第10話 大聖女
【聖女】の中でも抜きん出た力を持つとされる者を、人々は大聖女と呼称している。
現在、大聖女と呼ばれるのはルリアナだけである。
セイと一緒にキールがマリを追いかけるようにして【聖女委員会】の大聖堂に入った時、ルリアナは高座の椅子に腰掛けて、立たせているマリを傲慢に見下ろしていた。
ルリアナの傍らにはベルデッガーが控えていたが、マリが不安そうにしているのを哀れみの眼差しで見つめている。
「マリ・ハルフィールドで相違ないな?」
「……はい」
「ケレミアから大方の事情は聞いている。 今後は身命を賭して【聖女】の務めに励むように」
「……はい」
「大聖女ルリアナ、失礼する」
セイがキールを連れて大聖堂に入ってきた姿を、目を細めて見つめながら、大聖女ルリアナは冷たい声で言った。
「これは部外者の王弟殿下、何故ここに?」
『部外者』の一言だけでキールは薄々と事情を悟った。
【聖女】だけに戦わせまいとするセイの考えと行動は、彼女達からすれば己達の特権を奪おうとしているものだと思われているのだろう。
【聖女】は――特に【聖女委員会】は、超国家級の絶大な権力と権限を持っているのだ。
セイは怒りも不機嫌も見せずに、淡々と要件を告げた。
「【聖女委員会】本部の【聖騎士】にこの男も参加させたい」
「そんな何の役に立たなそうな顔をした中年を?」
ルリアナからの罵倒。
キールは特に気にした様子もなく、
「何でもしますから、どうかマリを守らせて下さい。 俺の、たった一人の娘なんです」
と頭を下げて頼み込んだ。
この時。
泣きそうな目でマリが己を見ていることを、キールは気付いていない。
◆
「パパ、あのね、あのね」
それまではとげとげしい反抗期だったのに、一転して酷く甘えてくるようになってしまったマリが何よりも痛ましくて、キールは優しい顔を向けた。
【聖女】の暮らす街――【聖女】1人1人に宛がわれた、それまでキール達が暮らしていた貸家の数倍はある大豪邸が、本部の敷地の中で小さな街並みとなって連なっているのだった――で荷ほどきをしながら、マリはやたらとキールにまとわりつくのだ。
不安なのだろう。
怖いのだろう。
大事な娘にこんな思いをさせて腹が立つやら、己が情けないやら。
キールも内心では堪らないものがあったが、彼には娘を守る責務があったので、穏やかに訊ねる。
「どうしたんだ、マリ?」
「明日から訓練なんだって。 何をするのかな……」
「まずは体力を付ける基礎訓練からじゃないかな。 パパの知り合いだった【聖女】様は筋トレから始まったって言っていた」
パチクリと目を瞬かせて、マリは訊ねる。
「ケレミア様が?」
「いや、ヘレネって名前の【聖女】様だ。 もう……天国にいるけれどな」
そう言ってそうっとマリの頭を撫でると、彼女は小さな声で言った。
「……パパ。 どんな人だったの」
「誰よりも優しくて強い人だったよ。 俺の後輩だったけど、若くして大聖女様にまでなったくらいだった。 でも……優しすぎたんだ」
マリが黙り込んだのをキールは励ますように言う。
「良いかマリ、生き残るんだ。 どんなに辛くても悲しくても生きるんだ。 パパはどんな時だってマリの味方だし、マリの決めた事を絶対に応援するからな」
「パパ……ごめんね、クサいとか言って」
そう呟いてマリは静かに泣き出したので、キールはぎゅっと抱きしめたのだった。
「良いんだ。 パパだって若い頃は洒落にならないくらい酷かった。 今思い出せば、ただただ迷惑をかけた人には土下座しても足りないくらい申し訳なくて恥ずかしいけれど、でもその時はそれが精一杯だったから。
誰だってそうなんだから、気にする事じゃないさ」




