File.1:冒険者連続密室失踪事件(3)
エルメスはリコとソフィーとともに近所の食事処で、歓迎ランチと称して楽しく昼食を済ませた。
そして昼食を終えてギルドに戻ってから、エルメスたちは早速業務を再開した。といっても午前中ほど人は訪れず、たまに来る冒険者もリコやソフィーと顔見知りなようでそれぞれの受付で談笑していた。
手が空いたエルメスは、冒険者の名簿を見て予習していた。午前中の一件でも経験した通り、冒険者の名前や特徴を覚えておけば、業務はかなりスムーズになるはずだ。だが名簿の中で最も気になったのは、やはり行方不明者のことだった。
冒険者がクエストに出かけたまま帰ってこない――痛ましいことだが、危険を伴う仕事故に珍しい話ではない。だが記録によれば、この一ヶ月の間に行方をくらました冒険者は危険度の低いクエストを受注していたらしいのだ。まだエルメスが知らないだけで、元々冒険者とクエストというのはこういうものなのだろうか。
「エルメス。今、いいかしら」
背後から声をかけられ、思索にふけていたエルメスは少し驚いて振り返った。
そこには、腕を組んでエルメスを見つめるローズの姿があった。
ギルドの二階にある支部長の部屋、すなわちローズの執務室に通されて、エルメスはソファーに腰を下ろした。
正方形に近い間取り。出入り口の扉の正面壁際にはこちら向きにローズの執務机があり、部屋の中央にはガラス製のローテーブルと対になって向かい合う革張りのソファーが並んでいる。左右の壁際には本棚がところ狭しと並べられていて、部屋の隅にはちょっとした観葉植物が一つ。ある程度模範的とも思われる支部長の部屋は、応接室としての役割も兼ねているようだ。
「早速だけど、調子はどう?」
ローズはエルメスの反対側に腰掛けながら、マグカップに入れたコーヒーをエルメスの前に差し出した。
「はい。リコ先輩もソフィー先輩もよくしてくれているので」
そう答えながら、エルメスはコーヒーを一口すする。
「トラブルにも対応できているようね」
ローズも自身のコーヒーを飲みながら、エルメスに小さく微笑みかけた。
「え、ご存知だったんですか?」
「私は支部長よ? ここで起きてることはすべて把握してる」
あっけらかんと言い放つローズを、エルメスはこれが仕事のできる人間かと尊敬の眼差しで見つめる。
「ま、雑談はこれくらいにして……」
ローズはマグカップを置いて、一つのファイルをエルメスに差し出した。打って変わって、ローズの表情は硬くなっている。
「あなたを呼んだのはこれのため」
エルメスがその二つ折りのファイルを開くと、中には数枚の書類が挟まっている。
「最近、冒険者の失踪が相次いでいるの」
「あ」
名簿で見かけたあの件だ。エルメスが思わず口を開けると、ローズはそれを察して続けた。
「知っているなら話が早いわね。昨日、さらにAランク冒険者が行方をくらました」
「えっ!?」
Aランクの冒険者と言えば、全冒険者の中でも指折りの実力者である。そんな人が行方不明になったとなると、相当な出来事に違いないとエルメスは直感した。
「そこで、一連の行方不明を事件として捜査することにしたわ。昨日職員が現場の調査に向かったんだけど、たいした収穫が得られなくてね。改めて、プロに任せることにしたの」
「なるほど」
冒険者はギルドにとってなくてはならない存在だ。その冒険者が立て続けにいなくなっているとなれば、その原因を突き止めなければならない。
「状況から察するに、連続密室失踪事件ということらしいわ」
「連続、密室、失踪……!?」
聞き慣れない言葉の応酬。だが、どうやら調査は難航しているということだけはわかった。
同時に、エルメスの頭には疑問符が浮かんだ。
「えっと、私はなぜ呼ばれたんでしょうか……?」
「もちろん、その仕事を任せるためよ」
「えっ!? わ、私が解決するんですか!?」
思いもよらなかった仕事内容に、エルメスは目を丸くした。ギルドの受付嬢として勤務していると思ったら、まさか突然探偵まがいの仕事が降ってくるとは。ローズはプロに任せると言ったが当然エルメスは捜査のプロではない。とても務まるとは思えないが……。
そんなエルメスの心中を察してか、ローズは言う。
