File.2:焼死体の正体(3)
「ジーン! どうせお前だろ!」
ハロルドがジーンの胸ぐらを掴み激しく揺らす。
「お、落ち着けって! なんで俺がそんなこと」
ジーンは必死に否定するが、ハロルドの怒りは収まらない。
「そんなことどうだっていい。火炎スキルを持ってるお前が殺ったに決まってんだろ!」
エルメスから見ても、ジーンは怪しかった。ギルドの受付でランクを偽った過去もあるし、何よりスキル《火炎人形》は炎の人形を操るという火炎系スキルだ。焼死体を作り出すのにうってつけに思える。
エルメスと同じように、スバルもジーンに怪訝な目を向けていた。
「さっさと白状したら」
「だから俺じゃねえって!」
「お前いい加減にしろよ!」
ヒートアップしたハロルドは、腰に下げたリボルバー拳銃をジーンに向けた。撃鉄を起こすとシリンダーが回転し、いつでも撃てるように準備が整う。整ってしまう。
「ひぃっ……!」
ジーンは咄嗟に両手を上げる。
「さっさと吐けよ!」
ハロルドの銃口がジーンの口に突きつけられる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 落ち着いてください、ハロルドさん!」
ジーンが怪しいといっても、だからといって殺していいわけではない。エルメスが必死に制止を試みるが、ハロルドが耳を傾ける気配はない。
引き金に指がかかり、無機質な銃弾が一つの命を奪おうとしていた。
広場に緊張感が広がる中、
「待て」
アレスがハロルドの拳銃を上から押さえた。
「アレスさん……!」
危ない。ジーンが撃たれてしまうのも危険だが、暴発してアレスが凶弾に倒れる危険もある。
だがアレスは極めて冷静に、青筋を立てるハロルドを見下ろしていた。
「出しゃばってくるんじゃねえ! お前には関係――」
怒り狂っていたハロルドだが、アレスの眼力に屈して肩をすぼめた。今にも跪いてしまいそうになる覇気にも似た威圧感が、アレスの両目から放たれていた。
「俺の言ってることがわからねえのか?」
「ちっ……」
アレスに屈したハロルドは、気まずそうに拳銃を腰に戻した。
「助かった……」
九死に一生を得たジーンは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「アレスさん……! どこか怪我とかしてないですか!?」
エルメスは急いでアレスに駆け寄った。アレスの周囲を回ってペタペタ身体を触りながら、アレスの無事を確認する。
「……大丈夫だ。別に撃たれちゃいねえだろ」
「はあ……よかった」
エルメスはそっと胸をなでおろした。急にハロルドの肋骨を確認したり危険地帯に割って入ったり……ここ数分のアレスの行動に、エルメスは内心ヒヤヒヤしていた。
だがそれよりも、アレスのあの威圧感はすごかった。普通の料理人が、冒険者を怯ませるほどの圧なんて出せるものなのか。見上げるようにアレスを見つめていたエルメスだったが、アレスと目が合って慌てて視線をそらした。
「と、ともかく。次にやることは決まりましたね」
「ああ」
誰がハロルドの分身を殺したのか。憶測だけでなく、確実な証拠を掴まなければならない。
「三人とも手分けして探索していたというが、だとすれば殺害の機会は誰にでもあったはずだ。まずは三人の足取りを確認しよう」
アレスの意見に首肯して、エルメスは早速三人に掛け合った。
三人の共通点は、散開した場所がこの広場で、集合したのもこの広場だということだった。方角だけ大雑把に決めて、一時間後に再集合。そういう決めで動いたらしい。
まずはジーンの足取りを追いかける。
「別に……ただスバルに言われたとおりに歩いて、なんかめぼしいものがあったら報告するってだけだったよ」
背後から今なお疑いの目を向け続けるハロルドの視線に怯えながら、ジーンは自身が探索した道程を説明し始めた。
