File.3:邪神の伝承(8)
翌朝。と言っても、エルメスたちが村長宅に世話になってから数時間だ。エルメス含め、みなまともに寝られていない。
エルメスがギルドに送った鳩は早ければすでに到着して、ギルド側も返事を送り返しているころだろうか。そんな希望的観測を抱きながら、エルメスははやる気持ちで村の入口に向かった。他のみんなには、まとまって単独行動しないように言いつけてきた。
早朝の風が、エルメスの栗色の髪をなびかせる。
まだ、ギルドからの返事は来ていない。そんなことはわかりつつ、エルメスは村の入口で遠くを見て返事を待っていた。
その時、見慣れた人影が視界に入る。
「え、アレスさん!?」
森の中から現れたのは、アレス・フォルナクスだった。いつもの通りダンディな出で立ちで、背中にはアウトドア用のスキレットなどがぶら下がっている大きなバックパックを背負っていた。アレスは無精ひげを触りながらエルメスに近付いてくる。
「エルメス。奇遇だな」
「もしかして、ギルドの応援ですか!?」
エルメスは駆け寄ってそう言った。だが、アレスの反応はエルメスの希望とは異なっていた。
小首をかしげ、アレスは言う。
「あ? 応援? 俺はただ、きのこの採取に来ただけだ」
「そうですか……」
アレスはギルド直属の食堂で料理長をやっている料理人だ。《絶品料理》という食材のポテンシャルを200%も引き出すことができるスキルを使えるアレスは、それはそれはおいしい料理を提供してくれる。エルメスも何度その料理に舌鼓を打ったことか……だが、今はそれどころではない。
「で、応援ってなんだ? 何かあったのか?」
深刻そうな様子のエルメスに、アレスは怪訝な顔でそう問いかける。
「実は……」
エルメスは今回のランク昇格試験で何が起きているのか、事の顛末をアレスに話した。
アレスはただの料理人ではない。エルメスとともに奇怪な事件に赴いて事件を解決したこともある探偵なのだ。本人はそんな自称はしていないが、エルメスや事件に関わった人たちからは料理人探偵などと呼ばれたりもする。
「なるほどな……」
アレスは腕組みしてうーんと唸って考え始めた。ウィリアムとユーリの死について、エルメス同様に疑念を抱いている様子だ。できるだけ主観が入らないように事実を伝えたつもりだが、エルメスの話しぶりから二件の死亡事故が人為的なものだと感じているのだろう。
「となると、一番怪しいのはあの人か」
アレスの言葉に、エルメスは強く頷いた。
アレスに説明する過程で、エルメスの中でもかなり整理が進んでいた。そうして冷静になった今、エルメスの中でも犯人の目星はついている。
「すみませんが、少し同行してもらえませんか?」
エルメスはそう言って、アレスに小さく頭を下げた。
アレスが来てくれればエルメスには心強い。料理人であり探偵であるのだが、有事の際には思いがけない胆力を発揮してくれたこともある。
「このあとあの言葉の意味を本人に確認しようと思うんですが、何が起こるかわかりませんし……」
「ああ。きのこ狩りなんていつでもできる」
そう言って承諾してくれたアレスの腰には、大きなきのこがぶら下がっていた。試験が始まってすぐに森の中で見かけた、色鮮やかで立派なきのこだ。邪気が濃い地点に生えていたものと似ているが、まさか食べられるものだったとは。
「しかし邪神か……」
「何かご存知なんですか?」
「ロクなもんじゃねえってことはな。邪神って呼称される存在は各地にいるが……どれも人の手には余る。下手に触って、まともな結末になったって話は聞いたことねえな」
アレスは額を押さえ、呆れるようにため息をついた。
「邪神……きのこ……」
アレスの話を聞きながら、ただの思いつきにすぎないが、エルメスの頭に一つアイデアが浮かんだ。
「あの、アレスさん。そのきのこ、今調理してくれませんか?」
エルメスの唐突な要望に、アレスは苦笑いを浮かべる。
「は? おいおい嬢ちゃん、いくら食いしん坊だからってこんな時に何を――」
だが、エルメスの妙に真剣な眼差しを見て、アレスは首肯した。
「……わかった」
ごく短時間で調理してもらったきのこを食した後、エルメスは村長宅に戻ってきた。家の外では、試験に参加している冒険者たちが準備運動をしたりして試験再開に備えている。だが、ルイの姿だけが見当たらない。
「あ? いつぞやの料理人探偵じゃねえか」
