File.3:邪神の伝承(5)
陽が落ちかけたところで、昇格試験一日目の行程は終了だ。エルメスたち一行は再集合し、リヴィノ村に向かっていた。リヴィノ村は今夜の宿泊場所である。
誰も言葉を発することなく、一行は黙々と足を動かす。日中に活動した疲労だけが原因ではなく、重苦しい空気がより一層足取りを重くしていた。
ウィリアムの死。冒険者がモンスターにやられることは珍しい話ではないが、ちょうどみなで盛り上がり彼が前向きになった直後ということもあって、かなりショッキングな出来事であった。
ウィリアムの死亡を確認したあと、エルメスは狼煙を上げて他参加者たちを呼び寄せた。そしてウィリアムの遺体は袋におさめ、村まで手分けして運んでいる。
夜の闇がすぐ後ろまで迫っている中、一行はギリギリ陽が出ているうちに村にたどり着いた。
リヴィノ村は森の端にある小規模の集落だ。人口100人程度の村だが、幸いエルメスたちが泊まれるだけの宿泊施設はある。事前にギルドから連絡がいっていて、予約ができているはずだった。
「昇格試験に参加されている方々ですね」
「はい。私はギルド職員のエルメスと言います」
村に入ると、村長の男が出迎えてくれた。肩書に違わない白髪白髭のいかにもといった背の低い老人である。村長のお辞儀に合わせて、エルメスも腰を折って返す。
「ご苦労さまでございます。お疲れでしょうし宿の方へ――」
村長が滑らかな口調で定型句を述べている途中、ジーンが背負う袋に気がついたようで言葉を止めた。そして一瞬考えるような間が空いたのち、すぐに事情を察したようだ。
「ああ……誠に残念なことでございます。よろしければ、試験が終わるまで村の方でお預かりすることもできますが」
「……ご配慮ありがとうございます。では、お願いします」
エルメスは素直に村長の提案に甘えることにした。明日も試験がある中で、さすがに持ち運ぶわけにもいかない。埋葬して弔ってあげたい気持ちもあるが、遺族の意向も確認しなければならない。試験自体は明日で終わるので、それまで村の方で預かってもらえるなら助かるというのが正直な感想だ。
ジーンはウィリアムの死体が入った袋を、村長が呼んだ若い男に預けた。若い男は器用な手つきで、太い緑色の紐を巻き付けて袋を固定した。
「あの紐……」と思わず漏らしたエルメスに、村長が答える。
「あれはこの村の特産品です。丈夫で伸縮性もあるのですよ……まあ孤立した集落ですので、特産品と言っても村の外にはほとんど出回っておりませぬが……」
村長は気まずそうに言ったあと、村の奥を指さした。
「……さあ、ご案内いたします」
村長の先導で、エルメスたちは村の奥にあるという宿泊施設に向かうことになった。ポツポツと立つ古びた木造住宅の間にできた道を、列になって進んでいく。
英雄伝承の伝わる村ということではあるが、村全体はリヴィの森同様にどこか薄暗かった。天候と時刻の影響もあるかもしれない。
「じゃしんめ! これでもくらえ!」
「ぐわあー」
収穫を終えたらしい畑の土の上で、子どもたちが遊んでいた。片方が斬りつけるように木剣を振り下ろし、もう片方が大げさなリアクションで斬られたフリをして倒れる。英雄の伝承になぞらえたごっこ遊びだろう。斬りつけた英雄役の子どもはボロ布のマントを肩にかけ、斬られた邪神役の子どもは葉っぱで作った仮面を被っていた。その隣では絵本片手に「……邪神を倒し、荒れ果てたこの地に緑を復活させたのだ」と言って幼子に読み聞かせている年長らしき子どももいる。
近くで母親らしき人物が二人、英雄伝承に夢中になっている子どもたちを見守っていたが、その表情はどこか暗かった。そしてエルメスたち一行に気がついて、小さく肩を寄せ合う。
「うわ、あの子……」
「疫病神よ……」
子どもの母親たちはエルメスたちを見てヒソヒソと話していた。他のみなには聞こえていないようだったが、エルメスの耳には届いていた。よく見るとその母親たちの視線は、どうやらアンナに向けられているらしい。アンナはリヴィノ村出身という話だったが、何か確執でもあるのだろうか。アンナの様子を覗き見ると、アンナはうつむいて「……のちよ」と、はっきりとは聞き取れないが何かをつぶやいていた。
そうして会話もないまま、一行は宿にたどり着いた。平屋の多いこの村では珍しい、三階建ての木造建築だ。
「では、儂はこれで……」
エルメスたちの重苦しい空気を察してか、村長はそそくさと離れていった。
宿屋の一階は食堂になっていた。受付でチェックインを済ませたあと、エルメス、ジーン、ユーリ、ルイ、フィオネ、そしてアンナの六人で席を囲み、簡素な食事に手を付ける。アンナは気を利かせて、エールやツマミを各人の前に取り分けていた。
安酒か、などと文句を言いつつもエールをぐいっと飲み干して、ルイはしみじみと言う。
「まさかウィリアムが、あんな簡単にモンスターにやられるなんてね……」
「多少の実力はあったんだろうけど、所詮その程度だったんでしょ」
ユーリは辛辣だ。彼女もエールで喉を鳴らしている。
先ほどまでは悲壮感と緊張感を持ち続けていた参加者一行だが、お酒が入ったことで多少リラックスしている様子だ。
