File.2:焼死体の正体(7)
ハロルドとその分身の銃口が、エルメスたちに狙いを定める。向こうは二人、こっちは四人だが、スキル的にまともに戦えるのはジーンだけだ。
アレスはエルメスをかばうように、エルメスの前で体勢を低くして備えていた。
「アレスさん……」
「流れ弾に気をつけろよ」
エルメスはアレスの背中に隠れて、その裾を掴んだ。
血走った目のハロルドとその分身。彼らの明確な殺意に、身体の震えが止まらなかった。
「テメェ……勝手なことはさせねえぞ」
ジーンが臨戦態勢に入る。ジーンの身体から、メラメラと熱気が立ち上っていた。彼のスキル《火炎人形》がどの程度の強さかはわからないが、ジーンの冒険者ランクはEランク、ハロルドはDランクだ。総合力では劣っているかもしれない。だが、頼みの綱はジーンだけだ。エルメスは祈るようにジーンを見つめていた。
ハロルド側もそれをわかっているのか、視線は全方位をカバーするようにしつつも銃口は狙いをジーンに定めている。
「おい。先にあいつを始末してこい。俺は他の奴らを見張っておく」
ハロルドは分身に指示を出していた。分身は顔をしかめて不服を示している。
「Eランクとはいえ、あいつも冒険者だ。一緒に攻めよう。他の奴らは無視してもいいだろ」
分身の提案に、ハロルドは青筋を立てた。
「あ? 俺に口答えすんのか? お前は俺の分身だろうが!」
ハロルドと分身は、お互いまくし立てて口論している。ハロルドの命令に、分身が抵抗している構図だ。
「俺一人じゃ勝てるかわからねえって言ってんだ! お前も俺ならわかんだろ!」
「死んでもいいから突っ込んでこいよ! 死んだらまた分身出せばいいだけなんだからよ!」
「死にたくねえから言ってんだろうが!」
「うるせえぞ! 駒が口答えするんじゃねえ!」
ハロルドが叫んだ瞬間、銃声が鳴り響いた。
「あ……?」
分身が放った銃弾が、ハロルドの胸を貫いていた。ハロルドは力なく膝をつく。
「お前も結局……同じじゃねえか……!!」
分身はハロルドを見下ろして、言葉を絞り出す。
「俺は……お前の駒じゃねえ……」
分身は顔を歪めて、息を荒くしている。これが、かつてのハロルドの立場だったということか。
「テメェ……」
ハロルドは力を振り絞って、銃口を分身に向けた。
そして、発砲。
乾いた銃声が、再び島に響く。
分身は額を貫かれて地面に倒れ、ハロルドもまた血溜まりに倒れた。
空が茜色に染まり出した今、アイデン島での事件は幕を閉じた。
――――――――――――
「なんだか、難しい問題でしたね……」
エルメスはシャンパングラスを小さく振りながら、ボソッとつぶやいた。グラスの中で揺れる黄色い透明の液体は、ノンアルコールのシャンパンだ。
「事件が? スキルが?」
隣では、スバルが赤ワインをぐいっと飲み込んでいる。
アイデン島での事件の後始末をギルドの職員に任せたあと、エルメスたちはアレスの食堂でディナーに舌鼓を打っていた。ジーンはそんな気分じゃないと帰ったので、エルメスとスバル、そしてアレスの三人での食事会だ。
「どっちも、ですかね。焼死体の正体はすぐわかったと思ったけど、それも違ったりして驚きました。あとは、人格のこととか……」
シャンパンを小さく口に含む。シュワシュワの泡が弾け、フルーティな香りが口いっぱいに広がった。
「ハロルドは自業自得だ。スキルの使い方でどんなしっぺ返しが来るか、それを予測できてなかったんだ」
そう言いながら、アレスがメインディッシュを持ってきた。出世魚のニマと見た目は似ているが、その成長した姿のオオニマだ。香草とともに丸々焼かれたオオニマは、見ているだけでよだれを誘発するようだ。