「心配しなくても受付嬢としての仕事の範疇よ」
ローズは自分を指さして、
「私が依頼人」
エルメスを指さして、
「あなたが仲介人」
さらに資料の一部を指さして、
「この人が依頼先」
と説明して、さらに続ける。
「実際のクエストでも、依頼人が冒険者を指定することもあるわ。これもそういうケースだと思ってもらえればいい」
「な、なるほど……」
そう言われれば、確かに受付嬢の仕事な気もしてきた。
ローズは話は終わったとばかりにソファーに深く腰掛けて足を組む。
「ま、現場での新人研修だと思ってちょうだい。あなたちょっと箱入りっぽいしね。じゃ、よろしく」
――――――――――――
そこは、ギルドの裏口から出てすぐの場所にあった。人通りの少ない裏路地の一角に、木造二階建てのこじんまりした建物が背景に溶け込むかのようにひっそりと佇んでいる。
「間違って、ないよね……」
エルメスは資料の住所を再三確認してから、事前にローズに言われたとおり『CLOSED』の表札を無視してドアを開けた。
ドア上部から響くベル音と同時に、エルメスは店内に足を踏み入れる。
通称ギルド食堂。ギルド直営の飲食店らしいのだが、店内ではコックコートに身を包んだダンディな男がモップ掛けをしていた。どうやら飲食店であることには間違いないらしい。
「悪いな。今は準備中だから後で――」
言いながらエルメスの方を確認したその男は、驚いた様子で一瞬硬直した。しかし一つ咳払いをして居直すと、エルメスをクロスのかかったテーブル席にエスコートした。
「あの、私は……」
「茶を用意する」
そう言って、男は厨房の奥へと姿を消した。
されるがままに席についてしまったエルメスは、店内へと視線を巡らせた。
木目調の家具が内装の中心で、かなりの年代物が並んでいる印象だ。だが、テーブルやイス、その他小物類にいたるまで丁寧に手入れがされていて清潔感がある。古めかしいというよりも、アンティークといった方がぴったりだ。ギルドや冒険者と言えば割と大味な人たちというイメージがエルメスの中で先行していたが、ギルド直営の飲食店がこのような仕上がりになっているのは驚きだった。
「待たせたな」
男は、ティーセットを片手に現れた。
配膳の際に男はエルメスにウインクして見せたが、エルメスはどう反応していいか困って苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「あ、ありがとうございます」
ここまで流されっぱなしだと自覚しつつも、美味しそうな紅茶の香りに誘われて、エルメスはポットからカップへ紅茶を注ぎ、別添えのミルクを注ぎ足した。
一口飲んだ瞬間、茶葉の芳醇な香りとミルクのまろやかさが口いっぱいに広がった。正直想像していたよりも、遥かに美味しい。
「ここで料理長をやってるアレス・フォルナクスだ。まあ長なんて言っても、俺しかいないんだけどな」
エルメスの反対側に座りマグカップでコーヒーを飲むその男は、自嘲気味に笑いながら名乗った。
「で、嬢ちゃん。俺に何か用かい?」
単刀直入に問われ、エルメスは慌てて脇に抱えていたファイルを差し出した。
「私は冒険者ギルド受付嬢のエルメス・ティーポットです。実は、ローズ支部長に頼まれて……」
アレスは資料をめくって、小さく口角を上げた。
「ローズのやつ、また面倒なものを……」
そう言いつつも、言葉ほど嫌そうな表情はしていない。むしろ、前向きにすら見えた。
ローズが事件解決を依頼するような料理人アレス……彼は一体何者なのか。
アレスが資料を読んでいる中、エルメスは二度瞬きしてアレスをじっと見つめた。エルメスの翡翠色の瞳が、透き通る氷のような冷たい青色に変わる。
エルメスの視界には、文字が浮かび上がっていた。
他人のプライバシーを覗き見しているようで気が引けるので普段はあまり使わないが、本当に事件を解決するような能力があるのか確かめておきたい。リコ曰く、冒険者とクエストのミスマッチを防ぐのも受付嬢の仕事のうちだ。
アレスの顔の横に、いつもスキル使用時に出てくるように文字が現れている。
だが――
スキル名:絶品料理
効果:■■■■■■■■
制約:■■■■■■■■
「え……!?」




