File.2:焼死体の正体(1)
「アレスさん、どういうことなんでしょうか……?」
「うーん……」
エルメスとアレスはそろって首を傾げていた。疑問符を浮かべるエルメスが首を左右に振るたびに、栗色のツインテールも頭を追いかけるように遅れて揺れる。
緑生い茂る無人島の、森の中の小さな広場。中央付近にランドマークのように立っている大岩の前に、エルメスはしゃがみ込み、アレスは腕組みして立っていた。
エルメスたちの目の前には、謎の焼死体が岩を背もたれにして座っている。背後では、今回の事件に関連している合計三名の男女が不安そうな顔でエルメスたちの背中を見つめていた。
ゴクリ……、とエルメスは喉を一つ鳴らした。辻褄が合わない現実に、寒気を覚えていた。
「いったい、この人は誰なんでしょう……?」
死人に口なし。口どころか顔も何もかもがなくなってしまったその焼死体に問いかけるように、エルメスはつぶやいた。
――――――――――――
遡ること数時間……。
冒険者ギルド。それは主に、冒険者にクエストと呼ばれる仕事を斡旋する仲介業者。同時に、超常の力であるスキルを有する冒険者を管理し、時にはトラブルの仲裁をするなどして街の治安維持にも貢献している組織だ。
エルメス・ティーポットはそんな冒険者ギルドのイーストポール支部に勤める新人受付嬢である。彼女は支部長であるローズ・エルドレッドの部屋でコーヒーとクッキーを嗜んでいた。正直紅茶の方が好みだが、ミルクをたっぷり入れたコーヒーも好きだ。
支部長室に呼ばれた理由は、先日の連続失踪事件を解決した労いだということだった。だが当然、そんな理由だけで多忙なローズ支部長がいち受付嬢を呼びつけるわけがなかった。
ローズは頃合いを見て、微笑みながら一つのファイルをエルメスに手渡す。
「また頼むわね」
「え、まさか……」
ファイルを開くと、そこにはクエストの依頼書が挟まっていた。依頼人は冒険者ギルドイーストポール支部、依頼先は――アレス・フォルナクス。
「またですか!?」
自分の業務は受付のはず……そんな思いが脳裏をよぎるが、頼りにされて悪い気はしない。しかも、またしてもアレスとの仕事になりそうで少し期待もあった。
「何か事件なんですか?」
そうだろうなとほぼ確信しつつも、エルメスは形式的に訊いた。クエストの依頼先となっているアレスは、先日の失踪事件を見事解決に導いた料理人だ。料理人がなぜ探偵まがいなことを、という疑問はあるが、その能力はたしかだった。
「ええ、さっき通報があってね。どうやら無人島でおかしなことが起きたみたいなの」
無人島。たしかに、その響きだけでどこか事件の匂いがしてくる。島に行くとなると、どんな準備が必要だろうか。日時を決めて、港に行って、船に乗って……。エルメスがそんなことを考えていると、ローズはあっけらかんと言い放った。
「船は手配してるからアレスを連れて早速現場に向かってちょうだい」
驚いたエルメスは、食べていたクッキーが喉に詰まりそうだった。
「い、今からですか?」
「ええ。早くいかないと日が暮れちゃうわよ」
そう言いながら、ローズは優雅にコーヒーに口をつける。手元のコーヒーの色と同じような艶のある黒髪をなびかせながら、もう話は終わったとばかりに口を閉じた。
ローズの自信に満ちた赤い瞳に見つめられ、エルメスは手に持っていたクッキーを急いで頬張る。そして咀嚼もそこそこに、コーヒーで胃袋に流し込んだ。
「い、行ってきます……!」
その後は、かなり慌ただしいものだった。簡単に身支度を整えた後、アレスの店に行って事情を説明し、イーストポールの街から港へ向かうため馬車に乗る。港に着いてからは船貸し業者に事情を説明し、事前にギルドが手配していた小型帆船に乗り込んだ。5人前後が定員であろう全長10メートル弱の木造船だが、乗っているのはエルメスとアレス、そして船頭の3人だけだ。広さは十分な上に船首に簡易キッチンまであるのだから、ただの移動手段としては十二分である。