帰ってきたエルメスと一緒にいるアレスを見つけたジーンは、眉をひそめてそう漏らした。無人島の事件でアレスと面識を持ったジーンにとっては、アレスにあまりいい印象はないらしい。容疑者として疑われる立場にあったことを考えれば、そうなっても不思議はない。
「ギルドからの返事があんたってことか?」
「いや」
アレスは極めて端的に否定して、エルメスが補足する。
「アレスさんは偶々きのこ狩りに訪れていたみたいで」
「はあ……なんだよそれ」
ジーンはポリポリと頭をかきながら、エルメスに向き直った。
「なあ、やっぱり試験続けてくれねえか? もし俺に何かあったとしても、それは自己責任だからよ」
ジーンは切実な目でそう訴える。
「……私も。いつまでも待ちたくない」
フィオネもそこに便乗した。相変わらずの無表情に見えるが、さすがに顔には疲れが見える。だがたとえ状況が悪くても、どうしても試験を続けたいという意思がその瞳に浮かんでいた。
だが、この状況で試験を続けることはできない。
「みなさんのお気持ちはわかりました。それより、ルイさんはどこですか?」
エルメスは慌ただしく周囲に目を配りながら訊いた。
「ルイ? さっきまでアンナと話してたが……」
ジーンが首をかしげながら答えたその時、赤色の狼煙がエルメスの目に飛び込んできた。
目の色を変えたエルメスの視線を追って、ジーンとフィオネも振り返る。
「まさか――!?」
エルメスは狼煙の方向に駆け出した。アレスが追従し、そのさらに後ろからジーンとフィオネが追いかける。
「おい、エルメス。あの狼煙の意味はなんだ?」
並走しながら、アレスがエルメスに問いかける。
「危険信号です! しかもこのタイミングは……」
嫌な予感を抱きながら、エルメスは狼煙の発信源にたどり着いた。そこは森の中にある大きな池のほとりで、池のすぐ近くから狼煙は上げられている。あたりを覆い尽くすほどの大量の煙の中、そこに残っているものを見てエルメスは息を呑んだ。
遠目にはわからなかったが、少し近付いてすぐに気がついた。狼煙のすぐ横に、人間の下半身らしきものが血溜まりの中に転がっている、と。
あの華美な装飾の靴には見覚えがある。
「ルイさん……!!」
間違いなくルイのものであるとエルメスは確信した。遅れてやってきたジーンとフィオネ、そしてアンナもその光景に目を見開いている。
「マジかよ……」
さすがに三人目の犠牲者ともなって、危険を承知で試験に臨んだ参加者たちも絶句していた。
「池には気をつけてって言っていたのに……」
後悔するように、アンナはつぶやく。
そう言えば試験開始直後にアンナは言っていた。池の主はSランク相当の危険なモンスターだから近寄るな、と。
「池の主と戦って、ヤバくなって狼煙を上げたけど間に合わなかったってことか……あの野郎、いいとこ見せようと無茶しやがって……あいつと一緒じゃねえか」
ルイに対しては良い感情を抱いていなかったはずのジーンだが、ルイが亡くなったとなるとさすがに心に来るものがあるようだった。ルイの死そのものとその原因にも、どこか悔しさを覚えたように小さく拳を握りしめている。
エルメスは顎に手を当てて考えていた。
ルイは池の主と戦って殺されてしまったのだろうか。だとすると、なぜそんな危険を冒したのだろうか。アンナに良いところを見せようとしたのか? だが、そんなことのためだけにSランクモンスターに挑むようなマネをするだろうか。
エルメスはゆっくりと血溜まりに近付いていった。池の主を刺激しないように、極力距離を取ったままで現場を確認する。近くには、狼煙を上げるのに使用されたらしい発火玉が落ちていた。すでに使用済みとなった発火玉には、太い緑色の紐が巻き付いている。
「一撃、だな」
横にいるアレスがつぶやいた。現場には戦ったような痕跡はなく、どうやらルイが一方的にやられたらしいことだけがわかる。
「……にしてもずいぶん煙たいな。ベーコン燻してんのかってくらい煙が出てやがる」
アレスは手で煙をはたくような仕草をしながら、そうつぶやいた。
確かに、ずいぶん煙の量が多い。ウィリアムの時はこれほど大量の煙を上げてはいなかったはずだ。
池の主は森林火災に敏感だとアンナは言っていた。これではまるで、池の主を呼び出すための煙だ。
「危険だってわかってたはずなのに、ルイさんはどうしてわざわざこんな場所に……」
そうつぶやきながら、エルメスは気がついた。
「いや、そうじゃないのかも」
エルメスは一つ、確信に近い仮説を立てていた。
リヴィの森は、まるで嵐の前触れのように風もなく、うるさいほどの沈黙を保っていた。




