File.2:焼死体の正体(4)
「こんなの……知らない」
「俺もだ」
スバルとハロルドはそろって首を横に振った。無人島であるはずのこの島に、誰も身に覚えのない焚き火跡。
「他に誰か、この島にいるんでしょうか?」
少なくとも、ギルドの資料には無人島であると明記されている。ギルド管轄ゆえに規制されているといっても、物理的な障壁などはないただの孤島だ。こっそり上陸すること自体は可能だろう。そうなれば、さらに事態はややこしくなる。あの焼死体だって、身体的特徴からハロルドの分身だと断定したが、見立てが間違っていた可能性も否めない。
「ともかく、今はまだ情報収集の途中だ。この謎の人物Xのことを考えるのは、他二人の探索を確認してからでも遅くねえ」
皆が頭をひねる中アレスが仕切り直し、スバルもそれに同意した。
「一旦、集合場所に戻る」
スバルに続いて、ハロルドとジーンが集合場所の広場に戻っていく。それに続くアレスを、エルメスは呼び止めた。
「あの、このまま調査を続けて大丈夫なんでしょうか? もしかしたら、そのXがハロルドさんの分身を殺害した犯人かもしれないのに……」
エルメスは怖かった。もしかしたらこの島の中に殺人鬼が潜んでいるかもしれない。もちろんスバルたちがその殺人鬼だという可能性もあるが、わざわざギルドに通報してエルメスたちを呼び寄せている以上いきなり凶行に出ることはないだろう。だが、見ず知らずの犯人Xだと話は変わる。
アレスは怯えるエルメスに、優しく微笑みかけた。
「そう心配すんな。嬢ちゃんが恐れてるようなことには、たぶんならねえよ」
「どうしてそんなこと言えるんですか?」
エルメスがそう言うと、アレスはエルメスの手に何かを握らせた。
「こういうことだよ」
そう言い残して、アレスは背を向けてスバルたちに続いていった。
「ん……?」
エルメスが手を開くと、それは焦げた紙片だった。何かメモでも書いてあるのかと思ったが、何も書かれていない。2センチ四方くらいの小さなその紙片の片面は白、そしてもう片面は鮮やかな黄色だった。
次はハロルドの道程を追跡することになった。
大岩と焼死体がある広場から、まっすぐ正面に向かったのがハロルドだった。ジーンの時とだいたい同じで、植物が生い茂る森のところどころに遺跡と思われる石が点在している。
「ここからさらに向こうに行ったんだ」
そう証言するハロルドに疑問符を投げかけたのはスバルだった。
「あんた確か、すぐに分身を出してそいつに探索させてなかった? あんたはここらへんで待機して」
それに対して、ハロルドはその時を思い出すように視線を彷徨わせる。そして、地面から突き出た遺跡の一部を指さした。
「ああ、そうだった。あの野郎を探索に出して、俺はここで報告を待ってたんだ」
言いながら、ハロルドは拳を握りしめていた。
「それなのにあの野郎……勝手にくたばりやがって」
自分の分身を殺害された怒りと悲しみ。そうした感情に震えているように、エルメスには見えた。だが、スバルの見解は異なるようだ。
スバルはハロルドには聞こえないように、エルメスに言った。
「あんな風に感情的に見せてるけど、分身に思い入れなんてない。探索は全部分身任せで、それ以外にもずっと奴隷みたいに扱ってた」
「ハロルドさんのこと、よくご存知なんですか?」
「何度か仕事を依頼したくらい。性根は嫌いだけど、人件費としては安いから」
「ああ、なるほど」
たしかに、労働力という観点で見ればハロルドのスキル《分身》はいいビジネスモデルだと思えた。ハロルドは労力がほぼ一人分なのに通常より稼げて、雇う側は二人分雇うより安く済む。まさにWIN-WINというやつだ。
「あいつがキレてるのは分身を思ってじゃなくて、自分のモノが傷つけられたから。ワタシだって、自分の道具が壊されたら怒る」
なんとなくだが、ハロルドの人となりが見えてきた気がした。広場で焼死体が分身だとわかった時も、その死体を気にかけるより犯人探しに執着していた。スバルの言う通り分身を道具のように扱っていたのだろう。被害を受けたのは気の毒だが、正直好きにはなれない。もっとも、スキルの使い方に文句を言う筋合いなどエルメスにはないのだが。
ハロルドの道程追跡はすぐに終わった。何しろ本人はここで座って待っていただけなのだ。
「分身が何やってたかはわからねえし、どうやって殺されたのかもわからねえ。分身の記憶は引き継げねえんだ」
