File.1:冒険者連続密室失踪事件(2)
冒険者が行方不明になっているらしい。詳細は不明だが、機械的にその情報だけが冒険者リストに記載されていた。
エルメスが首をかしげていると、
「あのー、すみません」
受付の向こうから呼びかけられて、今さら気がついた。資料を読んでいるうちに、いつの間にかギルドの営業が始まっていたのだ。
「わわっ、すみません!」
エルメスは慌てて資料を畳んで、正面の男性に向き直る。受付のデスクには、冒険者向けのクエストの書類が置かれていた。状況を整理して、エルメスは先程のレクチャーを思い出す。この書類があるということは、彼は冒険者で、クエストを受けに来たということ。
つまり最初の手順は――
「登録証の提示をお願いします!」
エルメスは自信満々に言い放った。
一人目の客を無事に捌き切った後は順調だった。相手が冒険者だったらランクを見比べて承認し、依頼人だったら内容を書き取りつつ連絡先等の情報を控える。
話の通じない迷惑客もおらず、事務的に一つずつ案件を処理していくだけで時間が過ぎていく。まもなく昼時というところで、エルメスのお腹も受け入れ準備が整いつつあった。
そんな時、エルメスの前にクエスト書類が置かれる。赤いモヒカンヘアの若い男がそこにいた。おそらく昼休憩前の最後の客になるだろう。
書類にはCランクの印字。今日エルメスが見た中で最も高いランクのクエストだ。
「登録証の提示をお願いします」
少し緊張しつつもこれまでと同じように対応していると、男は挙動不審気味に登録証をデスクに差し出した。
どことなく違和感を覚えつつも、エルメスは手順通りに登録証を検める。
「ありがとうございます。えーっと、ジーン・バリアーさん……」
その名前には見覚えがあった。資料の中で見かけて、なぜか記憶の隅に残っていたのだ。
エルメスが登録証を確認している間、ジーンは指でデスクを叩いて落ち着かない様子だ。
「冒険者ランクは、C……」
エルメスは首を傾げた。なんだか引っかかる。何が引っかかるのかはっきりとは言えないが、妙な違和感が胸中に渦巻いていた。
「少々お待ちください」
エルメスが冒険者の資料を開こうとした時、
「嬢ちゃん、新入りか?」
ジーンが睨みつけるようにエルメスを見ていた。
一瞬気圧されそうになったエルメスだが、冷静になって小さくお辞儀する。
「はい。新人のエルメス・ティーポットです。今後ともよろしくお願いします」
ジーンは指先で机を連打して、ぐっと顔を近づける。
「あいさつなんてどうでもいいから、さっさとしてくれ。俺は忙しいんだ。なんたってCランクだからな」
彼の冒険者ランクとエルメスが新人であることを盾に圧力をかけられ、思わずエルメスも焦ってしまう。
「あ、えっと……」
「あーあ、いつもならこんな手続きすぐ終わらせてくれるのになー」
わざとらしい小言。さらにプレッシャーをかけて萎縮させようというジーンの思惑だったが、その言動はむしろエルメスに火をつけた。
ムカつく。このことは普段はあまりやらないようにしているが、今後のことを考えたら毅然と対応することは必要だと思った。
エルメスは二度瞬きをして、ジーンをじっと見つめた。まるで人形のような冷たい表情。エルメスの翡翠色の瞳は氷青色――つまり氷のような冷たい青色に変わっている。
「《火炎人形》ですか……」
エルメスのつぶやきに、ジーンの表情が一変した。ジーンは虚を突かれて硬直し、張り付いた笑顔の上にじわっと一筋の汗が流れる。
エルメスはクエストの書類を指さして続ける。
「……こちらは湿地帯でのモンスター討伐クエストですが」
急に雰囲気が変わったエルメスに、ジーンは一つ唾を飲み込んだ。
「だ、だからなんだよ」
