File.2:焼死体の正体(2)
「もしかして無人島じゃない、とか?」
エルメスが最初に思いついたのがそれだ。三人しかいないはずの島で、四人目の死体が見つかった。となれば、三人しかいないはずという前提が間違っている可能性は高い。
エルメスの仮説に、スバルは首を振って否定した。
「ワタシも思ったけど、それはない。ワタシは何度か来てるけど、他の人なんて見たことない。そこまで広い島でもないし、誰か住んでたらわかりそうなもんだけど」
「そうですか……」
となると、どういうことだろう。これは難問だぞと頭をフル回転させていたエルメスだったが、四人目の謎は思いの外簡単に判明した。
「ってか、あんたの分身どこ?」
スバルがハロルドにさらっと訊いた。訊かれたハロルドの方は、さして興味もなさそうに答える。
「分身? ああ、そういえばいねえな。あの野郎、どこかほっつき歩いてんのか?」
ハロルドは言いながら、だんだん不機嫌になっていった。眉根を寄せて、険しい顔でキョロキョロと周囲を見渡しながらウロウロしている。
分身……?
エルメスはスバルに歩み寄った。ハロルドに直接訊くより、こっちのほうが落ち着いて話ができそうだ。
「あの、分身って……」
「ハロルドのスキルでね。自分そっくりの分身を作り出せる」
それを聞いて、エルメスは眉尻を下げた。そういうことは先に言ってほしかった。三人しかいないはずの島に四人目がいるという謎は、もはや謎でもなんでもない。
「エルメス」
アレスに後ろから肩を叩かれ、エルメスはその意図を察した。
エルメスが二度瞬きをすると、翡翠色の瞳が氷青色に変化する。エルメスのスキル《冷視》が発動した証だ。《冷視》は相手のスキルを視るスキルだ。対象者の付近に、その人のスキル情報が文字として表示される。
スキル名:分身
効果:スキル使用者と同一の姿・能力・人格・生成時点までの記憶を持つ存在を作り出す。分身の出現・消失は任意のタイミングで行える。
制約:同時に存在できる同一存在は二体まで。使用者は生成後に分身が得た記憶を引き継ぐことはできない。
ハロルドのスキル情報を見たエルメスは、その一言一句をアレスに共有した。
「こんなスキルがあるんなら、焼死体の謎は解決同然ですね……」
エルメスは大きくため息をついた。ここに来るまで慌ただしかった分の疲れがどっと襲ってきた。
「……」
アレスは顎に手を当てて考え込んでいるが、エルメスはもう事件は終わったと断定してハロルドに言った。
「あの焼死体……あなたの分身なんじゃないですか?」
「ああ、なんだって!?」
ハロルドは今さら驚いた様子で声を荒げた。
エルメスはやれやれと首を振って、スバルとジーンに視線を送る。
「あの、もし《分身》というスキルがあるんだったら、真っ先に疑うべきだったのではないでしょうか? それなら、人数が合わないことに説明がつきますし……」
「そりゃそうなんだけど、急に死体があったら焦った」
スバルは今なお一貫して冷静に見えた。こんな冷静沈着を絵に描いたような人でも、さすがにいきなり焼死体が現れたとなると動揺するものなのか。
「人が死んでるってハロルドが騒ぎ出して、ドタバタして」
と思ったが、ハロルドが原因だったらしい。
「通報してから気がついたけど、もう送っちゃってたし」
通報は、スバルが緊急用に連れてきていた伝書鳩を使って行われていた。一度送ってしまった以上、もう取り消せなくなったのだろう。
エルメスは頭を抱えた。
あからさまな偽装をするジーンだったり、こんな簡単なことにも気づかないハロルドだったり……冒険者とはみなそうなのだろうか。
「それに、そもそも別の問題もある」
スバルはメガネを直して、険しい顔で言った。
「別の問題ですか?」
「仮にその死体がハロルドの分身だったとして……じゃあ、そいつを殺したのは誰なのか」
「あ」
エルメスはハッとさせられた。