ハロルドはそう証言した。エルメスが《冷視》で確認したスキル情報にもそう記されていたし、これ以上ハロルドから聞き出せることはなさそうだ。
一行はすぐに次の確認へ移った。最後は、スバルだ。
スバルは先ほどのハロルドが待っていた場所まではハロルドと同行して、その後すぐに別れて単身で探索に出ていったらしい。広場から見れば、大雑把に右側のエリアだ。植生などはジーンやハロルドの探索範囲と相違ない。それほど大きくない島の中なのだから、当然といえば当然だ。
一度通った道だからか、スバルはすいすい進んでいく。通りやすい道を把握していて、かなり効率的に足を動かしていた。さすが当事者といったところか、相当手慣れた雰囲気だ。
「さっきも言ったけど、ワタシは古代遺跡の研究で来た」
スバルが示したところには、明らかに人工物の小さな石板があった。石板の表面には何かが描かれていたようだが、うっすら傷が入っているようにしか見えない。
「見えづらいけど、一応人の名前が書かれてる。でも、未解読文字でもなんでもないし特段目新しいものもない。ここに興味示してる研究者はワタシくらい」
スバルは自嘲気味に笑っていた。
「ツタが邪魔だから特製の火炎放射器やらなんやら持ち込んで発掘してる」
スバルが言うように、石板の周囲のツタは一部が燃やされていた。
「広場にあった機材はそれだったんですね」
エルメスの言葉に、スバルは首肯した。
「他にもドリルやらなんやら、使えそうなものは全部持ってきた。まあけど、たいした成果はないし、予算も厳しいからいつまで続けられるか……」
表情に影を落とすスバルに、研究者の苦悩を垣間見た気がした。
「ん、ちょっと待て。火炎放射器があったってことは、あの焼死体もそれでやられたんじゃねえのか?」
疑問を呈したのはジーンだ。火炎系スキルのせいで疑われ続けていた彼だが、誰でも使える火炎放射器があるとなれば話は変わってくる。
「たしかに……」
「だろ!?」
ジーンにとってはビッグニュースだったに違いない。これでスバルも、そしてこの島に潜んでいるかもしれないXも、ハロルドの分身に危害を及ぼした容疑者として可能性が高まった。
そうわかった瞬間、場の空気が凍った。
スバルもジーンも、そしてハロルドも、全員が全員を疑い始めた。
その重たい沈黙を破ったのは、やはりアレスだった。
「……ともかく、調査を続けよう。真犯人を見つけ出すためにもな」
アレスの提案に、不承不承といった様子ながらも全員従った。
ここで立ち止まっていてもしかたがない。
重たい空気をまとったまま、一行はさらに奥へ歩を進めていく。しばらく歩いた先の小さな池があるところで、スバルは足を止めた。
「そういえば、ここでハロルドの分身と会った」
「え、ほんとですか!?」
分身の最後の足取りかもしれない。エルメスは、スバルにその先を促した。
「突然モンスターに襲われて。その時、ハロルドの分身が助けてくれた」
「ああ、ライトウルフだろ」
ハロルドが補足して、スバルは頷く。
「そんなに危険な相手じゃないけど、油断してたからびっくり。分身の銃撃一発で倒したけど、分身は肩引っかかれて怪我して」
スバルは荷物を漁って、小瓶を取り出した。中には、粘性の高そうな半透明の軟膏のようなものが詰まっている。
「この島で取れる薬草を使った、ワタシの特製塗り薬を塗った。ああ、たしかその時の死骸が……」
スバルがヤブをかきわけると、そこに小型犬くらいの大きさの死骸があった。白と灰色のツートンカラーの、ライトウルフの死骸だ。その額には風穴が空いている。
「その後すぐ分身とは別れて……それからどうなったかはわからない。銃声が聞こえたから、またモンスターを倒したみたいだけど」
つまり、これがハロルドの分身の最後の足取りということだ。ここにいるメンバーで銃を使うのはハロルドとその分身だけだから、スバルが聞いたという銃声も分身のものだろう。その後、分身の身に何が起きたのだろうか。
ともかく、これで各人の足取り調査は終わりだ。
ここまでの調査で、エルメスは何かが引っかかっていた。だが、それが何かはわからない。どこかに矛盾があったような気がするが、はっきりと言語化できない。
エルメスが考え込んでいると、アレスが後ろから肩を叩いた。
アレスは得意げに口角を上げている。
「そろそろ終わらせて飯にしよう。俺の店でな」
空がオレンジに染まりかけていた。そろそろディナーの時間だ。エルメスのお腹は、ラッパを鳴らさないように耐え忍んでいた。




