File.3:邪神の伝承(1)
かつて、伝説となった者がいた。
その者はうず高く灰を積み上げ、薪を焚べて炎を猛らせ、空高く狼煙を上げた。
そしてすべてを見透す器を通じて、秘めたる力をその手中に収める。
邪神を打ち負かし、この地に種を蒔き、その者は伝説となった。
「なんですか、それ?」
冒険者ギルドイーストポール支部。その受付窓口で、受付嬢エルメス・ティーポットは先輩受付嬢であるリコ・キャロットに尋ねた。
「リヴィっていう地域に伝わる伝承だよ」
いつもは小さな身体から溢れんばかりに元気なオーラ満載のリコだが、伝承の語り口はずいぶんおとなしく厳かだった。もっとも、リコが持つかわいらしさを隠しきれずにかえって子どもの朗読のようで微笑ましい語り部となってしまっていたが。
「伝承ってバカにできないんだよぉ。ただのおとぎ話ってことも多いけど、魔法を顕現させる手順だったりするし~」
横に立つ、リコと同じ先輩受付嬢のソフィー・シエスタがおっとり補足する。背が高くグラマラスボディの彼女は、リコと並び立つと一層その特徴が目立つ。
「じゃあじゃあ、あたしも伝説になれるのかな!?」
希望に満ちた目で、リコが手を上げてぴょんぴょんと跳ねていた。
「リコちゃんは……もうちょっと大きくなってからかな~」
「あたしもう子どもじゃないよ!」
子どものように頬をふくらませるリコと、慈母のような微笑みでそれを受け止めるソフィー。相変わらず仲のいい二人に、エルメスの頬も自然と緩む。
「えーっと、でもその伝承がなんなんです? リヴィって結構遠いですよね?」
「エルメスちゃん、試験の立ち会いに行くんでしょ~? ローズ支部長が言ってたよ」
「え、聞いてないですけど……」
ソフィーはまるで共通認識みたいに言うが、エルメスはそんな話聞いていない。
「エルメス嬢!」
リコやソフィーと話していると、エルメスの窓口に客が来た。見覚えのある赤いモヒカンヘアが揺れている。
「ジーンさん!」
ジーン・バリアー。エルメスとは二度面識のある冒険者だ。一度目はジーンが冒険者ランクを偽ろうとしたのをエルメスが阻止したというあまりいい記憶ではないが、二度目に無人島での事件で会った際には、エルメスは少しジーンのことを見直していた。根っからの悪人というわけではなさそうだと思ったのだ。
一方、リコとソフィーは怪訝な目をジーンに向ける。彼女たち受付嬢の間では、ジーンはランク偽証の常習犯として有名なのだ。
ジーンの方もその辺りはわかっていて、だからこそエルメスの窓口に来たのだろう。
「このクエストを受けたい」
ジーンが受付デスクにクエストの張り紙を叩きつけた。その表題には『ランク昇格試験(E)』とある。
冒険者のランクというのは、通常過去の実績やスキルを勘案して総合的に判定される。だが一年に一度だけ行われるこの昇格試験をクリアすれば、即座にランクアップできるのだ。今回はEランク冒険者対象なので、試験クリアでDランクになれる。昇格試験クエストには立会人となるギルド職員一人以上の同行が必要ということだった。
「でもジーンさん、このクエスト結構危険みたいですけど……」
エルメスが手元の資料で過去の履歴を調べたところ、前回開催時に参加者の一人が死亡していた。今回の試験会場も、その時と同じリヴィの森だ。
「危険は承知だ。それでも俺は、この試験をクリアしたい。……前回のこの試験で死んじまったツレの雪辱を果たしてぇんだ。英雄になりたいって勇んでたあいつの分をな」
ジーンは熱っぽく語る。その拳は、力強く握りしめられていた。
「ジーンさん……」
資料によると、前回死亡した冒険者の名前はカリムというらしい。ジーンが言っているのは、きっと彼のことだろう。
「行ってきなさい、エルメス」
背後から、凛とした声が響いた。エルメスが振り向くと、腕を組んでスラっと立っているローズ・エルドレッドがいた。この冒険者ギルドイーストポール支部の支部長だ。いつもは支部長室にいるか外出しているかの彼女が現れると、ギルド職員だけでなく冒険者たちの身体にも緊張が走る。
艶のある長い黒髪をなびかせて、ローズはエルメスをじっと見据えていた。
「あなたに立ち会いをしてもらおうと思ってたのよ。早速現場に同行してちょうだい」
「ええっ!? わ、わかりました……!!」
有無を言わさないローズの言葉に従って、エルメスはそそくさと準備を進めてギルドを出た。
「……何もなければいいけど」
誰にも聞こえないような声で、ローズはエルメスの背中を見送りながらつぶやいていた。
――――――――――――
試験会場になっているリヴィの森はイーストポールから数時間の場所にある。だが朝が早い試験ということもあって、エルメスは直前の街で前泊してから待ち合わせ場所に向かった。
