まった背中をさらに丸めて頭を下げる。
「住み込みのバイトみたいなもんか」
「優しいんですね」
穏やかな表情を見せるエルメスに、アレスは釘を差す。
「行方不明のことを黙ってたやつが、優しいって?」
「はっ、そうでした……!」
エルメスは我に返った。そもそもこの行方不明事件、発端は行方不明となった冒険者の知り合いからのタレコミだった。そして昨日はついにAランクの冒険者と連絡が途絶えたということでギルドの調査が入ったのだ。
パルマーは両手を振って、身の潔白を証明しようとあたふたしている。
「だ、黙ってたなんてそんな人聞きの悪い……。それに昨日も、ギルドの人にお話したんですけど……」
「もう一度話してくれ。昨日のやつらの聞き漏らしがあるかもしれねえしな」




