第8話 転居
「……」
王都エルディブレムにマリは移住する事が決まった。
キールは荷物をまとめつつ、簡単な掃除をして引っ越しの準備をする。
杖を片手に、ミック翁が重い顔をしてやって来て、
「めでたい事じゃ……と言って良いのかのう。 キール君や」
と小声で呟いた。
「何も、めでたくは無いですよ」
キールも小声で呟くが、それは掃除機の音に紛れて消えていった。
「……もし困った事が起きたら、若様をお頼りすると良い。 ワシからも一筆書いておくぞい」
「ありがとうございます。 でも、出来れば……そんな事が起きなければ良いんですが」
何度か首を振ってから、独りごちるようにミック翁は言う。
「ケレミアちゃんは、片目が潰れて帰ってきた。 なのに父親は大変に名誉な事じゃと笑って言うたんじゃ」
キールも知っている。
あの時のケレミアは痛ましくて見ていられなかった。
彼女の母親はって?
とうの昔に離婚して一人だけ逃げている。
「……」
「酒の飲み過ぎで、ヤツもすぐに笑えんようになったんじゃがな……」
それだって知っている。
ケレミアは一度だってその後、墓参りをしていない。
たまらなくなってキールは口にしていた。
「【聖女】以外の仕事も、恋愛も結婚も出来ない。 好きな人との子供も育てられない。 【悪魔】としょっちゅう最前線で戦わされて。 挙句に怪我をしたら、死んだら名誉。 それが【聖女】の仕事だって俺も知っています。
でも俺はあの子に好きなように生きて欲しかった。 結婚とかはあの子の自由だ。 あの子が決めて、あの子の自由にすれば良い。 だけど……命の危険があるような仕事だ。 せめて本人が自分の事を決められる年になってから!」
ミック翁は黙って首を横に振った。
かつてハルビ公爵家に執事として長く使えていた時、彼もまた見てきたのだ。
「キール君よ、それはエルディブレムでは絶対に口にするんじゃあないぞ」
「……はい」
「パパ!」
そこに顔をクシャクシャにしたマリがやって来たので、キールは思わず抱きしめた。
マリは抱きしめられた瞬間に小さな子供のように泣き出した。
「どうした、マリ?」
「今ね、エーニ達が来てくれて。 今日中にエルディブレムに引っ越すって知ったみたいで。 これ、くれたの」
『元気でね』
『大好きだよ』
『ずっと友達だから』
恐らく時間が無くて沢山は書けなかったのだろう、短い文章がしたためられた小さな手紙が何通も。
「そうか。 エーニちゃん達が、一生懸命に書いてくれたんだな」
「パパ、ごめんね、ごめんね……!」
キールはそれだけで泣きそうになった。
この子がここまで涙しながら謝らなきゃいけない理由が、一体何処にあると言うのだ。
「マリは何も悪くないさ。 また落ち着いたらお返事を書こうな」
【聖騎士】の騎乗した【機鋼魔兵】部隊に物々しく囲まれた上に、大きな高級車に乗せられて、友人知人と別れを惜しむろくな猶予さえ与えられず。
【悪魔】が出現した次の日には、キール達は王都エルディブレムに連行されたのだった。
◆
エルディブルース王国の冠たる都は、往時と変わらずどこもかしこも賑やかだった。
キールは泣き疲れて寝てしまったマリの頭を撫でながら、車の窓から景色を見やって呟く。
「まさか、十五年ぶりに戻ってくる事になるなんてな……」
ややあって、マリが小さく呻いて起きた。
しばらく目を瞬かせて都会の景色を見ていたが、
「パパ、ここ……? ここがエルディブレム?」
「そうだよ、マリ。 この都に、王宮や【聖女委員会】の本部のような、この国の中枢の大半があるんだ」
「建物、全部大きいね。 ノノ山みたいに大きいや」
「そうだな。 でもノノ山と違って、てっぺんに登ってヤッホーと大声を出しても山びこは帰ってこないぞ」
その時、建物の色が変わった。
番人達が守る大きな門を通過したと思ったら、青と白を基調とした清浄な色合いの建物ばかりが続く通りに入ったのだ。
「……いよいよ【聖女委員会】の本部だ」
「ここが……」
マリは、キールの手をぎゅっと握りしめた。