ジーンは広場から見て左側に向かったらしい。道らしい道のない森の中だが、歩けないというほどではない。
ところどころに、この島の古代遺跡と思われる石の片鱗が地面に埋まっていた。だがそれは、スバルによると特に珍しいものではないらしい。他には涼しげな小川もあった。休憩にはちょうどよさそうな場所だ。
「せっかく手分けしてたのに、結局自分で来ることになった」
そうぼやくのはスバルだ。珍しい黄色い巻紙のタバコを吹かし、億劫そうに両手を上げる。エルメスがタバコの銘柄について訊くと、市販品ではなく自家製だとスバルは言っていた。
「ま、このあたりは来たことなかったからちょうどいいか」
そう言いながら、一行は草木やヤブをかき分けて進む。その途中、大量の土器のようなものが山積みになっているのが見つかった。小さな瓶のようなものだろうか、側面には特徴的な螺旋の模様が入っている。
「わっ、すごい。スバルさん、これって何か発見だったりしないんですか?」
エルメスがはしゃぎ気味にそう訊くが、スバルは表情一つ変えずに言う。
「ああ、それならたいしたこと――」
と、言葉の途中で別の何かを見つけてそちらに走っていった。木の根元にある小さな横穴。草が覆いかぶさっていて一見すると穴とはわかりづらいそこに、スバルは顔や白衣が汚れるのもためらわずに頭を突っ込む。スバルが上半身を突っ込んだ穴から、反響した声が聞こえてくる。
「こんなところがあったのか!」
妙に嬉しそうだ。研究者とはかくも盲目的なものなのだろうか。エルメスには馴染みのない世界だが、よくよく考えれば料理人のアレスにも似たような気配がある気がする。
「……なんだ?」
「い、いえ、なんでもないです!」
慌ててアレスから目線を外したエルメスは、誤魔化すようにジーンに話を振った。
「ジーンさんはどのあたりまで探索されたんですか?」
「ちょうどこのあたりだ。集合時間が迫ってたから、ここらで引き返したんだ」
「……だとすると、あまり進んでないですね。探索は一時間ということで聞いていますが」
エルメスたちはここまで約15分の行程だった。5人で移動して15分なのだから、一人だともっと早いはずだ。往復したとて20分から30分。ジーンは残りの時間どこで何をしていたのか。
ジーンは気まずそうに顔をしかめた。
「……ちょっとサボってただけだよ。途中の小川で休んでたんだ。正直、俺は遺跡になんか興味ねえし」
エルメスはじーっとジーンを見つめ続ける。ジーンにもサボりへの罪悪感があるからか、ただただ気まずそうに視線を彷徨わせていた。
ますます怪しい。だが、決めつけは厳禁だ。
エルメスはこの件を頭の隅に保存しつつ、周囲に目を配らせた。すると、木の陰に隠れたあるものが目に留まった。
「あの、アレスさん」
歩み寄ってしゃがみ込み、アレスに手招きする。
「なんだ?」
そこには、小さな焚き火跡があった。それほど古いものではないが、かといって今日使われたものでもなさそうだ。さほど灰が崩れてもいないし、古くとも一週間ほど前に作られたものに見える。
「ギルドの記録によればスバルさんが最後に訪れたのは三ヶ月前。それから今日まで、スバルさん以外に島を訪れた人はいません」
「ほお……」
それだけ言って、アレスは顎に手を当て考え込んでいた。
念のため、エルメスはジーンを手招きして呼び寄せた。
「ジーンさん。今日ここで焚き火しましたか?」
エルメスに訊かれ、ジーンは首を伸ばして木の陰の焚き火跡を確認した。だが案の定、ジーンは首を振って否定する。
「じゃあやっぱり……」
「おいおい、何やってんだ?」
ひと所に集まるエルメスたちに、ハロルドが怪訝な顔でやってくる。
無人島にある、謎の焚き火跡。これが示す可能性は一つだ。
「もしかしたらここは、無人島ではないのかもしれません」
エルメスの言葉に、ジーンとハロルドは目を丸くした。




