File.3:邪神の伝承(3)
エルメスはアンナとともに森の中を見回っていた。もちろん観光というわけではなく、各冒険者たちの様子を順繰りうかがうためだ。森の木々に紛れて見えないところに散ってしまっているが、音や衝撃でなんとなくどこにいるかはわかる。時折アンナから生えている薬草について教わりながら歩いていると、前方から強風が吹き込んできた。
「《十字風斬》」
ユーリが跳躍し、空中で両腕を振り抜いた。交差するように振り下ろした腕から、風の刃が出現してモンスターを襲う。
対面していたクマのようなモンスターは胸に〝✕〟印の斬撃を受け、うめき声を上げてうつ伏せに倒れた。しかも風の刃はモンスターを貫通して、背後の木の幹にも〝✕〟の刻印を残していた。
すでに絶命したクマ型モンスターの背中に、ユーリが軽やかに降り立つ。
「ふふん。これくらい楽勝だね」
近くで見ていたエルメスたちに気づき、ユーリは腕を組んで得意げに頷く。
疾い。
それがエルメスの素直な感想だった。さすがは風属性の戦闘系冒険者といったところか。
スキル名:十字風斬
効果:十字形の風の刃を発生させて飛ばす。
制約:両手を交差させないと発動できない。
エルメスのスキルでユーリのスキルを視る限り、起こっている事象はスキル内容の通りなのだが、目の前で実際に見ると別格だ。先ほどのウィリアムの時にも思っていたが、やはりモンスターを簡単そうに倒してしまう冒険者には凄味というものがある。それを目の当たりにして、ある種の異常さを再確認していた。ギルドの受付嬢という立場上、書類の上では討伐クエストの受領・報告を何度も目にしている。だが、実際にその現場を見られる機会はそうそうないのだ。
「43ポイントか。今日中に70くらいまではいけそうかな」
ユーリは手首に付けた計測器を確認して、自信に満ちた顔でそうつぶやいた。
試験は明日の日の入りまで。残り時間を考えたらかなりのハイペースだ。
「立会人さん、あたしの合格通知作っといてね。あたし今絶好調だから、すぐ100ポイントくらいイケそうだし」
エルメスにそう言い残して、ユーリは颯爽と駆けていった。
「すごいですね。俊敏そうですし、こういう試験は得意そうです」
「将来有望ですね」
エルメスとアンナはそれぞれ感想を言い合って、次へ向かった。
寒気――蒸し暑かった森の中で、急に寒気が全身を震わせた。
「……なに?」
そこには、フィオネがいた。付近には大きなハチ型モンスターが五体、まるで標本のように、氷漬けになっている。
フィオネは邪魔だと言わんばかりの冷たい目線でエルメスを見つめる。エルメスは二つの意味で寒気に耐えながら、眉をしかめつつフィオネに答える。
「みなさんの状況を確認していまして」
「ふーん……」
フィオネはアンナに視線を移して、
「私に回復はいらない。他に回していい」
「どうしてそこまで……」
頑ななのか。エルメスは独り言のようにそうこぼしたが、フィオネは真剣な顔でエルメスを見つめた。
「ヒーラーなんて、仲間なんて私には必要ない」
それだけ言って返事を待たず、フィオネは踵を返した。
エルメスはスキル《冷視》を発動してフィオネのスキル内容を確認する。
スキル名:氷結操
効果:氷を生成して操ることができる。
制約:同時に生成できる氷の量には限りがある。
「……実力自体は確かですよね」
「そうですね。氷系統のスキルみたいですが、すばしっこいスピアホーネットを複数体もまとめて相手にできています」
正直苦手なタイプの冒険者だが、きっと彼女の実力は冒険者として市井の皆のために役立ってくれるだろう。エルメスはそう願って、次へ向かった。
「やあ、アンナ嬢たち」
ルイは切り株に座って水嚢で水を飲んでいた。アンナとエルメスに気づいて、気さくに手を振っている。かなりリラックスしている様子だ。
「ルイさん。何か問題とか起きてませんか?」
エルメスが訊くと、ルイは両手を上げて小さく微笑む。
「何も問題ないよ。まあ強いて言えば……レディたちの応援がないことくらいかな」
ルイは軽薄そうに、アンナに向けてウインクしている。アンナは苦笑いしつつ気づかれないくらい小さく一歩距離を取っていた。
「あ、あははは……」
エルメスも苦笑いするしかない。
その時、背後の茂みからガサガサと物音がした。
と思って振り返った時には、すでに狼型のモンスターがエルメスに向かって飛びかかっていた。
「!?」
視認はした。だが、咄嗟のことで身体が動かない。
硬直していたエルメスだが、事態に対応する前に今度は目の前に青白い壁が現れた。
