File.1:冒険者連続密室失踪事件(10)
夜の帳が下りる頃、冒険者の宿セレニス亭にて発生した失踪事件の関係者全員が食卓でアレスの料理を待っていた。調理の音だけが、無言の食堂に鳴り響く。
こんな状況だけどみんなで食卓を囲んで団欒気分――というわけにも当然いかず、場の空気は非常に重たい。
「飯なんて食ってる場合なのかよ。俺は犯罪者がいるかもしれねえこんなとこに泊まりたくねえぞ」
コールは悪態をつき、パルマーとノーマンは座ったまま押し黙っている。
「ねえあなた、あの人は何を考えてるの?」
「さあ……私はただ、指定された食材を買ってきただけなので」
マリアンに訊かれるが、エルメスは答えに詰まった。アレスからは何も聞かされていない。何かに気づいたような様子ではあったが……今のエルメスには、厨房で腕を振るうアレスを見ていることしかできない。
しばらくして、アレスが前菜を配膳し始めた。
「待たせたな」
各人の前に美味しそうな一品が並ぶ。
「おい。こんな状況で飯食ってる場合なのかよ?」
「いいから食っとけ。腹減ってたらイライラするだろ?」
「……ちっ」
コールは悪態をついてこそいるが、空腹には逆らえないようで素直に食事に手をつけ始めた。他の面々も、恐る恐るだが食べ始める。
「まあどこにでもあるようなサラダだがな」
アレスは謙遜してそう言うが、エルメスはその一品を見て、まず美しいと感動した。確かに食材はよくある野菜のサラダだが、どれも色鮮やかで盛り付けがすばらしい。食欲をそそるだけでなく、非常に芸術的だとすら感じた。アレスの料理人としての一面を初めて見て、面食らったというのが正直なところだ。
「美味しい!」
一口食べて、頬が落ちるとはこのことかと思った。見た目だけでなく、味も抜群だ。
「さらにスープだ。イーストポール産の香草で香り付けすることで食欲を刺激するとともに、腸の働きにもいい影響を与えてくれる」
一同がエルメスと同じような感動に包まれる中、アレスは次の品であるコンソメスープを順次配膳していく。
「さて、じゃあ事件の話をしようか。食べながら聞いてくれ」
刹那、空気が張り詰める。
二品目。美味しそうな香りを漂わせるコンソメスープに胃袋が本能的な稼働をする一方、頭の中には事件に関する理性的な動きが混在している。全員が、ただアレスの言葉を待つことしかできなくなっていた。
「ここ一ヶ月で三度同じような事案が発生しているが、どれも状況は似たようなものだ。泊まっていたはずの宿泊客が、翌朝には荷物も着替えもすべて残して部屋から消えていた。……パルマー、前日の夜には、全員分確認して結界を張ってたんだよな?」
アレスに指さされ、パルマーは素直に答える。
「ええ、そうです。いつもそうしています」
アレスは一つ頷いた。
「つまりパルマーの証言が正しければ、前日の夜には結界の中にいたはずが翌朝にはいなくなっていた、ということだ。連続密室失踪事件、と言えなくもない。ここまでいいな?」
アレスの総括に、一同は口を動かしながら頷く。
「その上で、今回の失踪事件のポイントは二つだ」
アレスは指を立てながら、一同の反応を見つつ話を進めていく。
「まず一つは、どうやってパルマーの結界を突破したのかということ。検証してわかった通り、各部屋は結界によって守られていた。だが犯人はどうやってその結界を突破したのか。なお、これもパルマーの証言が正しければという前提だが、結界そのものが壊されたわけではない」
「ほ、本当ですよ……!」
パルマーが弁明するように言っているが、アレスは聞き流して二本目の指を立てた。
「二つ目は、どうやって高ランクの冒険者を相手に一方的な勝利を収めたのかということ。部屋に争った形跡はないのに、冒険者本人だけが姿を消したのはなぜか、ということだ」
エルメスの考えていたことと同じだ。結局エルメスには、両方を満たす解法が見つからなかったが、だからこそ別の視点で考えていた。
「あの、アレスさん。失踪した冒険者本人が自分でいなくなった、という可能性はないんですか?」
問題を解決するには、それが一番手っ取り早そうだとエルメスは思っていた。だが、当然のようにアレスから反論が出る。
「冒険者三人が全員、全裸でか? 動機が不明すぎる」
「でも、何かしらの催眠状態に陥っていたとか。宿泊前に何か怪しげな術にかかっていて、深夜に作動するような……」
「可能性として全否定はできないが……外部犯を検討した時と同様、今は無視していい」
アレスがそこまで言うのなら、すでにこの中に犯人の目星がついているということか。エルメスはひとまずアレスの言う通り、ここにいない犯人の可能性はスープと一緒に飲み込んだ。
「で、まずは結界についてだが、これはスキル主のパルマーなら容易に突破できる。そしてコールにも可能性はあるな」
「な、なんで俺まで!?」
コールは焦った様子で立ち上がる。
「あんたのスキルなら、パルマーの隙をついて結界を張る寸前に部屋の中に忍び込めるだろう」
「ぐっ……俺のスキルは調査済ってわけか」
「優秀なギルドの受付嬢がいるからな」
