File.3:邪神の伝承(7)
寝床を失ったエルメスたちは、村長のはからいによって村長宅に世話になることになった。多少広さがあるとはいえ、他の村民と同じ木造の平屋だ。全員が寝るには少し狭いが、少しだけの辛抱だ。日の出まではそう長くない。
神妙な雰囲気で、エルメスたちは円形に座っていた。ここにいるのはエルメス、ジーン、ルイ、フィオネ、そしてアンナだ。
ウィリアムはモンスターにやられ、ユーリは火の不始末で火事に巻き込まれた。ここにいるみなはそう思っているようだが、エルメスは違った。ウィリアムとユーリの死は、間違いなく人為的に起こされた殺害だ。ウィリアムの時は灰が積まれ、ユーリは炎に包まれた。ここまではやはり、英雄伝承になぞらえて行われた犯行に思われる。
「……少し、外の風を浴びてきます」
そう言って、エルメスは中座した。
全員と対面し考えを整理していたが、誰が犯行に及んだのかが絞り込めない。ウィリアムについてもユーリについても、誰にでもチャンスがあったはずなのだ。
ウィリアムはエルメスとアンナがあの場を離れた隙に、ユーリは部屋に入った後なら火事が起こるまでいつでも、誰にでも犯行が可能だ。
そして動機について考えると、それもまた試験参加者全員に共通したものが考えられる。試験のライバルを減らすため、だ。今回の試験はどれだけモンスターを討伐できるかを一律で評価する。森にいるモンスターは限られているため、ポイントの総数は有限だ。参加者が減ればその分、残った人はポイントを稼ぎやすくなる。
エルメスが顎に手を当てて難しそうな顔をしていると、横にそっと村長が現れた。
「気をつけなされ。この村、森は……呪われておりますゆえ」
「え?」
急に何を言うのだろうか。
「伝説の人が邪神を倒して緑を復活させた、とても縁起がいい場所なんじゃないですか?」
自嘲なのか、村長はフォッフォッと苦笑いを浮かべる。
「愚かな男の、愚かな話よ……欲に溺れれば我を見失い、すべてを失う」
荒れ地に緑を復活させた、偉業を成し遂げた男の伝説――アンナはそういった解釈をしていたし村の子どももそのように認識しているようだったが、それとは違うのだろうか。
要領を得ない村長の言葉の意味を考えていると、エルメスはジーンに呼ばれた。
「エルメス。確認したいことがある」
エルメスが村長宅に戻ると、ジーンはエルメスに単刀直入に訊いた。
「この試験、中止になんかならねえよな?」
試験の中止。確かにそれは検討しなければならない。もとより命の危険がある試験とはいえ、二人も命を落としているのだ。そして何より、その死亡に謎が残っている。
ジーンは真剣な眼差しでエルメスの返事を待つ。ジーンはこの試験で命を落とした友人、カリムの雪辱を果たしたいと言っていた。それ相応の覚悟で臨んだことだろう。ルイはどっちでもいいよと言いたげに見えるが、フィオネはジーン同様にじっとエルメスの返事を待っていた。中止を望んでいるわけではなさそうだ。
一年に一度きりのランク昇格試験。ここで中止にしたとして、次回がすぐに開催されるとは限らない。彼らの希望に応えたい気持ちはあるが、エルメスはそれを決断するだけの権限を持ち合わせていない。
「……一度、ギルドに確認させてください」
エルメスとしてはそう答える他ない。一羽だけ伝書鳩を召喚できる魔道具を持ってきているから、それに手紙をつけてギルドの判断を仰ごうというわけだ。
案の定、ジーンは不服そうにしていた。
「勘弁してくれよ。一年前にこの試験で死んだツレの分までやりきるんだって、そう決めてきたんだよ。絶対最後までやらせてくれ!」
フィオネもまた、それに便乗する。
「……私も。次なんて待ちたくない」
「私は、無理に続ける必要はないと思いますけど……こんな事故が続いたとなると、ちょっと縁起も悪いというか……」
アンナは試験続行に消極的なようだ。
「僕もアンナ嬢と同じ意見かなあ。というか、どうなったって僕の将来は安泰だし」
ルイに関してはただアンナの肩を持ちたいだけだろう。だがいずれにせよ、現場の意見としては真っ二つだ。
「……みなさんのご意見はわかりました。そのあたりもしっかりとギルドに伝えます。今鳩を出せば朝のうちには返事が来ると思いますので、すみませんが、それまでお待ちください」
エルメスは再び中座して、手紙を書いて伝書鳩を送った。
ウィリアムとユーリは殺害された。そう考えているエルメスからすれば、新たな犠牲者を出さないためにも中止は妥当な判断だ。だがエルメスが今注力すべきことは試験を続行するか中止にするかよりも、次の犠牲者を出さないようにすることだ。手紙には試験の判断の他に、応援を寄越すように頼んでおいた。あとは応援が来るまでみなを守れればいい。
闇夜の沈黙が世界を支配する中、エルメスは顎に手を当てて考え込んだ。
もし犯人が本当に英雄伝承になぞらえて凶行におよんでいるのだとすれば、灰、炎と続いてその次は煙だ。断定はできないが、室内で煙を起こすということはないだろう。『空高く狼煙を上げた』という伝承にそぐわない。村長の家に全員で固まっていれば、たとえ誰が犯人だったとしても迂闊に手は出せないし、伝承になぞらえるのも難しいはずだ。
日の出を予告するように、空が心なしか明るくなってきた。まもなく、試験最終日が始まる。




