File.1:冒険者連続密室失踪事件(13)
「え!? そんなまさか!」
ノーマンは何も言わず、ただじっとアレスを見つめている。
「あんたのスキル《接食》なら、二つ目のポイントも解決できる」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アレスに食って掛かったのはエルメスだ。ノーマンの弁護士でもなんでもないが、アレスの結論にはいくつか疑問がある。
「ノーマンさんはFランクですよ!? いくらスキルの効果としては筋が通っていても、遥かにランクが高い冒険者相手にどうやって戦うんですか!?」
エルメスの反論に、アレスは半ば呆れたように両手を上げる。
「お前なあ、まさか闘技場みたいによーいどんで戦い始めるとでも思ってんのか?」
「そ、それは……」
確かにそうだ。日常の中なら、不意打ちという選択肢は無数に存在するだろう。
「Fランクだからどうせ何もできない。それもまた、お前らの悪しき先入観だ。Aランクのランドロスや、他の被害者たちと同じようにな」
エルメスだけでなくその場の全員に、アレスは諭すように言った。
エルメスは反省していた。アレスの言う通り、ランクという肩書によって、無意識にその人を値踏みしてしまっていた。
「で、ここからは俺の推測だが――」
アレスはそう前置きして、推理した内容を話し始める。ノーマンは依然、ただ黙って耳を傾けていた。
「ノーマンはもう長い間このセレニス亭に泊まり続けていて、もはや住み込みの従業員と大差ない状態だ。そんな中、この宿に泊まりに来て顔見知りになった冒険者も多いだろう。その冒険者たちがノーマンもスキルを有する冒険者であると知っていたかどうかはわからないが、少なくとも病弱であることは周知の事実となっていたはずだ」
エルメス自身も、意識しなければ冒険者ということを忘れてしまうくらいにはノーマンはこの宿の従業員として馴染んでいるように見えていた。実際に常連客であるコールやマリアンの得心顔を見る限り、アレスの今の推測は概ね正しいのだろう。
「その状況が、結界の問題を解決するのに非常に効果的だったんだ」
「ど、どういうことですか?」
パルマーは今なお半信半疑といった様子で、アレスに尋ねる。一年近くも一緒にいたからこそ、まさかこの病弱なノーマンが、という思いが強くあるようだ。
「借りている部屋だとしても、普通はたいして関係値もない他人を自身の部屋に招くことはない。ましてや消灯時間も近い深夜となればなおさらだ。その点で、むしろ敵対しているコールやマリアンを被害者たちが部屋に上げることは考えにくいだろう」
コールとマリアンは疑いが晴れたことに安心して胸をなでおろした。
一人目の犠牲者サンディ・プルフェーズはコールの手柄を奪ったとされる冒険者だ。当然本人もコールから恨まれていることは知っていただろうし、そのコールと狭い部屋の中で対面しようなどとは思わないだろう。二人目の犠牲者チェルシー・モンブランはマリアンの恋敵であり、同様に部屋に招くことはないはずだ。もっとも、三人目の犠牲者ランドロス・カイロスについては、風評によればそうとも限らないが、その場合でも警戒はしていそうである。
「だがノーマンなら、荷物運びや料理の提供で部屋の中まで入っていくということはたびたびあっただろう。病弱かつFランクゆえの脅威のなさもあわせて考えれば、宿泊客の部屋に最も入りやすいのはノーマンだったはずだ。そして『体調が悪化したから少し休ませてくれ』とでも言えば、承諾する人も多いんじゃないか」
ここまでのアレスの説明に、エルメスも納得していた。どの犠牲者とも宿の従業員という点で関係値があり、部屋にいても最も警戒しなくてよさそうなのがまさにノーマンだ。
だが、それだけではまだ半分だ。エルメスの疑問に答えるように、アレスはさらに続ける。
「そして問題なのはスキル《接食》の効果についてだが……あんたたちは、ノーマンのスキルを知らなかったんだよな?」
アレスが視線を振ったのは、コールとマリアンだ。二人とも同調するように首肯した。
「俺は正直、気にしたこともなかった。冒険者だって聞いたことはあった気がするが、そういう目でノーマンのことを見たことはなかったぜ」
「私も。さっき聞いて初めて知ったわ」
「と、いうことは」
アレスはしたり顔で頷く。
「被害者たちも、ノーマンのスキルは知らなかった可能性が高い。仮にノーマンが部屋で体調を崩したフリをして被害者に寄りかかったりしたら」
その先は、今度こそエルメスにもわかった。まるで見ていたかのように、その場面の状況がはっきり脳裏に再生されていた。
「被害者たちはみんな、まさかスキルを使われるなんて思わずに受け止める! そして手首などの肌に触れたまま5秒が経過して――」
その先を口にするのは怖くなり、エルメスは怯える顔でノーマンを見つめた。
ノーマンは不気味に笑っている。
「……なるほど。でも、スキルに関してはぼくじゃなくても、マリアンさんでもあり得る話でしょう? あなたがさっきそう言ったんだから」
ノーマンの落ち窪んだその瞳から、挑戦的な色が垣間見えた。確かに筋は通っているが、それが必ずしも自身を示すものではないという自信が見て取れる。
「ここまでの話なら、そうだな。だが」
アレスは、一冊のノートを掲げてみせた。それは、セレニス亭の帳簿だった。
「ここには宿泊客がいつ泊まったかの記録が載ってるんだが、あんたの枠にだけは、あんたの稼働日も記されているんだ」
アレスは帳簿の中の、ノーマンの欄の丸印を全員に指し示す。そして、言葉に合わせて順番にページをめくる。
「一件目の事件、二件目の事件、そして三件目の事件。もちろんその前後もノーマンだけは泊まり続けているわけだが」
アレスは事件の翌日を指し示した。
「事件の翌日には、あんたが稼働したという印がついていない。他の日付を見る限り規則性はなさそうだが、事件の翌日だけは必ず無印だ」
その時初めて、ノーマンの顔色が変わったように見えた。元々血色の悪い肌が、一層青ざめて見える。
「そ、そんなの偶然じゃないですか? たった三回だけでしょう?」
エルメスも一瞬はノーマンの主張ももっともだと思ったが、すぐに理解した。自分の中でノーマンを容疑者から外していたから、気づかなかったのだ。
「――偶然じゃない」
つぶやきにも似たエルメスの言葉に、アレスは頷いた。その流れのまま、アレスは続きを促すようにエルメスへ顎を小さく突き出した。