船が沖に出て、エルメスは右舷の手すりにもたれかかって一息ついた。ここから目的の島までは約一時間。船酔いに注意は必要だが、ようやくゆっくりできそうだ。頬を撫でる潮風が気持ちいい。
「海なんて久しぶりだなー」
帽子が風で飛ばされないように気をつけながら、並走して飛んでいる海鳥や絶えず動き続ける波に思いを馳せる。自由とはまさにこういうものなのだろうか。
そんなことを考えていると、不意に美味しそうな匂いがエルメスの鼻をかすめた。
エルメスが左を向くと、船首の簡易キッチンから煙が上がっている。乗船前に港で魚を調達していたアレスが、そこで調理を行っていた。
「おい、そろそろ上がるぞ」
アレスの宣言とともに、美味しそうな匂いがさらに強くなる。エルメスのお腹はエサを催促するように音を鳴らしていた。午前中にギルドを出てからずっとバタバタしていて、昼食はまだ摂っていなかった。甲板には簡易テーブルを設置済みで、準備は万端だ。
抗えない匂いに誘われて、エルメスはテーブルに着いた。
「うわぁ、おいしそう。いただきます!」
アレスが用意したのは三皿。刺身、焼き魚、そしてあら汁だ。量はそれほど多くないのでアレスとシェアすることになるが、海のど真ん中で贅沢は言えない。むしろ少量でも、アレスの料理が食べられると思えばこの上ない幸運だ。
エルメスはまず、刺身を一切れ頬張った。プリプリコリコリの身に、噛みしめる歯が喜んでいるように感じる。特にソースなどはつけていないが、濃厚な味がした。
「おいしい!」
「今が旬だからな。市場には売れ残りしかなかったが、その中でも状態がいいヤツを選んだんだ」
さすがの目利きだ。
エルメスは次に、焼き魚に手を付けた。パリパリの皮と、ふわふわの白身。ナイフとフォークで触れただけで期待が高まり、口に入れれば期待通りの食感が広がった。焼き立てホクホクを楽しんで、湯気まで余すところなく胃袋に落としていく。塩味の加減が絶妙だった。
最後にあら汁を流し込むと、濃厚な旨味が最高の後味を演出してくれる。
各皿を順番に食べているだけで、エルメスは自然と笑顔になっていった。
「全部おいしい! それぞれなんていうお魚なんですか?」
「それぞれっていうか、それ全部ニマっていう一種類の魚だ」
「ええっ!?」
驚いた。あまり魚に詳しくないという自覚はあるが、まさか今の三皿がすべて同じ魚とは思わなかった。調理法が違うとはいえほとんど調味料など使っていないのに、三種類の魚を食べた気分だ。
「すごいですね。同じ魚からでもこんなに違うおいしさになるなんて」
「しかもそいつは出世魚だからな。いつ食べるかで全然別の料理になっちまう」
「出世魚……成長に合わせて名前が変わる魚ですよね」
「ああ。それよりもっと小さい頃はマニって呼ばれてるんだが、その場合は丸々フリットにしちまうのも悪くねえ」
「おいしそう……」
想像しただけでよだれが出てきた。
「でも、不思議ですね。同じ魚なのに名前が変わるって」
「成長度合いで価値が変わっちまうから、区別するのにちょうどいいんだ。マニを仕入れる時に『小さいニマ』なんて言ってられないだろ」
「あー、たしかに」
「ちなみに、成長したニマのことは、オオニマって呼ばれてる」
「へぇ」
エルメスの魚知識がまた増えた。アレスといると、こうした食材の知識が増えていくのが嬉しいポイントの一つだ。
「ま、魚からすりゃあ勝手に名前変えんなって感じだろうがな」
そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。