「えっ……!?」
妙に涼しげな風がエルメスの頬を撫でる。
目の前のそれは水の壁だった。地面から吹き上がるように水でできた壁がエルメスの眼前に広がり、水飛沫が散っている。
飛びかかってきたモンスターは吹き上がる流水の壁にぶつかると大きく跳ね返された。
あきらかに飛びかかった時以上の力で弾かれたモンスターは、そのまま木の幹に直撃してうめき声を漏らす。
「どうだい、僕の《水の壁》は? なかなかクールだろ?」
ルイが自慢げにそう言い放って、水の壁を消した。地面は水の壁があった部分に沿って大雨の後のようにビシャビシャに濡れている。
スキル名:水の壁
効果:水でできた防御壁を生成する。
制約:極端に水気の少ない場所では発動しない。
ルイのスキルは防御寄りのようだが、狼型モンスターは反動ダメージを受けていた。
だが木の根元で体勢を立て直すモンスターはまだ戦意を失っていないようで、鋭い目つきでエルメスたちを睨みつけている。
「うーん、面倒臭いなあ。さっきのでやられてくれればよかったのに」
ルイはそうつぶやいて顎を押さえていた。
そんな呑気にしている場合なのか……エルメスが不安にかられていると、案の定モンスターは地面を強く蹴って、再び飛びかかってきた。
「きゃっ!!」
エルメスは顔を背け、両腕で頭をかばう。咄嗟の防御姿勢だった。
「《火炎人形》!!」
熱い。今度は熱気が身体を包みこんだ。
見ると、全長1mくらいの人型の火炎が、モンスターに蹴りかかっていた。その背後には、ヤブの中から現れたジーンがいる。
スキル名:火炎人形
効果:炎を生み出し、人形のように操れる。
制約:火炎の人形へのダメージは自身にも跳ね返る。
ジーンのスキルについてエルメスは承知していたが、こうして実物を見るのは初めてだ。あれが火炎の人形か。
ジーンが操る火炎の人形は狼型モンスターの腹部を蹴り上げ、モンスターは再び木の幹に叩きつけられる。
火炎の人形の一撃によって、今度こそ狼型のモンスターは動かなくなった。
「……ったく、ボサッとしてんじゃねえよ」
ジーンは両手を腹部の辺りで開いている。指から伸びる糸はないものの、まるで傀儡人形を操るような手つきで火炎の人形を操っていた。ジーンが両手を閉じると、連動して火炎の人形は消える。ルイのスキルによる大量の水の後にジーンの火炎の人形が現れて、周辺は水蒸気でモヤができるほどに湿気に満ちていた。
「す、すみません。お手を煩わせて……」
エルメスはジーンに頭を下げたが、ジーンの先ほどのセリフはエルメスに対してのものではなかったようだ。
「いや、あんたはいいんだよ。――テメェ、しっかりやれよな」
ジーンの矛先はルイに向いていた。
「だって、君がいるのがわかったからさ」
ルイはなんの悪気もなさそうに両手を広げる。
「ま、これで君にもポイントが入るんだからいいじゃないか」
そう言って、ルイは馴れ馴れしくジーンの肩を叩いた。
ジーンは眉をひそめている。
「あんたのポイントはいいのかよ」
「いいのいいの。別にこの試験で落ちたってね。僕の将来は約束されているし、たまには回り道だって悪くないさ。そんなことより、アンナ嬢を守れた栄誉のほうが大事だよね」
キザったらしいルイの言葉に、ジーンは一層不機嫌になった。呆れたようなげんなりした表情で、ルイを汚物を見るような目で捉えている。
「それに僕は、ヘタに頑張りすぎて池の主を刺激したくなんてないしね」
「ちょっと戦うくらいでそんなことになるかよ。だったらこんな場所で試験なんかできねえだろ」
池の主について、エルメスが少し不安になってアンナに目配せすると、アンナは安心させるように微笑んだ。試験を行うくらいなら、問題ないということだろう。
「まあ、確かにね。もっとも、君はずいぶん熱心みたいだから、ポイント欲しさに僕のことを攻撃しないかの方が心配さ」
「あ? なんでそんなことすんだよ」
「モンスターは有限じゃないか。だったら参加者は少ないほうが有利だからね」
「はあ!? だからってんなことするかよ!」
ルイとジーンが火花を散らしている。
場の空気を和らげるように、エルメスは改めて二人に頭を下げた。
「あの……お二人ともありがとうございました。おかげさまで助かりました」
「いいっていいって。アンナ嬢に僕の実力を見せられたしね」
「……ふんっ」
ルイは馴れ馴れしくアンナと肩を組み、ジーンは照れくさそうに顔を背けた。
その時、上空に一筋の狼煙が上がっていた。
「あれは……!」
赤い煙。それは、参加者からのSOSだ。




