File.2:焼死体の正体(6)
「ええっ!?」
驚きすぎて、エルメスは思わず叫びに近い声を上げた。
ハロルドの分身を殺した犯人が、ハロルドだって? まさかそんなわけないだろうと、エルメスは目を丸くしてアレスを見つめる。
ジーンもスバルも同様で、ハロルドに至っては驚きよりも困惑の色がより濃く出ているように見える。
「ちょっとアレスさん、ハロルドさんは被害者ですよ!?」
「違うだろ。被害者はあの焼死体だ」
そう言ってアレスは岩の前で座り込んでいる焼死体を指さす。
「それはそうですけど、そういう意味ではなくて……!」
ハロルドが足元をふらつかせながらアレスに詰め寄っていく。
「おいおいおい、バカなこと言わないでくれよ……俺の分身を殺したのが俺だって?」
眉をハの字にして、ハロルドは顔を引きつらせている。いきなり犯人だと名指しされ、かなり戸惑っているようだ。
「そんなわけねえだろうがッ!! なんで俺がそんなことしなきゃならねえんだよッ!!」
ハロルドが口角泡を飛ばしながらアレスを怒鳴りつける。エルメスも同じ意見だったし、ジーンとスバルも同じ気持ちなのか怪訝な表情を浮かべている。
だが、アレスは毅然として表情を変えない。
「あんた、探索は分身任せだったって言ってたよな? そして探索に出したっきり、分身の行方はわからない、と」
「あ? ああ、そうだよ」
「それと、分身の記憶を本体は引き継げないんだよな?」
「だからそうだよ! 何が言いてえんだ!」
ハロルドはだんだん苛立ってきたのか、足を踏み鳴らしていた。
今さらそんなことを確認してどうしたいんだろうとエルメスは思っていたが、当然アレスにはその続きがあった。
「じゃあ、なんでスバルが襲われたモンスターがライトウルフだって知ってたんだ?」
その瞬間、ハロルドは口を開けたまま硬直した。
そういえばそうだ。エルメスは先ほどのやり取りを思い返した。スバルの探索を追跡していた時、スバルはただモンスターと言っていたが、それをライトウルフだったと補足したのはハロルドだった。
脳みそをフル回転させ硬直から立ち直ったハロルドは、絞り出すように言った。
「し、死骸が転がってたじゃねえか! ライトウルフの死骸がよ!」
「あれはヤブの奥に転がってたんだ。話した時点ではまだ姿は見えていない」
「それは……この島のモンスターといやあライトウルフだろ! だからそうだと思ったんだよ……!」
アレスがエルメスに目配せし、エルメスはその意図を察して資料を開いた。
「アイデン島に棲息している主なモンスターは『ライトウルフ、セミアント、ビーンバード、他Fランク相当モンスター』……資料にはそう書かれてますね」
「ほ、ほらな!」
ハロルドは一時、安堵したような表情を見せた。
確かに主なモンスターの一種ではあるようだが、だからといってあんな当てずっぽうなことを言うだろうか。あの場でモンスターを言い当てた事自体が怪しい材料だと、エルメスには思えた。
「それだけじゃねえ」
アレスはハロルドの襟を掴み、服をずらしてその右肩を露出させた。そこには青白く光っている粘液が付着していて、切り傷のような跡が透けていた。
「この傷。ライトウルフと戦った時のもんじゃないのか? 破れた服は、殺したハロルドと交換したんだろ」
「ち、ちげえよ!」
ハロルドは乱暴にアレスの手を払いのける。
「これは……たまたま探索中に枝で引っかいたんだ! それで傷口に薬を塗って――」
「それはありえない」
ハロルドの説明をきっぱり否定したのは、スバルだった。半透明の粘液が入った小瓶を掲げて、ハロルドを睨みつける。
「ワタシが作った特別製の軟膏は、乾燥すると青白く発光する。あんたの肩みたいにね。ワタシがこれを右肩に塗ったのは、ハロルドの分身だけ」
ハロルドは大粒の汗を流して、奥歯を噛みしめる。
「ぐっ……こ、これは分身のやつをもらったんだよ! 俺が怪我してたから――」
「偶然同じ場所を怪我した?」
スバルの追及に、ハロルドは言い返す言葉を失ってまた硬直した。
ジーンが難しい顔をしながら、エルメスにそっと尋ねる。
「おい……よくわかんねえけど、ハロルドが嘘ついてたってことか?」
「そうですが……そうではありません」
エルメスは目を閉じて、小さく首を振った。
ハロルドの苦しい言い訳と状況証拠。これが何を意味するのか、アレスがどういう推理をしたのか、エルメスにもわかってきた。
「ハロルドさん」
劣勢に追い込まれオロオロと逃げ道を探すハロルドに、エルメスは呼びかけた。
「あ、ギルドの嬢ちゃん! わかってくれよ、俺は――」
ハロルドは懇願する眼差しをエルメスに向けるが、エルメスはそれを無視して遮るように言い放つ。
「いや――ハロルドさんじゃない。あなた、ハロルドさんの分身ですね」
「なにっ!?」
大声を上げたのはジーンだ。
ハロルドは目線を彷徨わせている。
「あの焼死体こそがハロルドさんですね。そしてあなたは、ハロルドさんになりすましたハロルドさんの分身です」
「は、ははは……」
ハロルドは膝をついて、乾いた笑いをこぼす。
諦めたか。エルメスはそう思ったが、ハロルドは何かを思いついて勢いよく顔を上げた。
「証拠は、証拠はあんのかよ!?」
「状況証拠がそろってる。悪あがきするな」
スバルがスパッと言い放つが、ハロルドは食い下がる。
「俺のスキル《分身》は、分身が分身を作ることはできねえんだぞ!? さっき分身を作り出した俺こそが本物だろうが!!」
