第34話 裏目
【機鋼魔兵】全10機大破――戦闘不能。
「……どうして……」
【聖女委員会】の本部でルリアナは戦慄きながら、そればかりを繰り返している。
◆
もう邪魔なセイもいない。
鬱陶しいヘイゾー博士も監禁することに成功した。
ハルビ公爵の暗躍も直前で阻んだ。
その上で、いずれ強力な【悪魔】になりかねない危険分子を排除し【託宣機構】に捧げるため――所詮は全て捨て駒とは言え――倍の数で襲わせた。
全ては彼女の計画通りだった。
【悪魔】から世界を守るための一切の計画が、今まで順調だったはずだった。
なのに。
何故だ。
【託宣機構】の存在と正体が全世界に知られた。
何故だ。
捨て駒がたった1機に殲滅された。
何故だ。
この女が何故【悪魔】になったのだ?
◆
【聖女委員会】本部の大聖堂の強固な結界も厳重な防御システムも建物さえも、その足で踏み潰すようにして、【悪魔】はルリアナの前に降り立った。
『【悪魔】のルリアナ、久しぶりね』
……捨て駒とは言え。【聖女委員会】本部が保有する【聖騎士】の大半をつぎ込むよう命令したのが、完全に裏目に出た。
現在、本部にいる【聖女】はろくに戦えない者ばかりだ。
『ただでは殺さないわ』
『お前の眼前で、お前の産んだ娘を奪うまでは』
【悪魔】は彼女を見据えて、女神のように慈悲深く微笑んだ。
「カルローニア……」
ルリアナは戦慄きながら、その名を呟いた。
◆
大聖女ルリアナは、【聖女】としての力がとても弱い。
あまりにも弱かったから、先代の大聖女から跡取りとして選ばれたのだ。
『貴女はどう足掻いても【悪魔】にはなれない。 きっと人のままこの世界を守れるでしょう』
そうやって、【託宣機構】の真実の継承と共に託されたのだ。
だから、彼女は自力では【悪魔】を1匹も討伐出来ない。
震えているルリアナに、【悪魔】カルローニアは穏やかに告げる。
『お前が私を【悪魔】にしたの』
楽しそうに、上品に、優雅に。
笑いながらカルローニアはルリアナを拉致すると、誰にも妨げられぬまま、【聖女委員会】の大聖堂から立ち去っていった。
◆
星が綺麗な夜だった。
――キールはコックピットの中で水を飲みながら、モニター越しに夜空を見つめている。
「なあ、セイ」
彼はレベッカにも聞かれないように呟いた。
「死ぬなよ。 ヘレネちゃんって怒らせるとマジで怖いんだぞ」
『よし、これで……「ナイチンゲール」も無事に再起動するわ。 お待たせ、マリちゃん』
休憩がてら【聖霊】の修復を行っていたレベッカが、不安そうに待っていたマリに話し掛けた。
ただでさえ情報処理で忙しい戦闘中に修復すると、【聖霊】の人格部分に致命的なエラーが発生しかねなかったので、一度【機鋼魔兵】を停止させた後にやる必要があったのだ。
「ありがとう、レベッカさん!」
『さんなんて要らないわよ。 だってマリちゃんはアイツの娘でしょ?』
アタシはアイツの相棒だもの。
レベッカはそう言って笑った。
ほんの少し。
マリは考えてから、次いで『モルゲンローテ』の【聖霊】『エコーズ』を修復しているレベッカに訊ねた。
「……ねえ、レベッカ」
『うん? どうしたの?』
「パパの過去を知っているの?」
『あら、アイツの若い頃を知りたいの?』
キールがぴっちぴちの時からの長い付き合いよ。
レベッカは戯けた様子で言った。
マリは、少し唸った。
「うーん……。 パパってあたしと暮らす前はどんな人だったのか、そう言えば聞いたことが無かったなあって思って――」
ずっとパパと一緒に暮らしていたから、それが当たり前だと思っていたけれど、【聖女委員会】に来て色んな人と出会って、そうじゃなかったって知った。
あたしは確かにまだ子供かも知れない。
でも、毎日成長しているんだよ。
「あんなに強いのにそれを隠してて、でも反抗期のあたしに手を焼いていたんだよ? あたしのママについて聞いても絶対に答えてくれないし……。 良く考えたら、凄くおかしくない?」
ほんの少しの親への反抗心と、世界への興味と、若さ故の直向きさ。
それらが今のマリを動かしている。
レベッカはメモリーの中のキールの全データを参照してから、答えた。
『全くおかしくなんて無いわ、それがキールだもの。 でも、そうねえ……ええ、マリちゃんにはキールの過去を知る権利がある。 大事な大事な娘だもの。
でもね、知る権利があることと知る覚悟があることは全く別なのよ』
「覚悟……」
その言葉のずしりとした重みに、マリは身震いした。
『かく言うアタシだってキールの全部を知っている訳じゃないわ。 家族や相棒だからって、相手の何もかも手に入れて理解できるなんて思うのはただの傲慢よ。
それでも――そうね、もしも「知ったとしてもそのまま受け入れる」覚悟があるのなら、それは正しく――愛で、優しさなんじゃないかしら』
アイツにはその覚悟があるわ、とレベッカは断言した。
覚悟。
権利。
愛。
優しさ。
考えても今は頭が混乱するきりで、マリは操縦席にもたれかかる。
「……。 良く分かんないけれど……でも。 あたしのママって、どんな人なんだろう……」
その瞬間、『ナイチンゲール』が話し出した。
『【聖女委員会】本部に【悪魔】と推測される巨大エネルギー反応が発生。 発生直後から王都より離れ、当機「トワイライト」の存在する現在地へと直進中。 急ぎ対応をどうぞ』
「――えっ!?」
マリは飛び起きて、咄嗟に操縦桿を握りしめる。
直後にキールから通信が入った。
『マリ、「トワイライト」を操縦しろ。 この草原で【悪魔】に暴れられたら、動けない3人が全滅だ。 エルディーベ河で迎撃するぞ!』
「うん! 分かった!」
クラウスやシルバー、ケレミアが見送る中、すぐさま両機は移動していった。