アレスは自信満々に言い放つ。ギルドというよりは個人のスキルなのだが、そうと知られないようにギルドの手柄にしてもらえるのはエルメスにとってはありがたい。
「ま、ギルドに隠し事はできないわね」
マリアンも観念したように一つ息を吐いた。全員のスキル情報がわかっているという前提は、この後の話をスムーズに進めるのにちょうどよさそうだ。
「……あんた、もう白状したら?」
マリアンがコールをけしかけるが、当然コールは否定する。
「何言ってんだよ! 俺じゃねえって! むしろ、やっぱパルマーの方が怪しいだろ! 結界なんて自由自在なんだし!」
「バカねえ。結界がどうにかなったところで、パルマーがランドロスに勝てるわけないでしょ?」
「そりゃ俺だって……! ――いや、まあ勝負はやってみねぇとわからねえけど……」
コールの語尾がだんだん弱くなる。ランドロスに負けを認めたくはないが、実情として戦って勝てるとも思っていない。そんなコールの心境が漏れ出るため息に含まれていた。
アレスは彼らの言い合いを無視して、話を戻す。
「次に二つ目の、どうやって高ランク冒険者を消したのか、という話だが――」
言いながら、アレスはマリアンとノーマンに視線を送る。
「あんたたちのスキル、《亜空間》と《接食》なら可能性はある」
名指しされ、マリアンはありえないといった雰囲気で両手を上げて首を横に振った。
「バカなこと言わないでよ。私のスキルは、狙った個人単体だけを吸い込むようなことはできないわ。もし私がやったなら服だけ残るなんてことはないし、部屋だってもっと荒れたはずよ」
「……とか言ってるが、けっこう細かいコントロールしてるの見たことあるぞ。それに部屋なんて、後で整えればいいだけだろ。あんたの亜空間に吸い込まれちまったら、跡形も残らねえんだから」
さっきのお返しだとばかりに、コールはマリアンに指摘する。
「……というか、《接食》って何よ? 私初めて聞いたんだけど」
マリアンは自身に向いている矛先を、アレスが挙げたもう一人の容疑者であるノーマンに向けた。
「確かに。俺も聞いたことねえな」
コールも同調した。そこに、エルメスが説明役を買って出る。
「ノーマンさんがお持ちのスキルなんですが、5秒触れるだけでその食材からエネルギーを摂取できる、という効果らしいんです」
エルメスは自身のスキルで見た内容ではなく、パルマーから聞いた説明をそのまま横流しした。あまりに詳しく言ってしまうと、自身にまた別の疑いの目が向けられかねない。
「これまで考えたこともなかったが、人間も食材と言えなくもないか……非常に残忍だが……」
パルマーは唸るように呟いた。ノーマンのスキルをそんな風に見たことはなかったのだろう。エルメスも初めて聞いた時には、そんなこと考えもしなかった。
それは本当か、と問いたげなコールとマリアンに、ノーマンは小さく頷いた。
「そ、その通りです。でも……」
ノーマンは怒りというよりも困惑したような様子で、アレスに訴えかける。
「ぼ、ぼくは、病弱だし、冒険者相手にそんな何秒も触ってられませんよ……。そもそも、どうやって結界の中に入るんですか」
「ノーマンの言う通りよ。私たちじゃあ、そもそも土俵に立てないじゃない」
マリアンとノーマンの言う通りだと、エルメスも思った。考えれば考えるほど、やはり結局のところ二つの問題を同時にクリアできる人はこの中にいないのではないか、という考えが強くなってきた。
「ともかく、これで状況は整理できたな」
言い合っているうちに、アレスはいつの間にか次の品を用意していた。次に持ってきたのは、焼いた白身魚だ。
「このハンマー鯛は産地が遠く状態がいいとは言えねえが、この辺りで取れるローザンヌマリーというハーブを使えば香り高く柔らかく仕上げることができる。こいつは血行を促進し基礎代謝を高めてくれる上、体内の毒素や異物を排除してくれるすぐれものだ」
アレスが説明を言い終わるかどうかというタイミングで、エルメスは魚を口へ運んだ。香ばしい香りがずっとエルメスの鼻腔を刺激し続けていたのだ。
「うんっ!」
やはり美味しい。
ハンマー鯛といえばどこにでも売っている普通の魚だ。額にあるコブがハンマーと同じくらい硬くハンマー代わりに使われていた、というのが名前の由来らしい。額と同様に身も硬くパサパサしていてあまり美味しい魚とは認識されていない食材だが、アレスの提供したこれは噛むとふわっとした白身とカリッとした皮目が食感として小気味よいリズムを奏で、口の中にふわっとローザンヌマリーの香りが広がった。アレスの説明の通り体が温かくなってきて、血流がかなりよくなっているようにも感じる。
「あ!」
絶品のハンマー鯛に舌鼓を打ちながら考えていると、ふとあるアイデアが思い浮かんだ。その瞬間、エルメスは思わず金槌で叩かれたかのように立ち上がる。連動して、栗色のツインテールが小さく跳ねた。
ナイフとフォークを両手に持って直立するエルメス。絵面だけだとなんだか食いしん坊な女の子にしか見えず恥ずかしいが、それ以上に閃きによるドーパミンが気持ちよかった。
「アレスさん! わかりましたよ!」