「それは……」
スバルは言い淀んだ。
「ほらな! 状況証拠だかなんだか知らねえが、偶然の一致ってのはいくらでもあるんだよ!!」
分身は分身を作れない。先ほどハロルドが作り出した分身自身も言っていた。だが正確には、《同時に存在できる同一存在は二体まで》がスキルの制限だ。
エルメスがアレスに視線を送ると、アレスは目を伏せた。あとは任せた、という意思表示と受け取って、エルメスは最後の詰めに入った。
「……分身が分身を作れないというのは、正確には三人目のハロルドさんが存在できない、という意味ですよね?」
ハロルドの顔色が変わった。エルメスはそれを確認して、さらに続ける。
「存在という言葉の意味をどう解釈するかは色々あると思いますが……すでに亡くなっている人まで、スキル上の『同一存在』に数えられるのでしょうか?」
「知るかよ! 詭弁だろそんなもん!! お前に俺のスキルの何がわかるんだよ!?」
ハロルドは激昂するが、エルメスはあくまで冷静に言い返した。
「詭弁……そうかもしれません。でも、それ以上に明確な証拠があります」
「な、なんだよ証拠って……」
「先ほどあなたは、ご自身の分身の死体を消してみせましたよね」
ハロルドがためらいなく撃ち殺したあの死体のことだ。
動揺して目を白黒させるハロルドに、エルメスはさらに畳み掛ける。
「同じように、あなたが分身だとおっしゃっているあの焼死体を消してもらえますか?」
ハロルドは大粒の汗をダラダラと流し、唾を飲み込んで喉を鳴らした。
「しょ、証拠が消えちまうかもしれねえだろ? 死体がなくなっちまったら、いったい誰が殺されたかわからなくなっちまうかも……」
ハロルドの言い訳を、エルメスは一刀両断する。
「かまいません。もし焼死体が消えるなら、あなたの分身であるという証明になります。これがあなたの分身なら、ですが」
エルメスは焼死体に向けて手を伸ばし、ハロルドをさらに追及した。
「さあ、消してください。今ここで」
ハロルドは動かない。ただうつむいて、じっと押し黙っていた。スバルとジーンも、息を呑んで見守っていた。
少しの時間待って、エルメスは腕を下げた。
「できないんですね」
一つ息を吐いて、目を閉じて首を横に振る。
「当然です。これまでの証拠と合わせれば、これはあなたが生み出した分身じゃない。――あなたを生み出した、本物のハロルドさんですから。先ほどあなたが分身を出せたのは、本物のハロルドさんが亡くなって《同時に存在できる同一存在は二体まで》というスキルの制約に抵触しなくなったからです」
ハロルドは跪いたまま、プルプルと震えている。
アレスがエルメスの前に立って、さらにハロルドを問い詰める。アレスはまるで、エルメスを守るように仁王立ちしていた。
「お前がハロルドを殺ったのは、スバルに会った後だな。スバルが聞いた銃声ってのは、その時のもんだろう」
「ああ、なるほど……」
アレスの推理に、スバルは納得したように頷く。アレスはさらに推理を続けた。
「付近に死体を引きずったような跡や血痕がなかったことから、犯行場所はまさにこの大岩のところだろう。何があったかはわからねえが、おそらくは口論になってその場で撃ち殺したんだ」
アレスの推理を、当のハロルドは何も言わずに聞いている。正しい推理に観念しているのか、あるいは何か企んでいるのかはわからない。
「こいつは、突発的な犯行だ。死体を隠そうにも集合時間が近い。焦ったお前は、この集合場所で死体を燃やしたんだ。スバルが持ってきてた火炎放射器を使ってな。そうやって、なんとか誤魔化そうとしたってところか」
それが事件の真相か。
エルメスも、そしてスバルとジーンもアレスの推理に納得して、謎は解けたと確信した。
「……俺じゃねえ」
押し黙っていたハロルドは、絞り出すようにつぶやいた。
そして立ち上がり、顔を真っ赤にしてまくしたてる。
「悪いのは俺じゃねえ! あの野郎だッ! 自分のスキルで生み出した存在だからって、俺を道具みたいに扱いやがって……ッ!!」
ハロルドは両手の拳を握りしめ、怒りに震えていた。そして血走った目で、エルメスたちを睨みつける。
「俺は生み出された瞬間にハロルド・ジャンキットだった! 分身だという自覚はあったが、ハロルド本人と同じ人格と記憶を持って生まれてきたんだ! なのに、その同じ存在にゴミ以下の扱いをされる! その気持ちがわかるか!? 俺が改善を訴えると、ヤツはいつもこう言っていた。『駒が口答えするんじゃねえ。いつでも消せるんだぞ』ってなッ!!」
ハロルドの訴えに、エルメスは同情心を抱いていた。同一存在として生み出された以上、その分身にも感情がある。だがスキルによって生み出されたというだけで、その尊厳を踏みにじられたということか。
「分身の記憶を本体は引き継げねえ……この制限はデメリットのようにも思えるがそうじゃねえ。俺の苦労と苦痛を引き継がなくていいからこそ、ヤツは俺をいじめられたんだ。馬車馬のように働かされる過程はなかったことになり、その結果だけが本体の手柄になる。そんなふざけた話……あっちゃならねえだろうがッ!!」
ハロルドはそう叫ぶと同時に、スキルを発動させた。
強風が吹いた後、そっくりの同一存在が現れる。
ハロルドとその分身は、腰の拳銃をエルメスたちに向けた。
「俺は自由になるんだ。お前らを殺して、俺が本物になるんだよッ!!」




