File.1:冒険者連続密室失踪事件(14)
「偶然じゃありません。なぜなら、あなたのスキルには、使用するとその後24時間は活動力が低下するという制約があるからです。つまり、スキルを使用した翌日は休まざるを得ないんです!」
ノーマンは両目がはち切れるほどに驚いていた。
「な、なぜそのことを……!!」
驚きすぎたノーマンは、勢い余って椅子から転げ落ちる。転落の音が、静寂な食堂に響き渡った。
そうか。エルメスがパルマーに印のことを聞いた時、アレスはこの事実に気づいていたんだ。エルメスはまた一つ、アレスに驚かされた。興奮のせいか、ずいぶん身体が熱く汗まで滲んできた。これが、事件解決のドーパミンというものなのだろうか。
「ノーマン……じゃあ、やっぱり君が……」
パルマーは苦悶の表情を浮かべていた。やり切れない思いがにじみ出ている。
絶望に沈んだと思われたノーマンだったが、パッと顔を上げて怪しい笑顔を浮かべた。
「なるほど、確かにいい推理です……でも、証拠がないでしょう? ぼくがやったって証拠が、どこかにあるんですか!?」
ノーマンは息を吹き返していた。と同時に、逆に他のメンバーは消沈していた。エルメスも同様だ。
アレスの推理は見事だと思った。ノーマンの様子からすれば、おそらく犯人は彼で間違いないだろう。だが彼の言うように、証拠がない。そもそも痕跡のなかった部屋から、被害者の生身の身体だけが消えたという事件だ。状況証拠はあるけれど、決定的な証拠と言えるものは本人の自供以外に存在し得ない。そんな状態で、果たしてギルドの方で処罰することができるのだろうか。
だがアレスは、エルメスの心配をよそに余裕の表情で口角を上げていた。
「な、なにがおかしい……!?」
ノーマンが訊くと、アレスは腕を組んでじっとノーマンを見下ろした。
「いや、そろそろ効いてくるころかと思ってな」
「効いてくる……? いったい何を――」
次の瞬間、ノーマンが急に悶え苦しみ始めた。四つん這いになり、お腹の辺りを押さえている。
「まさかアレスさん、食事に毒を!?」
「ええっ!?」
思わず恐怖して、全員が慌ててテーブルから離れた。だが、ノーマン以外には何も起きていない。
「んなわけあるか。俺は料理人だぞ。そんなマネするわけねえだろ」
エルメスとしてはそう信じたい。だが、このノーマンの苦しみようをどう説明したらよいのか。
みなの疑問に、アレスが答える。
「お前ら、汗かいてきただろ? 代謝がよくなって、かなり身体が熱をもってきてるはずだ」
確かにそうだ。まるでお風呂上がりのように、いやむしろサウナ上がりのように、身体全体が熱い。
「魚料理に使ったローザンヌマリーってハーブは言った通り、代謝を上げて毒素や異物を排出する働きがある。普通の人間が摂取すれば健康にも美容にもいいんだが……」
ノーマンが海老反りになると、その腹部には大きな黒い口のようなものが現れていた。思わずギョッとするような見た目になったノーマンは踏ん張るように呻き声を上げ、次の瞬間――
「わっ!!」
ノーマンの腹の黒い口からいきなり、黒い粘液でベトベトの人間が吐き出された。
アレスは得意げに頷く。
「ノーマンの身体は、無理やり取り込んだ人間を異物として吐き出したみたいだな」
その人間は服を着ておらず、体の表面は腐敗しつつある。腐りかけの臭いとおぞましい光景に、エルメスたちは思わず顔をしかめた。
「こいつ……ランドロスか!?」
恐る恐る顔を覗き込んで、コールが言った。
意識はないようだが、まだ息はある。
「三人目の被害者だな。思ったとおり、まだ完全には消化しきってなかったってわけだ」
これでノーマンの犯行であることが確定だ。明確な物的証拠まで現れて、もう言い逃れはできないだろう。
エルメスは手早くランドロスの脈を確認し、パルマーに医者を呼んでくるよう頼んだ。うなだれるノーマンを一瞥し、パルマーは振り切るように走っていった。
「……ノーマンさん。どうしてこんなことを」
エルメスはそう呟いた。ノーマンに答えを求めるというよりも、思わず漏れ出た独り言に近い。だが、ノーマンはそれに答えるように口を開いた。
「……全部、あいつらが悪いんだ。冒険者ランクがちょっと高いからって、よってたかってぼくのことをバカにして……」
言いながら、ノーマンの体は震えている。
「ぼくだって、ヒーローになりたかった……こんな体じゃなければ、ぼくだって……」
ノーマンの悲痛な思いに、その場の全員が口をつぐんでいた。特に同じ冒険者のコールとマリアンには、ランク社会とも言える冒険者界隈でのノーマンの苦悩が痛いほどよくわかっていた。
「ぼくのスキルで吸収すれば、力が手に入ると思った……いっぱしの冒険者になれると思ったんだ……でもCランクじゃ足りなくて、その後Bランクでも、Aランクでも、結局変わらなかった……」
三人もの冒険者を巻き込んだノーマンの企みは、しかし結果を伴わなかった。ノーマンの身体には、なんの変化も起きなかったのだ。
乱暴に扉を開け、パルマーが医者とギルド職員を連れて現れた。ランドロスの応急処置と、ノーマンの拘束が手際よく進められている。ノーマンはもう、何も抵抗しなかった。
連行される際に、ノーマンはアレスに視線を送った。
「……最初は、本当に偶然だったんだ。客室で気分が悪くなって休ませてもらっているうちに消灯時間になって……ちょっと慌てたけど、試してみたら何事もなく結界の張られた部屋を出られた。その時はただ、それだけだったんだ……」
ノーマンの呟きは、まるでその出来事がなければと後悔しているように聞こえた。
「冒険者の夢と、病弱の体……あんたの人生で大きなウェイトを占めるそれらを、一挙に解決できると思ったんだな」
アレスはまっすぐにノーマンを見つめ、さらに続けた。
「だが、あんたは大事なものを見落としてるぞ……料理の腕だ」
アレスは親指を立てて、食堂奥の厨房を指し示した。
「仕込みも器具の使い方も丁寧だし、何より、昼に食ったあんたの骨付き肉は美味かった。夢を追うのも悪くねえが……他人を殺して何がヒーローだ」
ノーマンを見つめるアレスの瞳に浮かぶのは、強い怒りだった。ノーマンは口惜しそうに奥歯を噛み締める。
「夢を追うだけじゃなく得意なことに目を向けていれば、むしろ何人もの人を救えていたはずだ。……それこそが、ヒーローってもんだろ」
語気は決して強くない。だがアレスの言葉には、ノーマンを断罪する力強さが宿っていた。