島にいる人数が合わないことに気を取られていたが、そもそもこの焼死体、自然に生まれたものではないはずだ。誰かが故意に殺害したということになる。
「ああ!? おいまさか、誰か俺の分身を殺しやがったのか!?」
ハロルドが乱暴にスバルに詰め寄る。そしてスバルとジーンを交互に睨みつけた。
「お前か!? お前か!?」
「ワタシじゃない」
「俺でもねえよ!」
二人は当然のように否定する。ハロルドはふと思い出したようで、ジーンにズカズカと詰め寄った。
「たしかお前、スキル火炎系だったよな!?」
「だからって、別に俺がやったって証拠にはならねえだろ!」
ハロルドとジーンはお互い触れてしまいそうなほどに顔面を近づけて、激しく睨み合っている。
「まあ落ち着け」
口を挟んだのはアレスだ。優雅な所作で、ハロルドとジーンの間に割って入る。
「なんだお前! やんのか!?」
「落ち着けよ。そもそもあの焼死体、あんたの分身かどうかわからねえだろ」
アレスはあくまで論理的に話しているが、ハロルドの激昂は収まらない。
「ふざけんなよ! 探索に出した分身がいなくなってんなら、そんなもん俺の分身が殺されたに決まってんじゃねえか!」
「状況的にはな。だが、推測の域は出ねえ」
「ぐぬぬぬ……」
そんな擬音を本当に口から発して、ハロルドは奥歯を噛みしめていた。
エルメスは腕を組んで状況を整理してする。人数の謎は解決したが、そもそもこの焼死体の正体は謎のまま。そしてその殺人犯も謎のままだ。
エルメスは再び焼死体の前にしゃがみ込んで観察した。何か、この人を示す遺留品はないだろうか。触るのは気が引けるので見ているだけだが、ずっと見ていると右脇腹付近に違和感を覚えた。
「あの、アレスさん」
言い争っている三人をよそに、エルメスとアレスは焼死体に向き合った。
「ここの骨なんですけど……」
焼死体の右脇腹付近。焼けただれた皮膚の間に、肋骨と思われる白い骨がのぞいている。それが一本だけ、妙な形に曲がっていた。内臓を包み込むように並んでいる肋骨だが、その一本は直角を描くように下方向に曲がっている。
「特徴的だな。焼かれた時に曲がったってわけでもなさそうだ」
アレスは早速、ずっと喚き散らしているハロルドの脇腹に手を当てた。
「は!? な、なんだお前ッ……!!」
あまりの不意打ちにハロルドは驚きつつも、一転おとなしくなった。
「これか」
小さく微笑むアレスに、ハロルドは身を引いて顔を青ざめる。
「な、なんだよお前。俺はそういう趣味はねえぞ……」
「んなんじゃねぇよ」
アレスは面倒くさそうに後頭部をかいて弁明する。エルメスには、アレスの行動の意図がわかっていた。もっとも、いきなり触りだすとは思わなかったが。
「で、どうでした?」
「ああ。ビンゴだ」
ハロルド、スバル、ジーンはなんのことかわからず首を傾げる。
「何かわかった?」
スバルの問いに、エルメスが答える。
「焼死体の正体がわかりました」
一番食いついたのはハロルドだ。
「本当か!? 俺の分身なのか!?」
「その前に一応……ハロルドさん。あなたの肋骨、一本だけ変に曲がってたりしないですか?」
エルメスは指をL字に曲げて、肋骨の曲がり方を示す。
「へ? あ、ああ。そうだけど。なんでそのことを……」
「今アレスさんが触れたのはそれを確認するためです。そしてあの焼死体にも、同じ特徴がありました」
「ってことは――」
ハロルドは焼死体を振り返る。その目には、まさか本当にという驚きとともに怒りが滲んでいた。
「はい。あの焼死体、ハロルドさんの分身ということで間違いないと思います」
「そうか。やっぱそうだったのか。ってことはよお……」
ハロルドは再び、スバルとジーンに怒りの瞳を向ける。
「やっぱお前らが、俺の分身を殺しやがったんだな!」
エルメスは険しい表情で腕組みしていた。
謎は一つずつ解決していっている。残った謎は、誰がこれを引き起こしたのかということだ。




