第16話 出撃
『ねえ、キール』
「何だよ、レベッカ」
裏方である王都防衛部隊に選出されたキールとレベッカは、いつでも出撃できるようにカタパルト近くで待機していた。
既に出撃して待ち伏せている前線部隊には、マリとシルバーがいる。
キールも付いていくと言い張ったのだが、クラウス達【聖騎士】に『その体たらくで何が出来る!』と一蹴されてしまった。
『どうして15年前みたいにさ、「やんちゃ」や「無茶苦茶」をしないのよ?』
レベッカが言った途端にキールは、まるでとても苦いものを嚙んだような顔をした。
「大事な娘がいるのにあんな真似できる訳が無いだろうが」
『そう?』
【聖霊】は軽やかな声で笑った。
『じゃあキール、これはアタシの独り言よ。 アタシね、ヘイゾー博士の所にいた時に色々と改造されたの。 例えばこの施設や王都一帯の防衛システムや……その他諸々を自由にハッキングできるだけの演算性能の付与とか。 やろうと思えば何の痕跡も残さずに【聖女委員会】本部のメインシステムを一瞬で乗っ取って、ドカーン!って壊すことも出来るのよ?』
頼むから止めてくれ。
キールはそう言って操縦桿を軽く叩いた。
「そう言うのは、もう懲りたんだよ。 あの頃『最強』って呼ばれて馬鹿みたいにイキっていた俺は結婚まで考えた女に浮気されてさ、全部が嫌になって王都から逃げたんだ。 何度か死のうって思ったけれど、マリがいたから絶対に死ねるもんかって思った。
そうさ、あの子はまだ15歳の子供だ。 ちゃんと大人になるまで俺が守ってやらないと駄目なんだ」
『……キール。 もしかして【聖女】マリは、アンタと血の繋がりが――』
血の繋がりなんて関係ない。
紛れもなく俺の娘だ。
そう断言できるくらいにキールはマリを愛している。
「それが何だよ。 あの子はかけがえのない家族さ」
『……そう』
【魔災警報】のサイレンが遠ざかったかのように、しばらくコックピットに沈黙が流れた。
『――あら? これはちょっとヤバいわね』
真っ先に異常に気付いたのはレベッカだった。
彼女は即座にモニターへと、【聖女委員会】の映像から拾ってきた動画を映し出す。
「何だと!?」
目を大きくしながら、キールは思わず身を乗り出した。
エルディーベ河の対岸にいきなり姿を見せた【悪魔】の巨躯が、モニターからはみ出る勢いで迫っている。
『キール、現在起きていることを端的に説明するわね。 王立フォロガルッサ魔法工学研究所に出現すると予知された【悪魔】だけれど。 何故か王都間近のエルディーベ河の対岸に該当の【悪魔】と思しきエネルギー体が出現したわ。 あの移動速度じゃ、王都まで残り10分ってところかしらね。 どうする?』
キールは舌打ちする。
「……色々とおかしいな。 【魔災警報】が外れるなんて滅多に無いんだが」
けたたましいアナウンスが周囲に流れる。
『残存した【聖女】に告ぐ! 至急出撃し、該当の【悪魔】を討滅されたし!』
しかし、どの【機鋼魔兵】も動こうとしない。
『繰り返す! 残存した【聖女】に告ぐ! 至急出撃し、王都に肉薄している【悪魔】を討滅されたし!』
それでもだった。
居残った【聖女】は沈黙したまま、誰も動こうとしない。
両手で操縦桿を握り、もう一度シートベルトを締めなおすと、キールは呟いた。
「こりゃ駄目だ。 俺達で時間稼ぎくらいはした方が良さそうだな。 頼めるか、レベッカ?」
『そう来ると思ってこのカタパルトの射出システムを乗っ取っておいたわ。 前線にいる【聖女】達が来てくれるまでの時間稼ぎをしましょ!』
――キールの乗る【機鋼魔兵】頭上の扉が開き、エレベーターが自動的にカタパルト目がけて上昇していく。
『機体ZD13‐O199‐αの射出を承認します。 危険ですのでカタパルト周囲から30秒以内に退去してください。 繰り返します。 危険ですのでカタパルト周囲から30秒以内に退去してください。
全人員の退去を確認。 5秒後から射出のカウントダウンを開始いたします――10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0』
『射出開始』
カタパルトが動いた。
肉体に慣れた重力の負荷がかかり、キールは笑みを浮かべて歯を食いしばる。
経年劣化で弛んでいた装置のネジがその一瞬で全て噛み合い、再動を始めたようだった。
解き放たれた猛禽のようにキール達の乗る【機鋼魔兵】の巨体が天を舞った。




