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File.1:冒険者連続密室失踪事件(1)

「雑魚がイキがってんじゃねえぞ!」

 冒険者憩いの宿、セレニス亭。こじんまりした実家のような宿泊施設の小さな食堂に、外の雷雨を打ち消すほどの大男の怒号が鳴り響いた。

 大男は赤ら顔で丸いテーブル席の横に立ち、そこに座っている男女二人を見下ろしていた。大男が座っていたカウンター席には、飲みかけのビールと、食べ終わった骨付き肉の残骸が転がっている。

「調子に乗ってギャーギャー騒ぎやがって」

 ちょっかいをかけられた妙齢の女性はあからさまに不機嫌そうに顔をしかめ、若い青年は怒りをあらわに立ち上がった。

 ちょうど頭ひとつ分くらいの体格差があるが、青年は怯(ひる)まず大男を下から睨みつける。

「いきなりなんだよ!? 憂さ晴らしならヨソでやってくれ!」

「憂さ晴らし? いや、違うなあ」

 大男がぐっと顔を近づける。

「Aランクの俺様にもっと敬意を払えっていうアドバイスだよ」

「Aランク……!?」

 大男の威圧感、そしてAランクという言葉に、青年は気圧されていた。

「冒険者ならランクがすべて。ランクの低いやつらが同じ空気吸ってると思うと吐き気がするぜ」

「ランクがすべてだと……」

 大男の発言は、青年の怒りに火をつけた。

 青年は腰に下げたナイフを取り出して大男に刃先を向けた。

「ふざけんな! ランクなんて、ランクなんてまやかしだ! 所詮(しょせん)はギルドが決めた評価基準でしかねえだろうがッ!!」

 真正面から怒気を浴びせられ、ナイフを突きつけられてもなお、大男に変化はない。

「だから雑魚なんだろ? 冒険者ギルドからも認められない程度の実力ってこった」

「テメェ……俺はなあッ!!」

 一層火がついた青年がナイフを突き刺そうと動き出すが、

「落ち着いて!」

 女性が青年の腕を掴み、凶行を食い止めた。

「こんなところで戦ったら、ギルドに処罰されちゃうわよ!」

 青年は歯ぎしりしながらも、なんとかナイフを納めた。だが血走った眼は今なお大男を睨みつけている。

 大男は青年の視線を涼しげに流し、今度は標的を隣の女性に切り替えた。

「おい女。カマトトぶってんじゃねえぞ」

「は?」

 女性のこめかみがひくついている。だが、まだまだ冷静に事に当たっていた。

「何が言いたいわけ?」

 大男は値踏みするように、女性の上から下まで視線を這(は)わせながら言う。

「あんたの噂は聞いたことがある。それなりに実力もあるってな」

「あら光栄ね。こっちはあんたみたいなデリカシーのない男なんて知らないけど」

「俺様は他にも知ってるぞ」

 嫌らしく口角を上げる大男に、女性は言葉に詰まった。この男が何を言いたいか、わかってしまったから。

「冒険者のランクがどれだけ大事か、身をもって経験したんだろう? 負け猫……いや、捨て猫って言ったほうが正しいか」

「……――殺すッ!!」

 女性は椅子を蹴飛ばすほど勢いよく立ち上がって、その手を大男にかざした。手のひらに力が集まり、陽炎のようにモヤモヤした力の渦ができる。

「お止(や)めください……!!」

 今にも女性が力を解放しそうだったその時、悲痛とも言える叫びが割って入った。

 小太りの男――宿の主人が慌てた様子でやってきて仲介を試みる。

「このままでは、ギルドに通報しなくてはならなくなります……!!」

 大粒の汗をダラダラと流す主人の顔を立て、三人は、ひとまずは矛を収めた。冒険者にとって、ギルドに目をつけられるのは得策ではないのだ。もっとも、大男の方はもとより戦うつもりはなさそうな素振(そぶ)りではあったが。

