File.3:邪神の伝承(10)
エルメスに犯人として名指しされたアンナだが、彼女はただ黙って不気味な笑みを浮かべていた。むしろ、隣に立っているジーンの方が困惑の色を濃く見せている。
「で、でもよ、アンナはヒーラーだぜ? どうやってウィリアムたちを殺したっていうんだよ……!?」
「先ほども言いましたが、相手が冒険者だからって特別な攻撃スキルは必要ありません。その最も顕著な例がウィリアムさんです」
エルメスは当時の様子を思い出していた。
大きな木に寄りかかるように座り込んでいたウィリアムが、次にエルメスが呼び出された時にはおそらく狼型のモンスターに襲われていた。そして付近には、10cmほどに積み上げられた灰の山が一つ鎮座していた。
「ウィリアムさんの遺体には大量の爪痕が残っていました。ですが、その割に出血は少なかった。それはなぜか……」
ウィリアムの身体に刻まれた傷の中に一つ、他の爪痕よりも細くて深い傷があった。モンスターの爪とは別の、何か鋭利なもので刺されたような傷跡だ。
「ウィリアムさんはナイフのような刃物で心臓を刺されたんです。モンスターがウィリアムさんの身体を荒らしたのはその後。だから、大量の爪痕の割には出血が少なかったんです。モンスターが現れた時には、すでにウィリアムさんは亡くなっていたから」
「ナイフで一突き……確かに、アンナなら治癒を口実に接近できる。しかも試験を受ける競争相手でもないから、ウィリアムはまさか真正面から刺されるなんて思ってもない」
エルメスの言葉を受けて考えをまとめるフィオネに、エルメスは頷いた。そしてさらに話を続ける。
「ウィリアムさんが最初に負った怪我をアンナさんが治癒したあと、私とアンナさんはしばらくウィリアムさんの近くにいました。ですがもしかしたら、その時点でウィリアムさんは殺されていたのかもしれません。近くと言っても数メートルは離れていましたし、安静にしなきゃいけないウィリアムさんが黙っていても何も違和感がありませんでしたから。それに――」
エルメスは自身の腰からナイフを取り出した。
「ウィリアムさんのそばに倒れていたモンスターにも、ウィリアムさんと同じような傷跡がありました。ウィリアムさんを刺した人物と、モンスターを刺した人物は同一人物である可能性が高い」
「それと、狼煙の件だな」
エルメスに推理の続きを促すように、アレスが水を向ける。エルメスがおびき寄せられた、あの白い狼煙のことだ。
「あの時白い狼煙が上がって、私はすぐにそこへ向かいました。ですがそこには誰もいませんでした。その後アンナさんに呼ばれてウィリアムさんの元へ戻った時、ウィリアムさんがモンスターに襲われたように横たわっていたんです。ウィリアムさんの遺体にモンスターが寄ってきていて、アンナさんはそのモンスターをナイフで仕留めてから私を呼びに来たんじゃないですか? あの時の狼煙も、アンナさんが設置したものですよね?」
問いかけるが、アンナは何も答えない。
エルメスは構わず続ける。
「発火玉はある程度の時間調整が利きますし、狼煙の上がった場所はまさに私とアンナさんが通っていた道沿いでした。どこかのタイミングで私に気づかれずに狼煙の仕掛けを施すのは難しくなかったはずです」
エルメスの推理に、ジーンは難しい顔をしながらも頷いていた。
「マジかよ……そう言われると、そうとしか考えらんねぇ……」
「アンナさん。ここまでで何か言いたいことはありますか?」
エルメスがアンナに尋ねると、アンナは歪な笑顔のままで抑揚なく答えた。
「どうぞ、ひとまず最後まで続けてください」
貼り付けたような表情と声のアンナに不気味さを覚えながらも、エルメスは次の事件について話し始める。
「次はユーリさんです」
ユーリの部屋にあった発火玉を発端に火事が起きて、ユーリが火の手に飲まれて亡くなった。事象としては単にそれだけだ。問題は、どうしてユーリは火事に気づいた様子もなくそのまま焼死してしまったのかという一点だ。
「ユーリさんは食後、かなりの睡魔に襲われている様子でした。疲れやお酒という理由もあるでしょうが、おそらくそれだけではありません。エールに睡眠薬が盛られていたとしたら……あるいは、ウィリアムさんと同じく治癒と称して部屋に入り込んで、回復薬と称して睡眠薬を渡したら……女性でありヒーラーのアンナさんなら簡単なことです」
エルメスは足元を踏みしめながら続ける。
