File.3:邪神の伝承(6)
幸い、火の回りはそれほど早くなかった。木々が過剰なほどに生い茂るリヴィの森の端にあるこのリヴィノ村も、かなり湿度が高かったのだ。
ルイのスキル《水の壁》によってほとんど鎮火された宿屋を、エルメスは正面から見上げていた。燃えたのは主に最上階の三階部分で、建物の大部分は無事だ。宿から逃げてきたエルメスたちだけでなく、火事を察知した村人たちも集まっていた。
「危ないところでした……。ルイさん、ありがとうございます」
「気にしないで。ただ、試験にちょっと加点してくれたら嬉しいかな」
「そんなこと言ってる場合かよ」
こんな時でも調子がいいルイの態度に、ジーンは舌打ちする。
「みなさん、ご無事ですか?」
エルメスは点呼を行った。ルイ、ジーンはここにいる。そしてアンナも駆けつけていた。人混みの奥で、相変わらず機嫌が悪そうに目を伏せて木に寄りかかるフィオネもいる。宿の主人のジョニーの姿も見えた。
「ああ、なんでだよ……!!」
ジョニーは膝から崩れ落ちていた。
「まさか、誰か取り残されてたりしないよな……!?」
ジョニーはそう叫びながら、村人たちにすがりついている。気持ちは理解できるが、先ほどまでの接客を思うと人が変わったみたいな印象を受ける。
あといないのは――
「ユーリさん! いますか!?」
エルメスが声を張り上げる。他の冒険者たちもユーリの姿を探してキョロキョロと辺りを見渡すが、返事もなければ姿もない。
「まさか――」
火事で燃えてしまった宿屋の三階、その最も被害が大きそうな角の部分。そこは確か、ユーリの宿泊部屋があった付近だ。
エルメスは宿の中に駆け込んだ。
「エルメスさん! 危険ですよ!」
アンナがそう言うが、エルメスは足を止めない。
崩れた木材で足元が悪く焦げ臭い匂いが充満する中、エルメスは階段を駆け上がる。
三階廊下の最奥がユーリが泊まっていたはずの部屋だ。扉も壁も燃え落ちて、もはや部屋の概念を忘れてしまった空間がそこにあった。燃え方からしても、火元はここで間違いないだろう。
エルメスが恐る恐る部屋だった場所の様子をうかがうと、おそらくベッドがあったであろうその場所に、人の形をした何かが横たわっていた。燃え焦げてボロボロになった木材の上で、静かに天を仰いでいる。もっとも、仰ぐべき瞳はすでになく、あまりにも変わり果てた姿がそこにあった。
「ユーリさん……」
両手で口を押さえるエルメスの背後から、アンナとルイ、そしてジーンが駆けつける。三人とも変わり果てたユーリの姿を見て、はっと息を呑んだ。
「おいおい、マジかよ……」
ジーンはうなだれる。
アンナは駆け寄ることもなく、腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。回復スキルが使えると言っても、もはやこの状態では確認するまでもない。ルイはそんなアンナに寄り添って肩に手を回していた。
「お、俺じゃねえぞ……!?」
誰も何も言っていないが、ジーンは自身の関与を否定した。条件反射的なその発言には、ある意味無人島での事件の経験が活きている。まさかこう何度も焼死体の現場に自分が居合わせることになるなんて、想像もしていなかっただろう。
ジーンには肯定も否定もせず、エルメスは検分を試みた。
検分と言えるほどしっかりしたものではないが、エルメスは現場に足を踏み入れていく。ユーリと思われる焼死体は、まるで寝たまま燃やされたかのように姿勢を崩さず、仰向けで横たわっている。そして燃え残った柱や壁を見る限りは、ユーリがスキル《十字風斬》を使って戦ったような痕跡は見当たらない。
火の不始末だろうか? 仮にそうだとして、ユーリは火事になっても気が付かずに眠り続けていたのだろうか?
遺体付近をぐるっと見ていると、そこには赤い球体が転がっていた。発火玉という、文字通り発火用の魔道具だ。やはりこれが火元だろうか。その発火玉は使用済みを示す不透明な赤色に変色している。
発火玉の火そのものはそれほど大きくないが、他に燃えやすいものが近くにあれば十分な火力になる。狼煙を上げる際は燃えづらい素材と一緒に使うことで、延焼を抑えているのだ。
これがあるということは、ジーンのスキルが火元とは限らない。彼ならこんな魔道具を使うまでもなく火災を起こせるし、そもそもそんなことをしたら真っ先に疑われるとわかっているはずだ。前回の無人島で事件を解決に導いたエルメスがいることも踏まえると、こんな軽率な行動は起こさないだろうと思われる。
エルメスが発火玉を観察していると、その発火玉からある特徴が見つかった。
「これは……!」
ほとんど燃え尽きてしまっているが、よく見ると太い緑色の紐が巻き付いていた。おそらくは日中に見かけた謎の狼煙の元にあった発火玉と同じものだ。つまり、この発火玉で火災を起こした人物とあの謎の狼煙を上げた人物は同一である可能性が高い。
うなだれるアンナと、アンナに寄り添うルイ、横には立ち尽くすジーン。眼下には、変わらず木にもたれかかっているフィオネがいる。まるで、人の生命を糧にするという邪神がほくそ笑むように、リヴィの森全体がざわめいていた。
灰と炎……今のところ、伝承の通りに事が進められてしまっている。
ウィリアムとユーリは、この中の誰かの手にかかって殺されたのだ。