「あ、準備しなきゃ! ごちそうさまでした!」
上陸に備えるため、エルメスは慌てて片付けを始めた。
ここが事件現場。緑に溢れた無人島――アイデン島だ。
――――――――――――
浜辺から伸びる簡素な桟橋を渡ってアイデン島に上陸する。桟橋にはエルメスたちの乗ってきた船の他に、もう一隻同じような船が停泊していた。
桟橋の上で、エルメスとアレス、そして出迎えに来ていた三人が向かい合う。中央にいるのが白衣を着た女性で、両脇には見るからに冒険者風の身なりの男二人。丸メガネの彼女はボサボサの茶髪を無造作にポニーテールでまとめていて、どことなく研究者のような雰囲気だ。
「冒険者ギルドから来ました、エルメス・ティーポットです」
腰を折って、まずエルメスがあいさつする。「そして」と手で隣のアレスを示しながら、
「アレスさんです」
と、アレスを紹介した。このやり取りにも慣れてきた気がする。
対して、白衣の女性がメガネを直しながら言う。
「スバル・モンタージュ。ワタシが通報した。で、彼らは護衛の冒険者たち」
スバルと名乗った女性はそう言いながら、半身になって男二人に場所を譲る。
「ハロルド・ジャンキット。Dランク冒険者だ」
少し背が高いが、体格自体は標準的といったところか。だが、目つきに妙な迫力を感じる。エルメスは手元の資料と照合して、確かにハロルドというDランク冒険者がいることを確認した。
「はい、確かに。あとは……」
もう一人の男はスバルの影に隠れるように、落ち着かない様子でコソコソしていた。
のっけから怪しい男だ。
「あの、お名前うかがってよろしいですか?」
挙動不審のその男に、エルメスは詰め寄った。もしかして早速事件解決なんじゃないか、などと思いながら覗き込むように顔を見る。
「ああっ!」
思わず、驚いて声が出てしまった。赤いモヒカンヘアのその男に見覚えがある。
モヒカン男はエルメスの声に肩を震わせ、観念したかのようにスバルの影から出てきた。
「ジーン・バリアーさん……ですね?」
エルメスは鋭い視線で、気まずそうな様子のジーンをジトッと見つめる。
ジーンは一つ舌打ちしてから、ボソッとこぼした。
「……なんであんたが来るんだよ」
「なんだお前ら、知り合いか?」
ハロルドが訊くと、ジーンは気まずそうに顔を伏せた。本人の口からは言わなさそうなので、エルメスが代わりに答える。
「以前、私が受付をしている窓口にいらっしゃったことがあって……」
どこまで言うべきかエルメスが迷っていると、ジーンは慌てて口を挟んだ。
「書類手続きでちょっと俺がミスっちまったことがあってよ。その時に色々手間取らせちまって」
ジーンがそう言うと、スバルもハロルドも「そんなことか」と興味を失った様子だった。
「さ、さあ現場に案内するぜ」
ジーンはそそくさと、先頭に立って浜辺に向かっていく。それに、スバルとハロルドもついていった。
「アレスさん」
彼らとともに向かう前に、エルメスはアレスに耳打ちする。
「本当はあの人、ランクを偽ってクエストを受けようとしたことがあって……その時は止められたんですけど」
「ああ、だから嬢ちゃんにビビってんのか」
「前科ありと考えると、今回も怪しいですよね」
彼がジーンだとわかった時から、エルメスはジーンを観察し続けていた。挙動不審な言動が、エルメスの猜疑心をくすぐり続ける。
そんなエルメスの心中を察したのか、アレスは握り拳の甲でエルメスの頭を優しく叩く。
「思い込みは捨てろ。まずは、現場を確認してからだ」
そう言って、アレスはジーンたちに続いて桟橋を渡っていった。慌ててエルメスも追いかける。
確かに思い込みはよくない。だが通報内容を考えると、やはり彼の関与は相当疑わしいと思えた。《火炎人形》という火炎系スキルを持つジーンが……。