「あの宿屋はかなり足音が響いていました。みんなが部屋に戻ってから足音は止み、その後また足音が聞こえてきました。あの時、ユーリさんの部屋に忍び込んで発火玉を仕掛けたんじゃないですか?」
再び問いかけるエルメスに、アンナは「ふふん」と鼻で笑うだけで、何も言い返さない。
どこか謎めいたアンナの態度にエルメスは不安を覚えるが、さらに話を続けた。
「最後にルイさんですが、これが最も単純です」
最後の推理を、ジーンもフィオネも、そしてアンナもじっと黙って待っている。
「みなさんご存知の通り、ルイさんはアンナさんに好意を寄せていました。そのアンナさんに狼煙を渡されてこの池で上げた……きっとそういうお願いをされたんでしょうね。その狼煙が、池の主を呼び寄せてしまった。池の主と戦っている中でSOSの狼煙を上げたんじゃなくて、狼煙を上げたから池の主に襲われたんです」
ルイの死体発見現場には、ルイがスキルを使ったような痕跡は見当たらない。彼のスキルなら、おそらく池のほとりは大雨のあとのようにビシャビシャに濡れていたはずだ。しかも池という水場であることを考えたら、少なくともスキルの発動条件は満たしていたはずだ。
「ちなみにジーンさんとフィオネさんは、池の主が何に反応するかをご存知でしたか?」
エルメスの問いかけに、ジーンとフィオネはともに首を横に振った。「そうですよね」とエルメスは頷く。
「私は、池の主が森林火災に敏感だと知っていました。アンナさんに聞いてたからです。だからどうして、いくらアンナさんのためとはいえルイさんがこんな危険を冒したんだろうと思っていました。でも、そうじゃない」
エルメスはアンナに視線を戻した。
「アンナさんはみなさんには、池の主に気をつけるようにとしか言っていませんでした。私が森林火災に敏感だという話を聞いたのは、二人きりになってからです。だからルイさんは、アンナさんの言葉を疑うこともなく、池のほとりで狼煙を上げてしまったんです。まさかそれが、アンナさんじゃなくて池の主を呼び寄せてしまうなんて知る由もなく……」
「マジかよ……」
ジーンが唸るようにつぶやいた。
「そもそも、私が待機しておくようにお願いしていたにも関わらず、それを破って単独行動をするほどの動機をルイさんに作り出せ、そして池の主の活動条件を知っていたのは、この中でアンナさんしかいません」
ウィリアム、ユーリ、そしてルイまで、エルメスは三件の事件について一通り見解を述べ終わった。
ジーンもフィオネも口を閉ざしてそっとアンナと距離を取る。
もはや追い込まれたアンナだが、焦ったような様子はまるで見られない。
「でも……全部憶測、状況証拠ですよね?」
不気味な笑みを湛えたまま、アンナはエルメスに言う。
「いえ……それだけじゃありません」
エルメスは腰から、一つの瓶を取り出した。昨日アンナからもらった回復薬の瓶だ。いざという時に参加者に対して使用しようと思っていたので、未使用のまま青白い液体が中に残っている。エルメスは瓶の口元を指さした。
「この緑色の紐……これと同じものが、実は各現場に残されていました」
アンナはその紐を見つめ、感心したように口をすぼませる。
「ウィリアムさんの時には、私を誘き出した狼煙の発火玉に。ユーリさんの時には、火元となる発火玉に。そして今、この大量の狼煙を上げるための発火玉に……すべての発火玉に同じ紐が使われています」
エルメスは回収しておいた発火玉三つを地面にばら撒いた。いずれにもエルメスが言う通り、太い緑色の紐が巻き付いている。
「この紐は市販品ではありません。ギルドが供与したものでもありません。村長が言うには、リヴィノ村の特産品らしいですね。しかも、外にはほとんど出回ってないとか。そんな紐を持っている人は限られます」
アンナはまるでエルメスとの討論を楽しむように反論する。
「限られると言っても、不可能ではないですよね? それにジーンさんもフィオネさんも、同じものを持っているはずですよ」
そう言ってアンナは、青白い回復薬の入った瓶を取り出した。試験一日目にみなに配ったあの瓶だ。確かにその瓶にも、太い緑色の紐がくくりつけられていた。
「その可能性は否定しません。でも私が一番引っかかったのは、ウィリアムさんの遺体を見つけたあとのアンナさんの発言です」
ウィリアムの現場検証を進める中、アンナはその直前に上がっていた白い狼煙についてエルメスに尋ねていた。
