File.2:焼死体の正体(5)
一行は再び集合場所の広場に集まった。大岩とスバルの研究機材、そして謎の焼死体が置かれているあの広場だ。
「……で? 結局どう落とし前つけんだよ」
ハロルドは苛立った様子で貧乏ゆすりしている。不機嫌そうなその瞳は、エルメスを射抜くように睨みつけていた。
ジーン、ハロルド、スバルのそれぞれの行動を確認したが、いまだこれといった結論は出ていない。事件解決のために赴いた以上、今ボールを持っているのはギルド側、すなわちエルメスとアレスだ。もっとも、落とし前などと言われてもこちらに非はないはずなのだが。
「アレスさん……」
エルメスは困った顔でアレスを見上げて助けを求めた。スバルの探索範囲を検証した後、なにやら意味深なことを言っていたが……。
アレスはエルメスと目を合わせ、小さくウインクした。
「あ、あはは……」
安心させるつもりなのだろうか。ダンディかつ軽薄なアレスに一抹の不安を覚えたエルメスだったが、アレスは一つ首を鳴らしてから咳払いした。
「さて、最後に一つ確認させてくれ」
そう言って、アレスはハロルドに向けて両手を広げた。
「今、分身は出せるのか?」
そういえば、まだハロルドのスキルを実際には目にしていないとエルメスは思い至った。自身のスキル《冷視》によって文字としての情報はわかっているが、それはあくまでカタログスペックに過ぎない。実物を目にしたら印象や事実が変わるということは十分に考えられる。
「あ?」
舌打ちして面倒くさそうに眉をしかめたが、ハロルドは顎を素早くしゃくってみせた。
「きゃっ……」
急な強風に、エルメスは小さな悲鳴を漏らした。
ハロルドの隣に強烈なつむじ風が巻き起こっていた。土を巻き込み、落ち葉を巻き込み、視界を遮る筒のような風。
その風が消えるとそこには、二人目のハロルドが立っていた。
「うわっ……」
エルメスは気味の悪さから思わず声を漏らした。そこに、不気味なほどに見た目そっくりの人間が二人並んでいる。服装や装飾品まで鏡写しのようにそっくりそのままだ。しかも鏡のように反転すらもしていない。
「俺が分身だ」
「俺がハロルドだ。同時に分身を出せるのは一人だけだが、その一人は死んじまってるからな。今なら分身も出せるぜ」
「俺には出せねえけどな。分身は分身を出せねえんだ」
まったく同じ声、同じ口調で、分身、ハロルド、そして分身と順番にしゃべった。呼吸も視線も雰囲気も、まさに生きている人間と相違なく見える。立ち位置とセリフでしか、ハロルドとその分身を見分けられない。
予想はしていたが、実物を見ると予想以上だ。エルメスは寒気すら覚えるほどだったが、アレスは平然とさらに質問を投げかける。
「この分身が死んだら、また分身を出せるのか?」
「ちょっとアレスさん! そんな縁起でもないこと――」
エルメスの言葉を遮るように、銃声が鳴り響く。
さすがに配慮に欠けるのではないかと止めに入ったエルメスだったが、ハロルドは容赦ない行動でその問いに答えた。
「……」
絶句とはまさにこのことだ。エルメスは言葉を失い、手を口に当てて呆然としていた。
ハロルドが出した分身は、ハロルドによって頭を撃ち抜かれ、力なくその場に倒れ込む。血溜まりの中で、目を見開いたままだった。
ハロルドは平然としているが、エルメスはもちろん、ジーンやスバルも唖然としていた。アレスですら、小さく眉根を寄せて嫌悪感を示している。
ハロルドが分身の死体に手をかざすと、また一瞬の強風とともに、分身の死体はなくなった。流れ出た血も着ていた服もまったくない。エルメスは、もしかして夢でも見ていたんだろうかと錯覚しそうになっていた。困惑、驚愕、嫌悪……そんな気持ちが入り混じった目でハロルドを見ていると、ハロルドは釈明するように両手を上げた。
「おいおい、まさか殺人だなんて言わねえよな?」
ハロルドはエルメスが今の行動を糾弾しようとしていると思ったようだ。エルメスの胸中はそれどころではなかったのだが、言われて初めてその問題を認識した。
「たしかに……あなたが人を殺めたのを、私たちは目撃しました。でも……」
問題はそう簡単ではない。ハロルドのスキルによって生み出された存在が、ハロルド自身の手で命を奪われた。だがそれは、殺人と呼ぶべきものなのだろうか。はたして被害者がいると言えるものなのだろうか。
「俺のスキルによる分身を、俺が片付けた。ただそれだけだ。それに、前例だってあるんだぜ」
「前例……?」
「以前、ギルドで食料の配布が行われていた。モンスターのラッシュがあって、冒険者が駆り出された時だ」
滅多に起こることではないが、モンスターの群れがなんらかの要因で街に押し寄せることがある。その際、ギルドに登録されている冒険者にはギルドの指示に従って街を守る義務が発生するのだ。ハロルドはそうした事例のことを言っているのだろう。
「俺は分身を連れて二人分の食料をもらおうとした。だが、ギルドに突っぱねられた。スキルによって生み出された存在には、人格を認められないんだとよ」
ハロルドは投げやりに言った。恨み節のようにも、諦めのようにも聞こえる。
ギルド側に立つエルメスとしては、肯定も否定もしづらい話だ。確かにスキルによって生み出された存在を人としてカウントすると、それによる問題も容易に想定できる。実質的な必要量は一人分なのに複数人分の食料を一人で占有したり、同じように寝床を複数確保したり……他の冒険者と比べて不公平な待遇になりかねない。
倫理的な話になって、一同口をつぐんでいた。是とも非とも、なかなか言い切れない話だ。妙に重たい空気が流れる中、アレスは一つ手を叩いて場を仕切り直した。
「よし。そろそろ答え合わせといこう。飯の時間がどんどん遅くなっちまう」
「えっ……!?」
一同が驚いた顔でアレスに注目する。
「アレスさん、もしかして犯人がわかったんですか!?」
「ああ」
駆け寄ったエルメスに、アレスは自信ありげに微笑んで見せる。
火炎系スキルを持つジーンか、火炎放射器を持ってきたスバルか。エルメスがアレスの動きを目で追っていると、犯人を示すアレスの指先はエルメスの予想していなかった方に伸びていた。
「犯人はあんただ」
それは、ハロルドだった。




