File.3:邪神の伝承(11)
「前回は勘の悪い人たちばかりで断念したけど……今回はあなたのような優秀な人がいてよかったわ」
アンナは不気味な笑顔を湛えたまま、呆れたように両手を上げる。
「前回……? まさか――」
前回リヴィの森で行われた昇格試験。そこでも死者が出たという記録が残っていた。その人物こそジーンが雪辱を果たしたいと言っている人物なのだが――
「なんて言ったか……ああ、カリムさんでしたっけ」
「カリムッ……? まさかテメェが!?」
「完全に無駄死にでしたね。儀式の一歩目で躓いちゃいました」
「テメェ!!」
ジーンは激昂して怒鳴りつける。そのまま勢いよく殴りかかろうと飛び込んだが――
「部外者は引っ込んでてくださいな」
「ぐあっ!!」
ジーンは風圧に吹き飛ばされた。アンナが右手をまっすぐかざすだけで、成人男性一人が吹き飛ばされるほどの強風が吹き荒れていた。儀式を進行していたアンナに、邪神の力が宿りつつあった。
「さて、儀式を完了させましょうか」
アンナはニヤリとエルメスを見つめる。
「エルメスさん……いえ、すべてを見透す器。あなたが最後のピースです」
アンナの言葉に呼応して、黒いモヤがエルメスに向かって飛んでくる。
「あなたのような存在が必要だったんです。伝承にある通り、事件の真実を突き止められるような存在が。一人目を殺した後に邪神の残滓が活発になっているのを見て驚きました。去年とは明らかに違ったんです。このまま儀式を続けて真実にたどり着かせれば、儀式は完成すると確信したんです」
アレスが黒いモヤを受け止めるように両手を広げるが、モヤはアレスを透過してエルメスの中に入り込んでいく。
「エルメス!」
エルメスは一瞬で意識を失った。瞳から光沢が消え、力なく腕を下ろし、地面から数センチ、吊り上げられるように浮いている。
「エルメス!」
ジーンがエルメスに触れようとするのを、アレスは慌てて制した。
「待て! ヘタに触ると何が起きるかわからねえ!」
「ふふ、あなたも利口ですね」
アンナは口元に手を当てて微笑んでいる。だが、その目は決して笑っていない。
「でも、もう終わりです」
アンナが両手を広げると、エルメスの身体に森中から灰色のモヤが集まってくる。アンナが邪神の残滓と言っていたあのモヤだ。
「『昔、愚かな男がいた』――」
アンナが語る。
「『過去の屈辱を今なお恨み続け、いつか晴らす日を臥薪嘗胆の心持ちで待ち続けた。
そして男は、ついに成し遂げた』――」
「それは……伝承の真の意味か」
アレスは憎たらしげにつぶやいて、有頂天のアンナを睨みつける。
「『妻に邪神を降臨させ、乗っ取られた妻を殺すことで邪神の力を手に入れたのだ』――これが、伝承の本当の内容です。これはそのまま、邪神復活の儀式手順になっているんです」
「英雄伝承だと思ってたのに……クソみてぇな内容だったとはな」
ジーンは口から血の混じった唾を吐き出して毒づく。
エルメスの口や耳から、黒いモヤが溢れ出していた。エルメスの身体全体を包み込むように、黒いモヤが全身を周遊している。
「最後にあなたを殺して、邪神の力を手に入れる」
アンナが両手を振り下ろすと、球形の黒いエネルギー体がエルメスに向かって飛んでいく。
「ちっ……!」
エルメスの前に立つアレスは中腰で黒いエネルギーとの衝突に備えた。
「《火炎人形》!!」
ジーンのスキルが発動し、全長1mほどの火炎の人形が黒いエネルギーを受け止めるためにアレスの前に出る。ボールを受けるように両手を伸ばして双方のエネルギーが衝突し、ジーンは歯を食いしばっていた。
黒いエネルギーの勢いは殺したが、ジーンの火炎の人形は黒いエネルギーの威力に弾かれる。
「がはっ……!!」
ジーン本人も諸共ダメージを受けて胸を押さえ苦しんでいる。
「《氷結操》!!」
アレスの目の前に氷の壁が現れる。今度はフィオネのスキルだ。
黒いエネルギーは氷の壁に衝突してさらに勢いを削がれる。だが、氷は砕けエネルギーは貫通してきた。
眼前に迫る黒いエネルギー体に、アレスは打ち落とすように腕を振った。
「ぐっ……!!」
アレスは腕に損傷を負ったが、エネルギー体は弾かれて地面に着地。そのまま消滅していった。
アレスは負傷した腕を押さえつつぼやく。
「ちっ、三人がかりでやっとかよ……」
ジーンもフィオネも、息を切らしていた。彼らが全力のスキルで対抗しても勢いを削ぐのがやっとだった。もしもう一度撃たれたら、同じように防げる保証はない。
「無駄なあがきですよ。邪神の力にかなうわけないでしょう」
アンナが地面を蹴って急激に迫ってくる。
アレスもジーンもフィオネも、アンナが迫りくる衝撃波だけで数メートル後ろに吹き飛ばされた。
アンナはエルメスの首に手をかける。
「エルメスッ!!」
アレスが叫ぶ。だが、声だけで身体が動かないようだ。
「これでやっと……やっと最強の力が手に入る」
アンナは恍惚の表情で、エルメスの首にかけた手に力を込めた。
アンナが勝利を確信したように口角を上げた瞬間、エルメスはアンナの手を払い除けた。
「なにッ……!?」
驚き目を見開いたアンナは、咄嗟に後方に跳躍してエルメスから距離をとった。
「……みなさん、ありがとうございます。さすがに邪神相手となると、時間がかかっちゃいました」
「エルメス!」
意識を取り戻したエルメスはふわっと着地して、居住まいを正した。エルメスの身体を取り囲んでいた黒いモヤは、徐々に霧散して消えていっていた。
「どうしてっ!? 邪神の力に取り込まれてたはずでしょうッ!?」
アンナは何が起きたか理解できないといった様子で取り乱している。
エルメスはアレスとアイコンタクトを交わし、小さく微笑んだ。