「あの時私は、発火玉がおかしいと言いました。その時アンナさんは、『緑の紐は、この辺りではよく使うもの』だと言ったんです」
「その通りでしょう? まさに今、あなたがおっしゃった通りじゃない」
得意顔で頷くアンナだが、エルメスは目を閉じて首を横に振った。
「私はただ、発火玉がおかしいと言っただけです。なのにあなたは、紐に言及した。私はまだ、実物を見せていなかったのに」
アンナは一瞬驚いたように目を見開いたあと、小さく口角を上げた。
まるで喜ぶようなアンナの様子に違和感を覚えたアレスは、エルメスの肩を叩いた。
「エルメス、もうやめろ。ここまででいい」
「いえ、やめません! 年に一度の昇格試験で……希望と覚悟を持って挑んでいた冒険者を三人もその手にかけるなんて、私許せません!」
エルメスはきっぱりとアレスの手を振り払って、アンナを追い詰める最後の段階に入った。
「アンナさん、どうして見てもない発火玉にこの緑の紐が使われていると知っていたのか、説明してもらえますか?」
うつむいて嫌な笑みを浮かべていたアンナは、顔を上げてより一層大きく口角を上げた。
「――もちろん、私がやったからですよ」
エルメスの推理によって明らかだったとはいえ、本人の自白にジーンとフィオネがどよめく。
自白した当のアンナは、じっとエルメスを見つめていた。
「お見事。あなたの予想通りです。ウィリアムさんは治癒した時点で刺し殺していました。ユーリさんのエールには配膳する時にこっそり睡眠薬を混ぜておきましたし、ルイさんには二人きりで話したいから池のほとりで合図の狼煙を上げてくれと頼みました」
そう言いながら、アンナはナイフと小瓶を地面に落とす。睡眠薬が入っていたと思われるその空の小瓶には、太い緑色の紐がくくりつけられていた。
エルメスは険しい顔で、アンナに問いかける。
「……どうしてこんなことを」
「もちろん、邪神の力を手に入れるためですよ」
悪びれる様子もなく、アンナは言う。
「邪神だと? 伝説の英雄が倒したんじゃねえのかよ!?」
食って掛かるジーンを、アンナは鼻で笑った。
「あんなもの、汚点を塗りつぶそうと村の人が勝手に解釈を変えただけよ。本当は、ハッピーエンドなんかじゃない」
「愚かな男の、愚かな話……やはり、村長さんが言っていたのは本当なんですね」
やはりあの伝承には、別の意味があったのだ。だからこそ彼女は、伝承になぞらえて殺人を行った。
「邪神は人の生命を糧にするとおっしゃっていましたね。だからあなたは、殺害現場で伝承をなぞらえた」
「その通り。あなたが聡明な人でよかったです。きちんと私が残した紐のヒントも拾ってくれたみたいだし」
「……よかった?」
おかしなことを言う。まるで、自身の犯行を暴いてほしかったかのような口ぶりだ。
「やはりか……!!」
アレスは一つ舌打ちして、エルメスを守るようにアンナの前に立ちはだかった。
その時、エルメスも気がついた。
「まさか……!?」
伝承にあった儀式は三つではない。
『その者はうず高く灰を積み上げ、薪を焚べて炎を猛らせ、空高く狼煙を上げた』
ここまでが三件の殺害だ。そして、
『すべてを見透す器を通じて、秘めたる力をその手中に収める』
これが最後の一工程。
すべてを見透す器、それはすなわち――
突如として、黒く分厚い雲がリヴィの森上空に現れた。そして周辺が霧に包まれる。
「なっ、あれは――!?」
ジーンが叫び声を上げた。池から、耳をつんざくような雄叫びを上げながら池の主が姿を見せていた。全長10mはあろうかというほどの巨大な体躯の白い蛇だ。普段はおとなしいはずのSランクモンスターが、興奮状態に陥っている。
ジーンとフィオネが臨戦態勢に入るが、その表情は暗い。ルイが瞬殺されるほどのSランクモンスター相手に、まともに戦えるかという不安が顔に出ていた。
だが、彼らの不安はすぐに消え去った。もっとも、結局はまた新しい不安が芽生えてしまったのだが――。
池の主の頭上から、激しい雷が落ちてきて池の主を襲った。
激しい衝撃音と衝撃波。
池の主は耳をつんざくような断末魔を上げ、その一撃で絶命した。
Sランクモンスターを一撃死させたその元凶は、池の主の上で黒いモヤを形成していた。
「まさかあれが……邪神!?」
アンナはゆっくりと、その黒いモヤの元へ歩み寄る。そして振り返り、目尻を下げて口角を上げ、歪な笑みを見せた。
「ありがとう。すべてを見透す器」




