第3話 思春期
それから十数年の月日が瞬く間に過ぎた。
キールの朝は早い。
日が昇る少し前に起きて掃除洗濯朝飯弁当作りを全部こなす。
6時には娘を起こしに行く。
「おいマリ、朝だぞ!」
「……」
目覚まし時計が鳴っているのに止めてしまって、娘マリはもぞもぞとベッドの中で丸まっていた。
キールは容赦なくその布団を剥がした。
「『今日は学校で小テストだから朝早く起きて勉強する』って言っていただろうが!」
「ううー……」
マリは仕方なく起きて、パジャマのまま机に向かって勉強を始めた。
「パパは今日はこれから仕事だからな、ちゃんと鍵かけて集団登校するんだぞ! 弁当忘れるなよ!」
「分かっているよー……ウザいってば、パパ」
「はいはい、ウザいはもう分かったから。 忘れるんじゃないぞ!」
思春期の娘はムキになった。
何かと親に反発する年頃なのである。
「分かってない。 だからクサいおっさんなんだよ!」
「親に向かってクサいとは何だ! そんな暴言を吐いたら駄目だろうが!」
「うっさい黙れクソ野郎! 出てけ!」
「人を傷つけるような事を言うなってあれほど、」
「小テスト! 追試くらっても良いの!?」
結局、キールは追い出されるように部屋を出ると、一つだけため息をつく。
彼は洗濯物をベランダに干すと、車庫のミニバイクに乗ってノノ・タウンの警邏兵の詰め所に向かった。
◆
詰め所には夜勤の警邏兵がいたが、今夜も何事も無かったらしく紅茶を飲んで欠伸をしている。
ここで事件を起こす者と言えば、人間よりも繁殖期で凶暴になっている魔獣くらいなものだからだ。
「おはようさんです、キールさん。 今日は大変になると思いますが、よろしく頼んますー」
「お疲れさんです。 ハルビ公爵様が今日からしばらく滞在されるんでしたね」
キールも慣れた様子で返した。
ハルビ公爵は王宮でも一目も二目も置かれている大貴族である。
狩猟が好きで、年に一度、長い休暇を取っては、このノノ・タウンの別荘に家族全員でしばし滞在しては大きな魔獣を狩るのだ。
「狩猟許可証を出すために持ち物の検査を一応はしなきゃいけないんですが、毎年の事ですし、ほどほどに頼みますよー」
「ええ、了解ですよ」
キールはさっさと引き継ぎを終え、自分も淹れ立ての紅茶を飲んで一息ついた。
◆
「やあやあ、キール君」
キールが棚に向かって狩猟許可証に関連する書類を探していると、ノノ・タウンの長老でキール達の暮らす貸家の大家でもあるミック翁が、帽子に杖を携えて小洒落た様子でやって来た。
「おはようございます、ミックさん。 今日もダンディーですねえ」
ほっほっと鷹揚に笑って、ミック翁も冗談で返す。
「そりゃあワシは街一番の美男子じゃったからな。 昔は街を歩くだけで黄色い悲鳴が聞こえたんじゃぞい」
「良いなあ、羨ましい。 まだハルビ公爵様はいらしていないので、紅茶でも如何ですか?」
「おう、有り難く頂くぞい。 ミルクもな!」
「はいはい、承りました」
気安く返してキールはミルクティーを入れ、ミック翁に出した。
ミック翁は礼を述べて、のんびりと一服したところで、詰め所の外が騒がしくなった。
「おお、丁度、いらしたようじゃな」
「良かった、狩猟許可証の書類も見つかった所です」
ミック翁と連れ立ってキールが外に出ると、大型の高級車が5台に護衛達が乗った立派なバイクが十数台、隊列をなしてやってくるところだった。
先頭のバイクの護衛はハルビ公爵家の旗を掲げている。
詰め所前の駐車場(空き地)に車が整然と停車すると、召使い達が荷物を運び出す。
そして彼らは、狩猟用の銃や弾薬を敷物の上に手際よく並べていったのだった。
良く飼い慣らされた猟犬3頭が、退屈そうに車の窓からキール達を見つめている。




