第28話 暗転
王宮の一室で、貴族院に提出する来年度の予算案の草稿を、ハルビ公爵は専門の官僚と相談しつつ書いていた。
そこへ、王太后カルローニアが間もなく来ると、女官が伝えに来た。
「おや。 丁度、内々にご相談したいことがあったのだ。 済まないが君達は席を外してくれないか」
彼は快諾し、速やかに官僚達を退出させる。
直ちに王太后のために自ら椅子を用意すると、起立して王太后の来訪を待った。
◆
老いてもなお美しい王太后カルローニアは杖をつきながら自力で歩いてきた。
現在の国王とセイジュールの母親である。
足が悪い彼女はゆっくりと椅子に腰掛け、にこやかに微笑んで公爵に頷いて見せる。
「ハルビ公爵、貴方もお座りなさい」
「ありがとうございます。 では遠慮無く」
公爵が座ったのを確認すると、彼女はお付きの者達に、「少し二人だけで話すことがあるから」と部屋を出て行かせた。
「――それで、マークス。 来年度の予算だけれど、正直、貴方やセイの希望通りにするのも少し厳しくなってきたわ」
彼女はそう言って緩やかに頭を横に振る。
「私も正直、堕落腐敗した【聖女】のために【機鋼魔兵】を用意したくないのよ。 誤解の無いように言うけれども、きちんと戦ってくれている【聖女】のためならば、私としても助力は惜しむつもりは一切無いわ。 ケレミアやシルバーのような……」
「【機鋼魔兵】は確かに強力な兵器ですが、その維持費や資材は決して馬鹿になりませんからな」
実は一部の耳の良い貴族からも【聖女委員会】との『協定』に反対する意見があったのです、と彼は小さく頷いた。
カルローニアは、そうでしょうね、と目を伏せる。
「けれど……セイの目にはまだ炎があるの。 いいえ、今こそが最大に燃えさかっていると言うべきかしら。 あの子はようやく、【聖女委員会】の本質を見抜いたようなのよ」
「本質……ですか?」
その言葉を聞いた瞬間。
数十年間、過酷な貴族社会を生き抜いてきた歴戦錬磨の猛者であるマークス・ハルビの背筋に、冷たいものが音も無く流れた。
何故だ。
何故かは分からない。
いや、何故かを追求するのは後回しで良い!
彼をこの齢まで生き延びさせた、生存本能が告げているのだ。
とても危険だ。
今すぐにこの場から逃げろ!
「ええ。 【聖女】こそ正真正銘の【悪魔】よ。 それだけは、間違いないと言えるわ」
彼の密かな動揺を知ってか知らずか。
カルローニアはゆっくりと目線を上げてマークスを見据えると、とても慈悲深く微笑んだ。
まるで、女神のように。
「ねえ、マークス。 貴方もあの人とルリアナとの間に生まれた【悪魔】の子の行き先について、詳しく知っているのでしょう――?」
彼女の影が異形の姿をしていることに、まだ彼は気付いていない。




