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聖女のパパも楽じゃない  作者: 2626


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35/38

第35話 天上天下

 足下に、愛する王都。

 頭上に、美しい星空。

 手中に、憎いルリアナ。


 カルローニアは、まるで天上天下を我が物にしたかのように直線的に進んでいる。


 カルローニアの望みはただ一つ。

 ルリアナの産んだ子を殺すこと。


 カルローニアの願いはただ一つ。

 ルリアナの絶望する瞬間を見ること。


 カルローニアの希望はただ一つ。

 侮られた我が子の尊厳をルリアナの絶望を以て雪ぐこと。


 愛しむべき王都を決して壊さぬよう、慈しむべき民の一人も断じて踏み殺さぬよう、丁寧に優美に歩きながら。

 カルローニアは相変わらず、慈悲深く微笑んでいる。


 淑やかに城門を越え、王都の外へ。

 そうすると、目の前に広がるのは、長く長く、王国に潤いと恵みをもたらすエルディーベ河。


 その対岸に。


 殺しても殺したりぬほど憎い女が、カルローニアの(はら)から奪って生んだ肉塊(・・)の乗る【機鋼魔兵】――。



 『――ああ』

体が焼けそうな激情とは裏腹に、カルローニアは優しく温かく穏やかな声で言った。

『私の可愛いマリールイア(・・・・・・)。 そこにいたのね。 今、その忌まわしい肉塊から、母様が助けてあげるから』

彼女の手の中から、雑音。

「やはり【悪魔】、まともな理性など持ってはいないか……」

『お黙り』


 ぎゅう、と手に力を僅かに込めるだけでくぐもった悲鳴。


 ああ。

 何て清々しいの。


 ええ、そうだわ。

 あの肉塊を引き裂いて心臓を、魂を取り出して。

 もう一度この腕に我が子を抱くことが叶ったなら。

 その他の何も要らないと思えるほど、きっと幸せなのだろう。


 カルローニアは両手を広げながら差し伸べる。


 『こっちにおいでなさい、可愛いマリールイア――』



 我が子を抱く女神に似た【悪魔】が渡河しようとした瞬間。

その背後から『ミッドナイト』が襲いかかった。


 「させるか!」

マジックワイヤーランスが【悪魔】の胴体を貫通し、そのまま王都から引き離すようにして大河に落とす。

「マリは俺の娘だ!」


 『あら……? もしかして、貴方、キール・ハルフィールド?』

河の中から立ち上がった【悪魔】が、『ミッドナイト』を見て微笑んだ。

『相変わらず乱暴ね。 淑女に対する礼儀ではありませんわよ』


 「王太后様!? どうして【悪魔】に……」


 愕然としながら、キールは己が大失態を犯したことに気付いた。


 マジックワイヤーランスのワイヤーの巻き戻しが、出来ない。

違う。

兵装は精一杯ワイヤーを巻き戻そうとしているのだが、向こうの方が力と重量が圧倒的に上になったのだ。


 その間も大河の水を吸収して、彼らの目の前で【悪魔】はますます巨大化していく。


 『でも、キール。 私はセイの事情も知っています』

【悪魔】は戦慄(わなな)く『トワイライト』を右目で、左目で身構える『ミッドナイト』を別々に見つめる。


 独身であることを義務づけられる大聖女でありながら、先代国王の子を妊娠したルリアナ。

産まれるべきではなかった彼女の子マリを、王国で保護する代わりに、その出生の事実を隠蔽。

代価として【聖女委員会】は王国と『協定』を締結。


 そうすることで、全ては誰にとっても上手く行くはずだった。


 ――そう。


 ルリアナが、カルローニアの流産を侮辱しなければ。

 ルリアナが、セイを暗殺させようとしなければ。

 ルリアナが、力の強い【聖女】だと判明した我が子を殺そうとしなければ。


 今もなお、カルローニアは我が子セイの決断と意志を尊重し、ルリアナへの凄まじい憎悪を薄皮一枚で堪えていただろう。


 『貴方はとても頑張って、そこの肉塊を育てたのね』


 ぶちん。


 マジックワイヤーランスのワイヤーが、まるで毛糸のように切断された。

 

 「逃げろマリ!」

キールが叫んだ直後、凄まじい衝撃が『ミッドナイト』を襲った。

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