「どうかここは穏便に……」

 宿の主人は困った顔で三人の顔色をうかがっている。

「ふん……」

 大男は、男女二人のテーブルにあった骨付き肉を我が物顔で噛みちぎった。そして、そのまま肉を持って階上へ繋がる階段に向かう。

「おい! それは俺たちの――」

 青年が抗議するが、主人はさっと手を出して青年をなだめた。

「後ほど新しい物を用意いたしますので……」

 大男は階段に一歩足をかけて、食堂奥の厨房に目を向ける。

「おい料理番!」

 ドスの利いた声に、厨房にいた猫背の男はビクッと肩を震わせた。

「俺様の部屋に酒と肉を持ってこい。冒険者としては最底辺でも、それくらいできんだろ」

 猫背の男は怯(おび)えた様子で喉を鳴らすも、結局何も言わずに一層背中を丸めて料理に取り掛かる。それを確認して、大男は満足そうに階段を登っていった。残された食堂は水を打ったような沈黙に包まれ、雨粒の音が一層大きく響き渡った。


 翌朝、大男はこつ然と姿を消していた。自身の荷物と酒瓶だけを部屋に残して。



――――――――――――



 晴天。白い肌をほどよく包み込むような日光と、栗色のツインテールを揺らすそよ風。春の香りが全身をリラックスさせる過ごしやすい一日。まさに絶好の日和(ひより)だ。

 彼女の軽やかな足取りには、確かな気合が入っていた。何事にも一生懸命な彼女の意気というものが、石畳の道でテンポよく踵を鳴らす。彼女の透明感のある翡翠色の瞳には、己の進む道しか映っていない。

 たどり着いたのは、この街で一番大きく一番堅牢な場所――冒険者ギルドイーストポール支部。文字通り王国の東に位置するイーストポール地方において、五階建ての巨大な冒険者ギルドはランドマークとなっていた。

 一度深呼吸してから、彼女は意を決してギルドの扉に手をかける。

「よしっ」

 エルメス・ティーポット、冒険者ギルド受付嬢としての初出勤である。


 約十人の前で、早速自己紹介が始まった。支給された制服に身を包み、エルメスは緊張した面持ちでこれから同僚になる面々を見回す。皆エルメスと同様に白いブラウスに紺色のスカートを着用し首元には同じく紺色のリボンを装着しているが、靴や小物など細かい着こなしに個性が出ていた。

「エルメス・ティーポットです。まだまだ未熟者ですが、ご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願いします!」

 エルメスは行儀よく、しっかり腰を折り曲げてお辞儀した。上体を起こすと、二つ結びの髪が小さく跳ねる。

「彼女には、早速今日から実務についてもらうわ」

 長い黒髪をなびかせて、エルメスの横に立っていた支部長ローズ・エルドレッドが言った。品のある凛とした顔つきで、まるでモデルのようなプロポーションの美人だ。年齢は三十前後くらいと若そうだが、冒険者ギルドイーストポール支部の支部長を任されたバリキャリである。

「リコ、ソフィー」

 ローズに名指しされ、二人の女性が前に出た。

「彼女に色々教えてあげてちょうだい」

 身長差が大きいその二人に、エルメスは目線を上下させる。

「リコ・キャロットだよ! 先輩だから、なんでも聞いてね!」

 まさに元気いっぱい。小柄な体躯が小さく跳ねて、金色のボブヘアとスカートがふわっと揺れる。身体(からだ)に収まりきらないほどのエネルギーが全身から溢れていた。

「ウチはソフィー・シエスタ。よろしく~」

 どこか気だるげな口調だが、怠慢というわけではなさそうだ。ソフィーは優しくふんわりと、エルメスに微笑みかける。リコとは対照的に、ソフィーの背は高い。ローズと同じように、人目を引く女性だった。

