第12話 嫉妬
――王都エルディブレム郊外、【機鋼魔兵】訓練場兼試運転場。
キールは悪戦苦闘していた。
彼の乗る【機鋼魔兵】はまともに二足歩行することさえ難しかったのである。
高出力の魔術回路と癖の強い機体の部品や武装がしっちゃかめっちゃかに食い違っていて、しかもその全てが激しく自己主張するのだ。
3人も病院送りにした反省で、強固な安全装置が搭載されていなければ。
かつ、【聖霊】が慣れ親しんだレベッカでなければ、とうの昔にキールも病院送りになっていただろう。
それでも半日が過ぎると、よちよち歩きなら出来るようになってきた。
「つ、疲れた……」
昼食の時。
キールがげっそりとした顔で機体から降りて自作のハムサンドを食べていると、同じパイロットスーツを着た少年が近付いてきた。
少年は上から下までキールを観察するように見つめると、鼻先で嗤った。
「こんなおっさんが最強だったとか、悪い冗談だろ」
――キールはノノ・タウンを思い出していた。
あの小さな田舎の街にも不良少年はいた。
警邏兵だったキールにも、死ねだのバカだの散々に悪態を吐いていたっけな……。
彼らは元気にやっているだろうか。
キールがそうやってノノ・タウンを遠い目で懐かしんでいたのが気に食わなかったのだろう。
少年はいきなりキールの胸ぐらを掴んだ。
「覚えておけよ、おっさん。 僕が現在最強の【近衛機兵】にして【聖騎士】! クラウス・サルトゥだ。 【悪魔】を前にしたからって逃げるなよ」
キールは少し黙ってから、小さな声で呟いた。
「逃げないさ。 それだけは出来ない」
「フン……」
クラウスは不愉快そうに鼻を鳴らすと、去っていった。
「……あれ? 何処かで聞いたことがあったよな。 サルトゥ……何処で聞いたんだっけ?」
しばらく考えていたが思い出せなかったので、キールは頭を振って考えることを止めたのだった。
午後もしっかりと『リハビリ』しなければならないのに、余計なことを考えている余裕はない。
◆
「それでねー、ケレミアのババアがもうすぐ本部に戻ってくるんだってー」
「嘘! あの強情ババア、やっと片目潰れていなくなったのに! ウザいから大嫌いだよ!」
「セイジュールのおっさんもウザいんだよねー。 王様の弟だからって何を威張ってんの?って感じ。 アタシら【聖女】がいなかったらさ、簡単に【悪魔】に世界は滅ぼされているってのに!」
キールは見ていられなくなって、彼女達が【聖女委員会】本部の通路に幾つも放り投げた空き缶を拾った。
拾っている内にまたゴミが投げられたのでまた拾おうとかがみ込んで手を伸ばしたところに、飲みかけの飲料が彼の頭からかけられる。
「あ、ごめーん。 おっさんクサかったから」
「感謝してよねー?」
「ギャハハハハハハハ!」
下品に嗤う【聖女】達が何処かに行ってしまうまで黙ってやり過ごし、キールは深いため息を吐いた。
未だに例の機体を上手に乗りこなせない彼は、【聖騎士】からも遠巻きにされていた。
頼みのセイは多忙を極めているため、最近はすれ違っても挨拶しか出来ていない。
――しかし、彼にとっての最大の悩みはこんな些事では無いのだ。
「あのクソバカ女共、ぶっ殺してやる!」
家に帰った時、マリが荒れ狂っている。
これこそが今の彼の最大の悩みである。
「パパを馬鹿にして! イジメやがって! 絶対に許さない!」
単に思春期や反抗期による親への噛みつきだったら、キールも黙って耐えていられたかも知れないが、違うのだ。
「マリ、パパのために怒ってくれる事は本当に嬉しいよ。 でもさ、【聖女】様って見た目だけ【聖女】で中身はほとんどが【悪魔】だからな? そんな邪悪なもののためにパパは大事な時間を割きたくないんだ」
「でも!」
「それより訓練はどうなんだ、マリ。 パパにとって一番嬉しいのはマリがあんな邪悪な【聖女】にならない事だ。 遙かにそっちの方が気になるよ」
怒りすぎて泣きながらマリは叫ぶ。
「……優秀だって言われた。 筆記の試験も、格闘や射撃の試験も、【機鋼魔兵】の操縦も……でも! 許せないの! これじゃパパは負けてばかりじゃんか――!」
キールは顔をくしゃくしゃにして笑った。
この子は何て優しい娘に育ったんだろう。
それこそが彼にとって最大の勝利である。
「あのな、パパが『勝った』って思うのは、マリがいつまでも元気でいる時なんだ。 それにケレミア様がもうすぐ本部に戻られるみたいだし、そうしたら少しはパパだってマシになるさ」
でも、でも、と激しく憤って泣きじゃくる娘をなだめて、どうにか寝かしつけた後。
ベランダに出て、彼は夜空を見上げて呟いた。
「あー……娘が最大の味方ってのは本当に心強い。 強すぎて笑えるぜ。 最後の所で俺は誰よりも救われているなあ……」