「みなさん、お待たせしました。立会人のエルメス・ティーポットです」
試験の待ち合わせ場所であるリヴィの森の入口には、すでに参加者全員が集まっていた。エルメスを除けば男性3名女性3名。そのうち試験に参加する冒険者は女性一人を除いた5名のはずだ。
「ユーリ・シザーハンズ。最近調子いいから、昇格試験くらいサクッと突破するよ」
動きやすそうな軽装のユーリという女性は、細身ながらも筋肉質な身体つきで、両腰にはナイフをぶら下げている。
ユーリと簡単な会話を交わしながら、エルメスは手元のリストと照合していく。そして同時に、リストバンドのような器具を手渡した。
「これは今回のポイントを計測する魔道具です」
ポイント測定機のバンド部分はゴム製で、片手でも簡単に着脱できる。3センチ四方くらいのガラス板がついていて、そこには『0/100』と表示されていた。
「モンスターを倒すとポイントが付与されて、一定値を超えたら試験合格です」
試験内容としては単純明快だ。ただただモンスターを倒せばよい。単独で倒した場合はモンスターによって決められたポイントが丸々手に入り、複数人で協力した場合はそのポイントが按分される仕組みだ。
「ウィリアムだ」
言葉少なな印象の男性、ウィリアム・サンダース。大きな長槍を背負っている彼は、目元にクマを作っていて妙に表情が暗い。ユーリの時と同じように、エルメスはポイント測定機を手渡した。
「ジーンさん、はいいとして……」
ここまで一緒に来たジーンは省略して、さらに隣の人に目を移す。
「ルイ・ハードナーだよ。よろしく」
高そうなコートに身を包んだルイは、優雅な所作で面々に向けてお辞儀した。ちょっと頼りなさそうな印象の優男だが、装備の質はよさそうだ。コートもブーツも腰に下げた剣も、いずれも高価なものに見える。
「アンナ・ロースターです。私は参加者ではなく、みなさんのサポーターとして同行します」
アンナは柔和な笑顔を見せる。きちっと整えられた身なりで両手には白い手袋をはめている。清潔感があって人の良さそうな笑顔が印象的だ。彼女の微笑みがルイを射止めたように見えたが、エルメスは見なかったことにした。
アンナはギルドが依頼した本試験のサポーターで、回復スキルを持つCランク冒険者だ。極力死傷者が出ないように支えてもらうとともに、彼女はこの地域の出身ということで土地勘を活かした案内役も兼ねていた。アンナは薬が入っているであろうポーチと、腰にナイフを下げていた。ヒーラーといえども、やはり護身用のナイフくらいは備えているようだ。
最後の一人はエルメスから奪い取るようにポイント測定機を受け取ると、背を向けて森の方に歩いていた。
「もう行っていい? 私には回復なんて必要ないし、雑魚と馴れ合うつもりもない」
フィオネ・アイスマンという女性だ。銀色の長髪に冷酷そうな無表情で、彼女の周囲だけ妙に寒そうな空気が漂っていた。
フィオネの態度に、他冒険者たちが色めき立つ。
「はあっ!? 同じEランクのくせに!」
ユーリは腕を組んで頬を膨らませている。
「……どうでもいい」
ウィリアムは面倒くさそうに目を伏せたが、対照的にジーンの拳は怒りで震えていた。
「誰が雑魚だって……!?」
「雑魚でしょ。私たちは所詮、Eランクの雑魚。仕事を選べるような立場でもないし、稼ぎだってたいしたことない。……ま、親のスネかじってるようなやつには関係ないかもしれないけど」
フィオネはルイの方を見てからかうように目を細める。
「言ったね? 多少顔がいいからって、僕はいつまでも優しくないよ?」
ルイは感情を抑えようとしているが、片眉がひくついていて怒っているのは明白だ。
試験開始早々、暗雲が立ち込めてきた現場にエルメスは深い溜息をついて、フィオネと他参加者の間に割って入った。
「何かあっても自己責任。ギルドは責任を取れません。それでも単独行動したいならご自由にしてください。ただし、集合時間は守ってくださいね」
まずはフィオネに向かって言った。そしてユーリたちにも向き直って言う。
「念のためですが、他参加者に危害を加えたら即失格です」
そして両者を交互に見て、
「敵意を向けるのはモンスターだけにしてください」
はっきりそう言って、エルメスは一歩下がった。
場が静まり返る。
人知れず、エルメスの足は小さく震えていた。
こんなにはっきりモノが言えるなんて、とエルメスは自分でも半ば驚いている。
ギルドに勤め始めた時は冒険者に対して恐る恐る接することも多かったが、いろいろな冒険者と接する間に慣れてきたらしい。ギルドの立会人として職務を全うしなければという責任感も後押ししているかもしれない。
かくして、先行き不安ながらも昇格試験は始まった。試験に潜む悪意など露知らず……。