現場は浜辺から10分ほどの場所にあるということで、エルメスはそこまでの道中でスバルからこれまでの経緯を聞いていた。スバルは抑揚のない声で、淡々と話す。
「ワタシがこの島に来たのは、古代遺跡の研究のため。彼らには護衛としてついてきてもらってる」
人の手がほとんど入っていない森の道を、一列になって往く。先頭にジーン、最後尾にハロルドがついた。多くはないが、この島にもモンスターが棲息しているため要警戒だ。
「ここ半年くらい、ワタシは何度か来てる。ま、たいした成果は上げられてないけど」
スバルは自嘲気味に笑って両手を上げた。
「ギルドの記録によると……最後に訪れたのは三ヶ月前ですか」
エルメスは資料を捲りながら、スバルの証言を確かめる。この無人島、アイデン島はギルドの管轄になっていて、立ち入りには許可を必要としていた。その立ち入り許可が本日と、直近だと三ヶ月前に出ている。そのさらに前は四ヶ月前で、スバルは今回が三度目の訪島らしい。
「人里離れた無人島だし何かあってもおかしくないって覚悟はしてたけど……」
スバルがそうボヤいているうちに、開けた場所に出た。
「まさか、こんなわけわかんないことが起きるなんて」
スバルは立ち止まり、後はどうぞといった感じでエルメスに道を譲った。
森の中の小さな広場。一部には研究機材と思われる荷物が積まれていて、中央付近にはランドマークのように大きな岩が鎮座している。
件の人物は、岩に背中を預けて座り込んでいた。判別もつかないほど全身燃やし尽くされた変わり果てた姿で。
「この死体、ですか……」
エルメスは花柄のハンカチで口と鼻を押さえながら、その焼死体に近づいていった。非常に独特で不快感を催してくる、ツンとした匂いが鼻につく。ほのぼのした自然が広がる無人島の中で、ここだけ張り詰めたような緊張感を覚える。
死体周辺の地面や岩は真っ黒に焦げていた。高温で熱されたらしいこの焦げ跡を見るに、どうやらこの人物はここで燃やされたようだ。服は燃え尽きていて遺留品はない。多少の金具や金属片が付近に落ちているが、身元を特定できるほどのものではなさそうだ。
「ワタシたちは手分けして島の探索をしてた。時間になって集合場所のここに来たら、これが」
スバルの説明を聞きながらエルメスはざっと付近を見回して、後方で居づらそうにしているジーンを振り返った。
「ち、違う! 俺じゃねえぞ!」
エルメスの疑いの視線を感じて、ジーンは慌てて手を振って否定する。
ここに焼死体があるというのは通報によってわかっていた。そして現場でジーンを見た時、エルメスは真っ先に彼を疑っていた。彼のスキルなら、焼死体を作り出すのは容易いはずだ。
「今回の問題は、そこじゃねえだろ」
アレスはたしなめるようにエルメスの肩に手を置いて、焼死体を観察する。
「……そ、そうですよね」
エルメスは気を取り直して、焼死体に向き直した。と同時に、浜辺でのアレスの言葉も思い出す。思い込みは危険だ。先の事件でもそうだった。
今回の事件、通報内容の時点で問題は他にあった。誰が誰を殺した、という単純な話ではなさそうなのだ。
「アレスさん。だとするとやはり、どういうことなんでしょうか……?」
「うーん……」
「この島に訪れたのは、あなたがた三人だけなんですよね?」
エルメスは首だけ振り返って、スバルに問う。
「そう。ワタシが船を借りて、ワタシたち三人だけでこの島に来た」
桟橋に停泊していたあの船がそうだろう。エルメスは頷いて、状況を整理した。
「この無人島に訪れたのは三人だけ。そしてその三人はここにいる……」
ゴクリ、とエルメスは喉を一つ鳴らした。辻褄が合わない現実に、寒気を覚えていた。
「であれば、この人はいったい誰なんでしょう……?」
存在しないはずの四人目が、突如死体としてそこに存在していた。




