第31話 変貌
王太后カルローニアは蒼白な顔をして、セイが担ぎ込まれた手術室の前の椅子に腰掛けている。
先ほどまでは国王もいたのだが、どうしても外せない火急の仕事が入ってしまったそうで、悔しそうな顔をして走って行った。
逮捕したベルデッガーは『私が殿下を刺しました。 如何様な処分でも受けるつもりです』としか言っていないそうだ。
けれど。
けれど。
彼女にはこれを指示した黒幕の名前が良く分かっていた。
大聖女ルリアナ。
カルローニアの夫であった先代国王の浮気相手でもある。
◆
30年前、彼女は流産した。
3人目の子を、無事に産んでやることが出来なかったのだ。
上が男の子2人だったので、尚更に待ち望んでいた女の子だった。
それが原因で夫婦の営みを彼女はどうしても受け付けなくなり、夫との間に亀裂が入っていき、やがて修復不可能なほど2人は険悪な夫婦となった。
男女の愛は無くなってもまだ夫婦の情は残っていたから、夫が愛人を外に作っても、彼女は表だって責めるつもりは無かった。
生まれなかったあの子を悼みつつ、今、手元にいる息子2人を心から慈しんで生きていた。
しかし。
18年前に大聖女となり、そしてすぐさま先代国王の最愛の愛人となったルリアナは、王妃であるカルローニアに面と向かってこう言い放ったのだ。
「私が産んで差し上げますよ、可愛らしい女の子を」
己への侮辱ならばカルローニアには耐えられた。
夫の愛人の横暴を無視することも十分に可能だった。
カルローニアは徹底した貴族の教育を受けてきて、自制の術は人一倍に心得ていたから。
されど。
産んでやることが出来なかったあの子への侮辱だけは、カルローニアにも耐えられなかった。
殺すだけでは済まない。
殴って刺して焼いて引きずり出して踏み潰して砕いて八つ裂きにして、この痛みを分からせてやる。
だが、大聖女となったルリアナに対しては中々手が出ず、カルローニアは憎くてたまらない日々を過ごしていた。
そんな折。
大聖女ルリアナが出産したと知った。
可愛い女の子を。
その瞬間、カルローニアの中ではっきりと芽生えたものがある。
女神様。
女神様。
女神様。
私から我が子を奪っておいて、あの女には授けるのですか。
ならば私は【悪魔】となって、あの女から奪いましょう。
――それは願望であったのかも知れないし、祈りであったのかも知れないし、絶望であったのかも知れない。
◆
「……女神様……」
カルローニアは手術室を見つめる。
彼女の大事なセイが、もう4時間もそこにいるのだ。
「また私から奪うのですか」
ならば、私もあの女から奪わねば不平等というものでしょう。
――ああ。
体が、熱い。
彼女は杖も持たずによろめきながら歩き出す。
慌てて女官達が杖を差し出すが、彼女はそれを振り払った。
「水、を……」
「はっ、直ちにお持ち致します」
体が熱い。
水が欲しい。
たまらなくなってカルローニアは走り出した。
足を悪くしてからこの数年走ったことなんて無かったのに、まるで草原を駆けるように、とても軽やかに。
「王太后様!?」
「カルローニア様!」
慌てて追いかけてくる者達を楽々と振り切って、彼女は病院の窓から飛び降りる。
――その真下にあったのは、患者のリハビリに使われる大きなプールであった。