「改めまして、エルメス・ティーポットです。よろしくお願いします」

 体の正面で両手を合わせ、エルメスは小さく礼をする。

 優しそうな人たちだ。エルメスの不安の一つは、解消されたと言ってよかった。

 ローズが手を叩き、場を仕切り直す。

「申し送りは以上。業務に移ってちょうだい」

 ローズの号令に従って、各人は与えられた仕事に移る。

 エルメスはリコとソフィーに付き従って、早速仕事場であるギルドの受付に向かった。用意されている窓口は全部で三つ。ちょうどリコ、ソフィー、エルメスの三人分だ。

「あたしたちの仕事は、簡単に言えば冒険者と依頼人の仲介だよ」

 向かって左の席に座ったエルメスの背後に立って、リコが正面を指さしながら説明する。受付のデスクを挟んだ反対にはロビーが広がっており、さらにその奥に正面玄関がある。

「クエストを受けたい冒険者かクエストを出したい依頼人が来るから、それを承認して書類係の人に回すの」

 リコの説明に、ソフィーが補足する。

「クエスト完了した冒険者もねぇ~」

 エルメスたちの背後には互いに向き合うような形で四つのデスクが並んでいて、各デスクではすでに職員が事務作業に取り掛かっていた。

 冒険者ギルドの主な役割については、エルメスも承知していた。

 ギルドへの依頼事はクエストという形で公開され、冒険者は任意のクエストを受注して目標達成を目指す。これが基本的な構造だ。その中で受付嬢は、冒険者とも依頼人とも直接対面する窓口となっている。

「でも、一番大事なことがあるの。それは……」

 リコは分厚いファイルを一つ、エルメスの前に置いた。

「冒険者とクエストのミスマッチを防ぐこと」

 クエストは、達成難易度や様々な要素を勘案してランクがつけられる。依頼される内容は薬草採取からモンスター討伐まで様々あるが、FランクからEランク、Dランクと上がっていってSランクまで、達成が困難なものや危険性が高いものほど高いランクがつけられると考えて概(おおむ)ね相違ない。

 同じく冒険者にもFからSまでのランク付けがなされる。能力や実績、その他諸々の要素を勘案してランクが決まるのだが、このランク基準はクエストのランクとほぼ等しい。基本的に、CランクのクエストにはCランク以上の冒険者が適切、ということになるのだ。

「たまに背伸びして無理しちゃう人もいるけど、すっごく危険だからね」

「リコちゃんみたいに~?」

「あたしは背伸びしてないよ!」

 リコとソフィーのやり取りに微笑みつつ、エルメスは最初に渡されたファイルを開く。そこにはギルドに登録されている冒険者の基本情報がまとめられていた。登録年月日、名前、冒険者ランク、申し送り事項など、要点だけをまとめたリストになっている。

 これを全部覚えなければならないのかと思うとエルメスは戦慄(せんりつ)したが、

「あ、別に覚えなくてもいいからね~」

 それを察したソフィーが補足してくれた。リコがそれに続く。

「もちろん覚えてるに越したことはないけど……クエストを受ける時はギルドから発行してる登録証(ギルドカード)も提示してもらうから、そこに書いてある冒険者ランクとクエストのランクが釣り合ってればだいたいOK!」

「やってれば自然に覚えてくるから大丈夫だよ~」

 エルメスは一安心して、リコとソフィーに笑顔を見せる。

「ありがとうございます! 私、頑張ります!」

 二人も微笑んで頷き、笑顔を返した。

 その後簡単に作業についてのレクチャーを受け、

「わからないことがあったらなんでも聞いてね!」

 リコはそう言いながらエルメスの肩を軽く叩いて、ソフィーと共に自席へ戻っていった。

 まもなく営業時間だが、まだ時間はある。エルメスはファイルを開いて、冒険者のリストを読み始めた。

 300ページを超える分厚い資料――イーストポール支部だけでなく、王国内のギルド全体で登録している冒険者が膨大なリストとなってこの中に収まっている。あまりの多さに目眩(めまい)を覚えそうになるが、幸いイーストポール支部を拠点としている冒険者だけが前半にまとまっているのでここを中心に見ていればよさそうだ。

 ギルドと冒険者が綿々と積み重ねてきた歴史に感心しつつリストを眺めていると、ある文言がエルメスの目に留まった。

「行方不明……?」

 現在のステータスが行方不明とされている冒険者がいた。危険な任務を請け負う冒険者にとって珍しいことではないのだろうが、この一ヶ月で二人もいる。エルメスは、妙な胸騒ぎを覚えていた。

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