第6話 覚醒
キールは逃げようとして足がもつれて転んでしまった。
その彼を、マリの形をしたモノはニコニコと笑いながら見つめている。
「どうしたの、パパ?」
マリに似たソレの影は、巨大な四つ足の獣の形をしていた。
「……」
マリを独りぼっちに出来るものか。
咄嗟にキールは警邏兵に支給された小口径の拳銃を構えた。
だが撃とうとして、手が少し震える。
――目の前にいるソレは、間違いなくマリの姿をしていたから。
畜生、女神様、と半ば祈るように狙いを外して撃った瞬間、ソレは崩れた。
それまでは曲がりなりにも人の形をしていたのに、目も鼻も口も溶けたおぞましい何かに変貌したのだ。
どうにか四つ足の獣の形をしているが、こんな全身至る所にマリの人面が付いている獣なんて存在する訳がない。
「――ぱぱあああぁああああああ!!!!」
撃った。
今度こそ狙い定めてキールは撃った。
全弾撃ち尽くしたが、無駄だった。
命中したはずの弾丸が不可視の壁のようなものに弾かれたからだ。
絶句するキールを見て、ソレは確かに嗤った。
「おいしそおおおおおおおおおだよおお、ぱぱああああああ!」
びゅうん、とソレは飛び上がった。
声も無く悲鳴も出せずに見上げるキールの頭上からソレは襲いかかってきた。
「パパ!」
キールは思わず目を覆っていた。
まばゆい光が辺りを包み込んだかと思うと、【悪魔】の絶叫が響いたのだ。
「【聖女】だとおおおお!? くそがあああああああああ!!!!」
――逃亡していく【悪魔】の喚き声を聞きながら、キールは目を開けた。
半ば呆然としながらも、自転車で一目散に彼に向かってくるマリを見つめる。
彼女は、どうしてか知らないけれど野球のバットを背負っていた。
「パパ、大丈夫!?」
自転車から飛び降りて、マリはすっ転んでいるキールに駆け寄って揺さぶった。
どうにか起き上がったキールは、どうして、と思わず口にする。
「マリ、どうしてここに来た……!」
ミック翁に連れられて、聖女ケレミアのいる安全なダジュ・タウンに逃げてくれていると思ったのに!
彼の娘は、しばらく黙った後で目をそらした。
「……分かんない。 でも、ここに来なきゃいけないって、凄く焦って……」
「絶対に来ちゃ駄目だって言っただろうが! 【魔災】の中心地には! とにかくケレミア様のいるダジュ・タウンへ逃げろって! 何度も言っただろう!?」
「パ、パパこそどうしてここにいたの!」
「パパは仕事だったんだ!」
「でも!」
「良いから逃げるぞ! ここにいたらまた襲ってくるかもしれない!」
「う、うん」
◆
ダジュ・タウンに向かう道を小走りに歩いていると、ふと、マリが呟いた。
「あたしにも……よく分かんないの。 何でなんだろう……」
「マリ?」
「【悪魔】をやっつけなきゃいけないって、突然思ったの。 誰にも何も言われていないのに、ノノーラ湖に行って戦わなきゃって、突然思ったの……」
「……」キールは咄嗟にマリの手を握りしめた。「良いか、マリ。 絶対に誰にも言っちゃ駄目だ、それは」
「パパ?」
「それは恐らく……マリが【聖女】だって事なんだ」
父親の手が震えていたので、マリは不安と驚きの混じった顔で見上げる。
「聖女……でもパパ。 あたし、【聖女】になっちゃいけないって事?」
「最前線であんな【悪魔】と戦わなきゃいけない、恐らくこの世界で一番危険な仕事なんだ」
「だけど、パパを助けられたよ?」
「パパはマリを危険な目に遭わせるのが何よりも怖いんだ。 パパの知り合いだった【聖女】は、二十歳になったばかりなのに悪魔と戦って命を落とした。 命があっても、手足が無くなった人だって大勢いるそうなんだ……。 ダジュ・タウンのケレミア様だって、片目が無いだろう?
マリが大人になって、自分の頭でしっかり考えた上でそうするって決めたのならパパも反対しない。 でもマリはまだ15歳なんだ。 パパの大事な子供なんだ。 それなのに他の大人の都合で勝手にマリの人生を決められたりしたら……」
「でも!」
「繰り返すけれど、大人になって、自分でちゃんと考えて決めてから生きていけるようになったらだ。 だけど今は駄目だ。 頼むから絶対に誰にも言わないでくれ、マリ」
「……」
マリは不満そうな、けれど何とも言えないような悔しそうな顔をして黙り込む。
『動くなっ!』
咄嗟に声のした方を見たキールはすぐさま両手を挙げて、頭の後ろで組んだ。
「マリ、パパみたいに両手を頭の後ろで組め」
「う、うん」
マリも倣ったところで、巨大な【機鋼魔兵】が4機も姿を見せて、これまた大きな銃剣を突き付けながら2人を囲む。
『おや、【悪魔】かと思えば詰め所のキールさんにマリちゃんじゃあないか』
【聖女】ケレミアが対悪魔用ライフルを持った【機鋼魔兵】に搭乗していた。
『――が、その姿を真似た【悪魔】だって可能性もある。 おい、これを浴びな!』
ケレミアは容赦なく聖水の詰まった大きな瓶を放り投げ、それが2人の頭上に到達した瞬間にそのライフルで撃ち抜いた。
咄嗟にキールはマリを抱きしめて庇ったが、2人ともびしょ濡れになる。
『――ようし、本物だ。 キールさんにマリちゃん、急いでダジュ・タウンの大教会に避難しな。 おい【聖騎士】の野郎共、このままノノーラ湖に行くぞ!」』
『『イエス・マム!』』




