File.1:冒険者連続密室失踪事件(15)
まだ事後処理でざわついているセレニス亭だが、事件は解決した。
「本当にすみません……! 私の早とちりで、お二人を犯人扱いしてしまって……!!」
邪魔にならないところで、エルメスはコールとマリアンに頭を下げて平謝りしていた。エルメス個人としても、ギルドの職員としても失態だと思った。危うく冤罪を生み出すところだったのだ。どんな叱責でも受け入れようという心構えで、エルメスはギュッと目をつむる。
だが意外にも、二人の反応は冷静だった。
「いや、俺も疑心暗鬼になっちまってたし……疑って悪かったな、マリアン」
「私こそ、もっと冷静になるべきだったわ」
エルメスが顔を上げると、二人は爽やかな笑顔を見せていた。そんな大人の対応に、エルメスの心も救われる。
「それに、あんたの推理だってなかなか説得力あったぜ」
「そうね。あの料理人探偵の弟子として、将来が楽しみだわ」
私は探偵でも弟子でもないのだが……そんなことを思いつつも、エルメスは事態を収拾できたことに安堵していた。なにはともあれ、これで仕事は完了だ。
「帰るぞ」
アレスはぶっきらぼうに言って、さっさとセレニス亭を出ていった。
エルメスはコールとマリアンに改めて謝辞を述べつつ、急いでアレスの背中を追う。
「アレスさん!」
セレニス亭を出て少し行ったところでアレスに追いつき、エルメスはまた頭を下げた。
「ありがとうございました! アレスさんのおかげで、無事事件は解決できました。まあ、私は足を引っ張ってただけですが……」
アレスは足を止め、エルメスに顔を上げるよう促す。
「何言ってんだ。エルメスのスキルと、帳簿の印への気づきがあったから、事件の謎が解けたんだよ」
「アレスさん……」
アレスは小さく微笑んでまた前を向いて歩き始めたが、少し行ってすぐに立ち止まった。
「そうだ。もう一回、俺のスキル視てみるか? 今なら視られるはずだ」
「え、でも……」
エルメスは戸惑っていた。スキルとは、その人にとって非常に大事な個性の塊だ。それを見ることは、プライバシーを覗き見しているようで気が引ける。これまでも、できるだけ使わないようにしてきたのだ。
躊躇うエルメスに「早くしろ」とアレスが手でジェスチャーする。本人がそう言うならと、エルメスは二度瞬きして《冷視》を発動させた。氷青色のエルメスの瞳が、アレスのスキル情報を読み取っている。
スキル名:絶品料理
効果:食材が持つ潜在能力を300%引き出すことができる
制約:一定時間、自身の味覚を失う
「えっ……!」
アレスのスキルを見て、エルメスは一つ得心がいった。エルメスのスキル《冷視》を弱体化させたり、ノーマンの代謝を異常なまでに引き上げたり――食材一つでそんなことまでできるのかと思っていたが、それらはアレスのスキルによって成し遂げられていたのだ。
だがそれ以上に、エルメスには気にかかるところがある。
「アレスさん……」
眉尻を下げ、悲しそうな目でエルメスはアレスを見つめていた。
料理人が味覚を失う――それはどれほどの苦痛になるだろうか。スキルの効果で味を引き出し効能を高めたとしても、自分ではその美味しさを確かめられないのだ。料理人ではないエルメスに詳しいところはわからないが、渾身の一皿を前に、不安も悔しさも募ることだろうと想像する。
「そんな顔するなよ」
アレスはしかし、あっけらかんと言い放った。
「俺はこのスキルに満足してる。俺には味がわからなくても、客には美味いもんが出せてるはずだからな。料理人として、このスキルと一緒に今までやってきたんだ」
自身のスキルとどう向き合うか。エルメスは、大きなヒントを得た気がした。
――――――――――――
「ご苦労だったわね」
後日。冒険者ギルドイーストポール支部、その二階にある支部長室で、エルメスはローズと対面していた。報告書をめくりながら、ローズはエルメスを労っている。
冒険者御用達の宿、セレニス亭で起きた連続密室失踪事件。ノーマンは二件の殺人と一件の殺人未遂で処罰されることとなり、事件を隠蔽していたパルマーにも、ギルドによる指導と罰金が科されることで、事件は終幕を迎えていた。ちなみに、すべての事件が起きた日にコールもマリアンも泊まっていたことについては、最初の一件は偶然だったとノーマンは証言している。だが二件目、三件目は彼らが宿泊する日を狙って、最悪の場合、罪をなすりつけられるようにと計画して犯行に及んだようだ。
「ありがとうございます」
エルメスはそう言いながら、出されたコーヒーに口をつける。
自身のスキルの秘密をエルメスはローズに隠し続けている。知る必要のないことだし、知らない方がお互いにとってプラスだと考えたのだ。周囲に知られることで悪い人に悪用されるおそれもあるし、冒険者にも余計な不信感や警戒感を与えかねない。秘密ばかりで心苦しさはあるが、エルメス自身が自制していれば、何事もなく済むはずだ。アレスにはすでに知られてしまっているが……そこは彼を信じるしかない。
「アレスもあなたのこと評価してたわよ。優秀な助手だ、って」
ローズが冗談めかして言った。コールたちと同じようなことを言われ、エルメスは苦笑いを浮かべる。
「いや、私はただの受付嬢ですよ」
「と、言うわけで――」
ローズは微笑みながら、何かのファイルをエルメスに渡す。
「また頼むわね」
「え、まさか……」
ファイルを開くと、そこにはまたクエストの依頼書が挟まっていた。依頼先は――アレス・フォルナクス。
「ええっ、またですか!?」
クエストの中身は、またしても探偵業務だった。
エルメスの苦労は、まだまだ続きそうだ。




