File.3:邪神の伝承(9)
なんとか煙を消し、池から離れてエルメスたち一行は集まっていた。
「この森はやっぱり、呪われてるんですかね……」
アンナは暗い表情でボソッとつぶやいた。
「邪気だってそこら中に残ってるし、まさか三人も冒険者が……」
アンナの嘆きに、ジーンもフィオネも口を閉ざしていた。次は自分かもしれない――そう考えて、試験参加自体にも後悔しかけているようだ。
「これは呪いなんかじゃねえ。そうだろ?」
アレスはそう言い放って、エルメスに同意を求める。
エルメスはしっかりと頷いて肯定した。
「その通りです。ウィリアムさん、ユーリさん、そしてルイさんの三人が亡くなった不幸な事故は……事故じゃありません」
「どういうことだよ……?」
ジーンが困惑した顔で尋ねる。フィオネとアンナはエルメスの意図を察したのか、険しい顔で押し黙っていた。
「彼らは殺されたんです。誰かの悪意によって」
「ちょっ、ちょっと待てよ」
エルメスに反論したのはジーンだ。いや、反論というよりは彼の中で状況を整理するための確認だろうか。
「ウィリアムとルイはモンスターにやられて、ユーリは火事に巻き込まれちまったんじゃないのか?」
「そうですが、そうではありません。すべては犯人により仕組まれたことだったんです」
「マジかよ……」
ジーンは驚きと困惑が入り混じった表情で頭を抱えた。
「そもそも、ウィリアムさんの時から何か変だなとは思っていたんです。どうしてあんなところに灰が積まれていたのか」
「確かにそうだな……」
「私が最初に思ったのは、まるで伝承みたいだ、ということでした」
かつて、伝説となった者がいた。
その者はうず高く灰を積み上げ、薪を焚べて炎を猛らせ、空高く狼煙を上げた。
そしてすべてを見透す器を通じて、秘めたる力をその手中に収める。
邪神を打ち負かし、この地に種を蒔き、その者は伝説となった。
これが、伝承の原文だ。
エルメスが伝承を口にすると、フィオネは難しい顔をして口に手を当てた。
「『うず高く灰を積み上げ、薪を焚べて炎を猛らせ、空高く狼煙を上げた』……」
「そうです」
フィオネが今思ったであろうことを、エルメスは引き継いで話を続ける。
「ウィリアムさんの現場には灰が積まれ、ユーリさんは炎に包まれて亡くなっていました。そして、ルイさんの現場には大量の煙がたかれていました。犯人は、リヴィに伝わる伝承になぞらえて殺害を行っているんです」
「で、でもよ、なんで犯人はそんな回りくどいことをしてんだよ? しかも人殺しって……英雄どころか悪役じゃねえか!?」
ジーンの疑問はもっともだが、エルメスには一つの仮説があった。
「ジーンさん、例の英雄伝承がどのように解釈されているかご存知ですか?」
「あ、ああ。確か……
『昔、偉業を成し遂げた男がいた。
過去の努力を糧に鍛錬を続け、未来を見据えた。
地道な活動と献身的な妻の支えもあり、男はついに成し遂げた。
邪神を倒し、荒れ果てたこの地に緑を復活させたのだ』
だったか……。とにかくいっぱい頑張ったって話だろ?」
「そうですね。でも私は、その解釈が誤りなんじゃないかと思っています」
「偉業を成し遂げた男の話なんかじゃない、ってこと?」
フィオネの疑問にエルメスは首肯する。
「村長さんが言っていました。この伝承は愚かな男の愚かな話だ、と。そして殺人を伝承になぞらえて起こしているのを見て思ったんです。あの伝承には、私たちが知らない裏の意味があるんじゃないかって」
「村の伝承に詳しい人間が、三人を殺したってこと……」
フィオネは厳しい目つきでジーンを睨みつけた。
「俺を疑ってんのかよ!?」
「だってあんた、ヤケに伝承にご執心だった。試験の中止にも一番反対してたし」
「違えよ! 俺はただツレの雪辱を――」
「それも怪しい。禁止されてるけど、合格のためにライバルを減らそうとしたのかも」
「あのなあッ……!!」
ヒートアップするジーンとフィオネ。一触即発といった空気が流れるが、エルメスは冷静に否定した。
「犯人はジーンさんでもフィオネさんでもありません」
確信を持ったエルメスの発言に、場は水を打ったように静まり返る。決して大きな声ではないが、ジーンとフィオネの熱を冷ますのに十二分な声だった。
同時に、ジーンもフィオネも困惑顔でその人物をじっと見つめる。
視線を一身に集めたその人物は何も言わず、不気味に口角を歪めて笑っていた。
「犯人は伝承に詳しい人物です。それこそ、このリヴィ地方出身者のような」
「で、でもよ、相手は冒険者だぞ? 一体どうやって……」
困惑するジーンに、エルメスははっきりと言う。
「相手が冒険者だからと言って、命を奪うのに特別なスキルは必要ありません。どんな猛者であっても、その警戒心を抱かせなければ誰にでも殺害は可能です」
ジーンもフィオネも、固唾をのんでエルメスの次の言葉を待つ。
「犯人は伝承に詳しく、試験中の冒険者相手でも警戒心を抱かせない人物……そんな人は、この中に一人しかいません」
エルメスは鋭い眼光でその人物を見つめた。確信と、断罪の瞳。
「アンナさん。あなたですね」
アンナはただ、不気味な笑みを浮かべていた。