「うわぁ、おいしそう……!!」
エルメスはフォークとナイフを持って表情を明るくした。後味が悪いし考えさせられる事件だったが、ずっと塞ぎ込んでいてもしかたない。このおいしそうな料理は、うつむき加減だったエルメスが前を向くのに十分な魅力を放っている。
「スキルも使い方よね。服とか銃とかまで複製できるんだったら、そっち方面の使い方もあったと思うけど」
スバルはつまみのオリーブをつつきながら、他人事のように言う。
「分身を消したらそれも消えちまうんだろ? それだったら、一労働力として使うほうが変なトラブルにはならなそうだけどな」
「ああ、たしかに」
そんな風にスバルとアレスは論を交えていたが、エルメスの脳内は目の前の一皿でいっぱいだった。
パリッ、ふわっ、じゅわっ……。
噛んだ瞬間、パリパリに焼かれた皮が歯ごたえを生み出した。その下に隠れた白身まで一気に歯が到達すると、途端に柔らかな、でも確かに反発のあるクッションのような感触が現れる。そこからは魚の肉汁とオリーブオイルのハーモニーが口いっぱいに広がった。船の上で食べたニマと同じような食感と味わいだが、こちらの方が脂が乗って濃厚だ。エルメスは飲まないが、白ワインにはこちらの方が合いそうだと思った。
「そういえば……」
オオニマを半分ほど食べたところで、エルメスはふと思い出した。
「あの焚き火跡、あれは結局なんだったんでしょう? 私たちが知らないだけで、謎の人物Xは本当にいたんでしょうか……」
ジーンの探索地点付近で見つけた焚き火跡のことだ。そうとは知らずに島を捜索していたことを思い返すと、エルメスは今さらながら背筋が寒くなった。
「ああ、それなら、目の前にいるぜ」
アレスはいたずらっぽく小さく笑って、エルメスの正面の席を示した。
そこには、何杯目かわからない赤ワインをあおるように飲みながらタバコを吸っているスバルがいる。
「え、スバルさん……?」
「あの紙、まだ持ってるか?」
アレスから渡された紙片のことか。エルメスは内ポケットに手を入れた。すっかり忘れていたが、確かここにしまったはずだとゴソゴソ手を動かす。
「ありました!」
エルメスは右手で、なくさないように紙片をつまんでいる。
「よく見てみろ」
「んん……?」
よく見ろと言われても……そう思いながら、エルメスはその小さな紙片を目の前に持ってきて凝視していた。そうしていると、視界の奥にいるスバルに目がいった。
「あ」
スバルが吸っているタバコ。その巻紙が黄色だ。手元の紙片は、スバルのタバコの巻紙と同じ色をしていた。
「……なんだ、バレてたのか」
スバルは小さく微笑んで、タバコを灰皿に押し付けて火を消した。
「あの焚き火跡はスバルさんのものだったんですか? でも、そんなに古いものじゃなかったですし、それにスバルさんは三ヶ月前に島にいったきりのはずじゃ……」
考えがまとまらないまま疑問がつらつらと口をついた。どういうことか理解できていなかったが、エルメスは言っている途中でその点と点がつながった。
「もしかして、ギルドに報告せずに勝手に島に行ってたんですか!?」
スバルは何も言わず、喉を鳴らしてワインを流し込んでいる。その沈黙こそが、肯定のサインだった。
「そういうことだ。港の記録を調べれば、どれくらい行ってたかわかるだろう」
スバルが妙に慣れた様子で島中を歩いていたのは、そういうことだったのか。おそらく彼女は何度も無断で島を訪れていたからこそ、まだ調査できていなかったあの小さな洞穴にあれほど関心を示していたのだ。
「だって……いちいち面倒じゃない」
そう言って、スバルは自家製のタバコに火を点けた。
後日、スバルがギルドから指導を受けたのは言うまでもない。




