第22話 軽蔑
突然。
キールの家に押しかけた挙げ句、キンキンに冷えたビールをジョッキで3杯飲みほして、ケレミアは派手に息を吐く。
つまみはキールが茹でた冷凍枝豆だ。
「それでさ、キールぅー。 ルリアナのアホがさー!」
ケレミアはビールを飲んでいない、もしくは何を食べていない時は、大声でグチグチグチグチと喚くのだった。
一番嫌われるタイプの酔っ払いである。
「そ、そのくらいにした方が……」
ざるにいれた冷凍枝豆のお代わりを持ってきたキールだったが、そこで絡まれた。
「あぁ!? 酒の時くらい愚痴言わせろやー! ケツの穴の小さい野郎はこうしてやるー!」
おっさんがセクハラするのも問題だが、おっさんにセクハラするのも問題である。
「待った、待った、ケレミアさん! ぎゃあ! ウヒャァー!」
キールは助けを求めてマリとシルバーの方を向いたが、二人とも酔っ払いに絡まれているキールの方を見ようともしない。
「あのね、シルバー。 ……あたし、初めてパパに失望している。 あれはね、困った顔をしているけれど、綺麗な若い女の人に絡まれて内心では嬉しいんだよ? 人として最低じゃん……」
「完全に、同意。 男は、獣……」
何もしていないのに、彼が今まで必死に構築してきた信頼と好感度が急降下している。
キールは本当に青くなった。
どれ程嫌われてもキールはマリを愛している。
よしんば子供に嫌われても親としてやるべきことはやる、それが親だからだ。
――けれど、子供に『人として最低』と失望されるなんて!
絶対に、冗談じゃない!
「本当に困っているんだってばマリ! シルバーちゃん! ほら! 助けてくれ!」
「「……」」
マリとシルバーは一度だけ彼らの方を向いたが、そのまま無視して寝室の方に行ってしまった。
「そんな……」
彼が完全に絶望した瞬間。
「あーははははははははははははははははは!!!! 最高ーっ!!! キールおじさん! 私と遊ぼうぜーっ!」
何がツボに入ったのか、爆笑しているケレミアがタコのようにキールの首に手を回して肉薄してきた。
その瞬間、彼の頭をよぎったのは。
『上官との不適切な関係』
『懲戒免職』
『娘と絶縁』
――人生がこの一瞬で終わったことを告げるような、絶望の光景ばかりだった。
『こらーっ! この泥棒猫!』
幸運の女神か、さては死神か。
その刹那、ケレミアと彼を引き離したのは、人生経験の少ない若い男の理想と願望と欲望を具現化させたような美女であった。
『アタシのキールに絡みついてんじゃないわよっ!』
引き離されたケレミアは床に寝転んだまま、何が可笑しいのかしばらくゲラゲラと笑っていたが、糸が切れたように寝てしまった。
「あ……あ……」
キールは目に涙を浮かべて恩人の方を見た。
涙の所為で前がよく見えないが、彼はとにかくお礼を言った。
「ど、何処の何方かは存じ上げませんが、本当にあり」
パンッ!
パァン!
『がとうございます』と言う前に往復で平手打ちされて、キールは目を白黒させる。
「えっ!? えっ!?!?」
痛みよりも何よりも、彼の現状認識力が現実の加速度に追いついていない。
『何処の何方ですってぇ?! アタシのことをもう忘れたって言うの!?』
キールは涙も乾いて、酷く冷めた視線を向けた。
「……。 誰かと思ったらレベッカかよ」
感動の涙を返せ!と文句を言いたいのを彼は瀬戸際で堪える。
『そうよ! ヘイゾー博士に頼みこんで、人格だけを家事用魔法人形に一時的に移植して貰ったの』
ちゃんと見れば、魔法人形である証拠に、彼女の耳部分は受信機となっている。
「何のために? いや、もう理由なんてどうでも良いから、今すぐ出て行ってくれ」
彼に指を突きつけながら、レベッカは勝ち誇った顔で宣告した。
『嫌よ。 第一、何のためって、決まっているでしょ。 アタシのキールが悪さしていないかの監視よ。 だってアンタ、傍若無人の塊みたいな男なんだもん!』
15年前のことを持ち出されると、キールは為す術も無く居たたまれなくなるのだ。
「頼むから『ミッドナイト』の中に戻ってくれ。 頼むから。 俺はマリが大事なんだよ……!」
『娘が大事』という言い訳とは、厳密には少々異なっている。
こんな光景をマリに見られたら、彼はもう父親として胸を張って生きてはいけないのだ。
――しかし。
「パパ、その人誰……?」
キールの処刑の時間が来た。




