第7話 尋問
ダジュ・タウンの大教会には大勢の人間が避難していた。ミック翁やハルビ公爵達の姿もその中にある。
「おい! おい! 無事だったんだな!?」
真っ先にキール達の元へ駆け寄ってきたのはハルビ公爵のあの息子だった。
婚約者の方は安堵の余りに胸を押さえて床に座り込んでしまっている。
「どうにか、逃げられましたよ」とキールは苦笑いした。
「バカだな、貴様はバカだ……」
小声で悪態をつきながら、彼は下を向いて何度か首を左右に振った。
その肩を父のハルビ公爵が優しく叩くと、消えそうな声で「……ありがとう」と言った。
「おお、マリちゃん!」
ミック翁は杖を取り落として泣き出してしまった。
「無事だったんじゃな、良かった、良かった……」
「ごめんなさい、パパが心配で――」
「ええい! このバカめ、バカめ!」
ミック翁は泣いたかと思うと突然怒りだした。
杖を拾ったかと思うとそれでキールを殴り出す。
力はこもっていないからほとんど痛くは無かったが、キールは抵抗出来なかった。
「大事な娘にこんな心配をかけるなんて。 バカめ、このバカ親父め!」
「す、すみません……」
「ミック爺や、その辺りにしておけ」
ハルビ公爵が取りなしてくれてやっとミック翁は引き下がった。
「若様がそう仰るのなら……」
公爵は軽く溜息をついて、
「しかし、良く無事だったな。 ケレミア様が『来た』と仰った時にはもう……誰もが駄目かと思ったのだぞ」
キールはヘラヘラと笑いながら口にする。
「俺も逃げ足だけは速いので、どうにか……」
マリは父親の手をそっと握りしめた。
◆
――数時間後、同じ大教会の地下室。
普段は物置として使われているそこは、今だけは尋問部屋のようになっていた。
「結論から言おう。 【悪魔】が誰も殺さず痛めつけず逃げるなんて絶対にあり得ない。 って事は【聖女】が【悪魔】を追い払った、もしくは討伐した、って事になる。 だが私達は何もしてないのにノノーラ湖に【悪魔】はいなかった。 出現した『痕跡』は確かにあったのに、だ。
おい、キールさんよ。 マリちゃんが【聖女】として目覚めたんだな? だからマリちゃんはアンタを助けられた。 そうだろう?」
聖女ケレミアが椅子に腰掛けて、独眼でキールを見据える。
が、キールは堂々と嘘をついた。
「いや、俺は無我夢中で逃げてて……」
「キールさんよ」
聖女ケレミアは修道女の格好に似つかわしくない、血生臭い言葉を言う。
「良いか。 これは今のところは尋問だ。 だがアンタの態度如何では直ちに拷問に切り替わる」
「だから本当に俺は――」
「私らと出会ったあの時には、既に追い払った後だったんだろう? そうだな、でなきゃあの場所を悠長にトコトコ歩いてなんかいられやしない」
キールは内心では舌打ちしたが、それを隠し通してこう言った。
「その、本当に俺は何も知らないんですよ」
聖女ケレミアはため息を吐いた。
「……キールさんよ。 私らだってアンタを拷問したくは無いんだ。 アンタは何年も真面目に詰め所で警邏兵として働いていた。 マリちゃんを男手一つで大事に育てながらだ。 そりゃこの辺りの誰もが知っている。
アンタはマリちゃんが可愛いんだ。 マリちゃんを【聖女】なんぞにしたくないんだ。
……そうだな、簡単に片目を失うような仕事なんか、普通の神経している親は嘘ついてでも泣いてでも絶対に辞めさせるさ」
ケレミアが眼帯を外すと、そこには凄まじい傷痕があった。
「だがなキールさん、アンタは全く分かってないよ。 私ら【聖女】が【悪魔】共と戦うのは本能なんだ。 あの子は何度だって【悪魔】の所に我知らずに行ってしまう。 その時にあの子が戦う術を知らなきゃ、自滅するのだって時間の問題さね」
「そんな事を言われても困りますってば」
「……そうか。 だったら仕方無いね。 おい」
ケレミアの声一つで、周りにいた【聖騎士】達が動いた。
キールを机の上に組み伏せて右手を大きく開いた状態で固定する。
その小指の真横に大きなコンバットナイフが深々と突き刺さった。
「――10秒だけ数えてやるよ。 まずは小指から行く。 アンタにも20本の指が生えていたはずだ」
マリの顔を思い浮かべて、キールは無表情で断言した。
「知らないものは知らないし、分からないものは分からない。 それだけですよ」
「そうか。 私の父親もアンタみたいな男だったら良かったのに。 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――」
教会の地下室の扉が開いて、別の【聖騎士】が入ってきた。
「自白しました」
「っ!?」
キールは暴れたが、4人がかりで抑えられているため顔を動かす事さえ出来ない。
「……。 だろうと思ったよ」
聖女ケレミアは部屋を出て行って、泣きじゃくるマリを連れて入ってきた。
まさか隣部屋で見聞きせていたのか!
キールはこれでもかと藻掻いたが徒労だった。
「パパを放して!」
マリの半泣きの声を押しつぶすかのような、ケレミアの威圧的な声がする。
「それは出来ない。 マリ、アンタはすぐにでも王都エルディブレムに行って、【聖女】としての訓練を受けて貰う。 そして一生涯【悪魔】と戦うんだ」
「マリ、駄目だ! 止めてくれ!」
キールは吠えるように悲鳴を上げた。けれど震えるマリの声で、
「……そうしたら、パパを放してくれる?」
「ああ、勿論だ。 余計な危害を加えずに解放してやる」
それだけは嫌だ。
キールは全力で暴れるが、びくともしない。
「マリ! マリ逃げろ!」
「……分かった」
――ああ。
キールは全身から力が抜けてしまった。
体が自由になっても動かす気力が湧かない。
ただ顔を、視線をのろのろと上げて、娘を見つめた。
「マリ、ごめんな……」
「……」
マリは何も答えなかった。
青い顔をして震えていた。
聖女ケレミアは【聖騎士】達に指示を下す。
「新たな【聖女】の覚醒だ。 【聖女委員会】の本部に連絡しな。 初陣で【悪魔】を追い払った力の持ち主だ、盛大に歓迎させるんだよ」