「正直、気に入らなかったんだよね。折角イケメンの彼氏ができてランク昇格もできそうなのに、あんな後ろ向きのやつといるとあたしまで縁起悪くなりそうで」
「なっ、お前そんな言い方――」
食ってかかるジーンに、ユーリは手首につけたリストバンドを見せる。そこには、倒したモンスターから得たポイントが『79/100』と表示されていた。
「あたしは今最高に調子がいいの。あんたも文句があるんだったら、あたしのポイント超えてからにしてくれる?」
「ぐっ……」
ジーンは言葉に詰まった。拳を握り込むその手首のリストバンドには『41/100』と表示されている。ほぼダブルスコアだ。ジーンのポイントが低いというよりは、ユーリのポイントが高すぎる。
「くそっ……」
ジーンは吐き捨てるように悪態をついて、硬いジャーキーを噛みちぎった。
フィオネは何も言わず、ただ黙々とエールを飲み続けている。
アンナは空気を変えるためか、親しげな様子で店主に声をかける。
「ジョニーさん、何か適当に一皿お願いできますか? あとお酒のお代わりも」
禿頭だが口髭の立派な店主ジョニーはぶっきらぼうに「ああ」とだけ答えて奥へ消えていった。アンナとジョニーが目を合わせた一瞬、エルメスには二人とも睨みつけるような怖い顔をしていた気がした。
「そういえば、アンナ嬢はこの村の出身なんだっけ?」
ルイがアンナの隣に座って、妙に近い距離感で尋ねる。
「はい、ここで生まれ育ちました。なので夜は自宅に帰ります」
「へえ。折角の機会だし、ご両親にあいさつした方がいいかな?」
「生憎ですが、両親はもう他界しているので」
神妙にそう言って、アンナはさり気なくルイと距離を取る。
「ああ……それは、すまない……」
「いえ、だいぶ昔の話ですから」
「じゃあ今度、僕の両親を紹介しよう。きっと仲良くなれるはずだよ」
ほんの一瞬はおとなしくなったルイだったが、すぐに表情を戻してアンナに迫り続ける。
そんなルイとアンナのやり取りに嫌気が差したのか、ユーリは黙々とエールを飲み続けるフィオネに水を向けた。
「てかさ、なんであんたそんなにツンケンしてるのよ。あんたが望むなら、明日チームを組んでやってもいいよ? あたしのポイントは楽勝だし」
「……チームなんてくだらない」
フィオネはそう吐き捨てた。だがその態度が、一層ユーリの興味を引いたようだ。
「なになに? もしかしてあんたも過去に何かあった系?」
フィオネは鬱陶しそうに顔をしかめてユーリを睨みつける。だが酒の力も手伝ってか、引く気のなさそうなユーリに観念したのか、フィオネはゆっくりと口を開いた。
「……仲間がいたら、守らなきゃいけない。守れなかったら、こっちが後悔する」
言葉は少ないが、彼女の内心を推し量るには十分だ。
ユーリは大笑いしてフィオネをからかった。
「なにそれ。だから一匹狼気取ってるってわけ? むしろダサくない?」
フィオネは何も言い返さず、また黙々とエールを胃袋に運んでいく。
「……もういいだろ」
いたたまれなくなったのか、ジーンが呆れ顔で割って入った。そして流れを変えるように、エルメスに視線を移す。
「……あんたも大変だったな。今日は早く休もうぜ」
そう言われて、エルメスは一瞬硬直してしまった。まさかジーンからそんな言葉をかけてもらえるとは。
「……そうですね。ありがとうございます」
「まったくだよね。一人ヘマっちゃうだけでも色々処理しなきゃいけないんだろうし」
ユーリは厭味ったらしくそう言って席を立ち、エルメスの肩に手を当てる。
「ま、ゆっくり休んでよね。……はあー、飲みすぎちゃったかも。超眠い」
そして大欠伸をしながら自室へと引き上げていった。
部屋割はそれぞれ一人部屋で、男性陣が二階、女性陣が三階の部屋を使うことになっている。アンナは自宅に帰るということなので別行動だ。ユーリが離脱してから程なくして、他の面々も部屋に引き上げることとなった。
狭く質素な部屋だが、一応ベッドはある。
ギシギシとみなが部屋に戻っていく足音が響く中、エルメスは軋むベッドに身を投げだして、大きく息を吐いた。
宿中に響いているのではないかと思われるほどの足音が止んだ。おそらく、みなが個室に収まってエルメス同様に落ち着いたのだろう。
エルメスは寝返りを打って天井を見つめ、今日のことを振り返った。
ウィリアムの死亡現場は、明らかにおかしな点が複数あった。戦った痕跡が見当たらなかったことと、致命傷となった傷が異質だったこと、そして灰がばらまかれていたこと。それにあまりにタイミングの良かった白い狼煙。
再び足音が聞こえてきたが、誰かがお手洗いにでも立ったのだろうか。そろそろそんな音も気にならないくらいの眠気が襲ってきていた。
薄ぼんやりとした意識の中でその謎を考えながら目を閉じていると、エルメスはいつの間にか眠っていた。
「――ス! ……メス! おい、エルメス!」
誰かの叫び声。それと熱気を感じて、エルメスは目を覚ました。
「エルメス! 早く逃げるぞ!」
そこには、鬼気迫る表情のジーンがいた。
逃げる? いったい何を言っているのか……エルメスは寝ぼけた頭でぼんやりそんなことを考えていたが、迫りくる熱気と部屋の入口から漏れ入ってくる煙で、一気に覚醒した。全身のセンサーが警鐘を鳴らしている。火事だ。