エルメスの凍えさせるような視線が動揺するジーンを射抜く。エルメスには、ジーンの横に文字が見えていた。
スキル名:火炎人形
効果:炎を生み出し、人形のように操れる
制約:火炎人形へのダメージは自身にも跳ね返る
「あなたの炎を操るスキルでは、相性が悪いのではないかと」
核心を突かれ、ジーンは目を丸くする。
スキル――それこそが、冒険者が冒険者たる所以である。
普通の人にはない、超常の力、それがスキルだ。内容は人によって様々だが、ジーンの持つ炎を人形のように操るスキルというのは一つの代表例と言える。
「ど、どうしてそれを……」
どうしてこんな新人受付嬢が俺のスキルを知っているんだ、とジーンの顔に書いてある。その答えは、相手がエルメスだから、だ。
ジーンのスキルを読み取ったのは、エルメスのスキル《冷視》である。このスキルを使うと、相手のスキル情報を文字として視認できる。
劣勢に追い込まれたジーンだが、まだ食い下がる。
「だ、だとしても、俺はCランクだ! 相性なんて関係ない!」
「そうですね……――もし、本当にCランクなのであれば」
「なっ!?」
ジーンの顔は一瞬で土気色になった。ダラダラと冷や汗を流し、登録証に手を伸ばすエルメスの動きを震える瞳で追う。
エルメスはジーンの登録証の一角、ランクを示すアルファベットに指を這わせた。そして、小さくめくれている部分を発見しそれを一気に引き剥がす。
登録証は紙製だ。製作工程を工夫してある程度の耐性を備えてはいるが、基本は紙に印字しているだけのシンプルなものである。
粗雑な加工の裏には、本来の印字であるEの文字が隠されていた。こうなれば、もう何も言う必要はない。
「他になにかありますか?」
「くっ……」
ジーンは言葉に詰まり、踵を返して逃げるようにギルドを後にした。
「ふう……」
無事やり遂げたエルメスは、目を閉じて一つ大きく息を吐いた。
平静を装ってはいたが、内心は緊張しっぱなしだった。見当外れだったらどうしようという不安も常にまとわりついていたが、エルメスはなんとか思い出したのだ。冒険者リストにあった彼のランクは少なくともCではなかったこと、そして申し送り事項に『虚偽報告の前例あり』と記されていたことを。そしてなにより、スキル《冷視》が有効だった。彼の動揺ぶりから、何か隠し事があるという確信を得られたのだ。
「エルメスちゃんすごい!」
と、リコが大喜びでエルメスの肩に両手を置いてピョンピョン跳ねていた。
「リ、リコ先輩!」
「お疲れ~、エルメスちゃん。すごかったねぇ」
リコの隣では、ソフィーが拍手を送っている。
「ソフィー先輩」
エルメス自身でもうまくやれたんだという実感が湧いてきて、自然と笑顔になる。
「いざとなったら助けようと思ってたんだけど、まさかエルメスちゃん一人で解決しちゃうとは思わなかったよ!」
「あの人常習犯だからね~。ウチやリコちゃんじゃバレちゃうからぁ、エルメスちゃんのところに並んだんだと思うな~」
なんらかの理由であのクエストを受けたかったジーンは、受付のデスクに今まで見たことない人物がいるのに気がついた。きっと彼女は新人で、新人なら簡単に騙せるだろうとその窓口を選んだのだろう。
「エルメスちゃん、あの冒険者リストの中からよくあの人のこと思い出せたね!」
「たしかにぃ。スキルのことなんて書いてあったっけなぁ~」
素直に驚くリコと、不思議がるソフィー。
エルメスは跳ねる心臓を押さえつけ、平静を装って答えた。
「た、たまたま書いてあったのをどこかで見かけたんですよ」
両手を振るエルメスの所作はリコとソフィーには謙遜に見えただろうが、エルメスとしてはなんとか誤魔化そうという一心だ。相手のスキルを読み取れるスキル《冷視》については、支部長のローズにも言っていないエルメスの秘密だった。




