第4話:物流王、初めての街で『文房具革命』を起こす
1. 音速の終わりと、バザールのパニック
エナジードリンク『ゴリラバースト』。現代社会という戦場を生き抜く戦士たちが、魂を前借りして飲むその液体は、伝説の魔獣をも異次元の存在へと変貌させていた。
「スコル! 止まれ! 門が見えてきたぞ! 減速しろおおおお!」
『おおおおお! 止まりたい! 止まりたいが、身体の奥底からマグマのような力が突き上げてくるのだぁぁぁぁ!』
砂塵を巻き上げ、空気を切り裂く轟音と共に街道を爆走する銀色の閃光。本来なら馬車を乗り継いで三日はかかる距離を、俺たちはわずか二時間足らずで踏破しようとしていた。
商業都市『バザール』の巨大な城門が、視界の中で急速に巨大化する。門の上に立つ衛兵たちは、地平線から迫りくる未知の脅威を見て、顔を真っ青に染めていた。
「ま、魔王軍の先遣隊か!? 鐘を鳴らせ! 総員、戦闘配置ぃぃぃ!」
「違う! 待て! 俺は人間だ! こいつは俺の従魔なんだぁぁぁ!」
俺の叫びと同時に、スコルが四肢を石畳に叩きつけた。
ギギギギギギィィィィィッ!
石が焼けるような異臭と、耳を裂く摩擦音。スコルは物理法則を無視したような急制動をかけ、門のわずか数センチ手前で停止した。
門番たちは槍を放り出して腰を抜かし、スコルは口の端からエナドリの缶をポイと捨てると、ルビー色に輝いていた瞳をようやく細めた。
『……ふぅ。今、我は世界の真理に触れた気がするぞ、相棒』
「真理じゃなくてカフェインだよ……。死ぬかと思った……」
2. 殺伐としたギルドと、眼鏡の冷徹受付嬢
なんとか入街の許可を得た(門番への説明に一時間かかった)俺たちは、この街の心臓部である『冒険者兼行商人ギルド』へと足を踏み入れた。目的は身分証の発行と、今後の商売のためのランクアップだ。
ギルドの中は、熱気と、それ以上に「殺気」が満ちていた。壁一面に貼られた依頼書、そしてそれ以上に山積みになった書類の山。
「次の方、こちらへ」
案内された窓口にいたのは、青い髪を几帳面にまとめ、銀縁の眼鏡をかけた女性職員だった。名はセシリア。彼女の瞳は、徹夜明けなのか、それとも元々なのか、凍り付くような冷徹さを湛えている。
「……名前はエドワード。魔力値ゼロ、帝国からの追放者ですか。当ギルドは慈善施設ではありません。身分証の発行には銀貨五枚。それと、この二十枚に及ぶ誓約書に全て自筆で署名していただきます。一字の誤字も、インクの滲みも認めません。書き直す場合は手数料を倍いただきますわ」
セシリアは、魔力を持たない俺を「無価値なゴミ」と断定しているようだった。彼女は手慣れた動作で、高価そうな羽根ペンをインク壺に浸した。
だが、その瞬間。ギルドの奥で冒険者同士の喧嘩が勃発し、凄まじい衝撃波が窓口を揺らした。
「あっ……!」
バキリ、と乾いた音が響く。
彼女の指先で、愛用の羽根ペンが無残に折れた。さらに、倒れたインク壺から黒い液体が広がり、書きかけの重要書類を無慈悲に染めていく。
「そんな……! これは王都に送る一級報告書なのに……! 書き直しなんて、もう締切に間に合いませんわ……! 私のキャリアが、終わってしまいました……!」
セシリアが絶望に顔を伏せ、震え始めた。
3. 現代のオーパーツ:三色ボールペンの衝撃
「おい、そんなに絶望するなよ。これを使え」
俺はスマホ型の端末を操作し、150ptを消費した。
ポチっ。
光と共に俺の手に現れたのは、プラスチック製の**『三色ボールペン(0.5mm極細)』**だ。
「……なんですの、その安っぽい棒は。魔法の気配も感じられませんし、ペン先も金属……。そんなもので紙に文字が書けると――ッ!?」
彼女が半信半疑でペンを握り、紙に線を引いた瞬間。
滑らか。あまりにも滑らかに、漆黒の線が刻まれた。インク壺に浸す必要もなく、掠れることもなく、髪の毛ほどの細さで正確な文字が綴られていく。
「な……なんですの、この書き味は! 魔法の触媒も通さず、インクを一定量供給し続ける魔導機構!? しかも、この上部の突起を押し下げると――」
カチッ。
「あ、赤色に変わりましたわ!? さらにカチッとすれば青色に! 一本のペンの中に、三つの属性インクを独立して封じ込めているというのですか!? 国家騎士団の最高級魔導筆でも、こんな芸当は不可能ですわよ!」
「驚くのはまだ早い。これもセットだ」
俺が次に出したのは、100ptの**『修正テープ』**だ。
「インクが滲んだところ、これでなぞってみろ」
セシリアが恐る恐るテープを走らせると、真っ黒なシミが魔法のように白い膜で覆い隠された。
「文字が……消えた……? 削るのではなく、上から新たな『白』を定着させたのですか!? 修正魔法の極致……! あなた、このアーティファクトをどこで……!」
ギルド中の職員たちが、仕事を放り出して俺の窓口に集まってきた。「なんだあのペンは!」「インクが乾くのが異常に早いぞ!」と、どよめきが広がる。
4. 伝説の銀狼、コンソメパンチの毒牙にかかる
一方、ギルドの外では、巨体のスコルが周囲の冒険者たちを威圧し続けていた。あまりの迫力に、誰も近寄ることができない。
俺は窓から外を見下ろし、スコルの鼻先に一袋の菓子を放り投げた。
「スコル、退屈だろ。これでも食ってろ」
『ふん。また異界の食い物か。我を驚かせるのはそう簡単では――パリッ。サクッ』
一瞬、スコルの動きが止まった。
銀色の耳がピクピクと震え、鼻の穴が限界まで広がる。
『……なんだ……なんだこの、暴力的なまでの塩気と、嗅いだこともない魅惑的な香辛料の「パンチ」は! 噛むたびに炸裂する歯ごたえ、そして舌の奥を痺れさせる得体の知れない旨味……! 止まらぬ! 誰か我が前足を止めてくれぇぇぇ!』
【ポテトチップス(コンソメパンチ)】。
伝説の魔獣が、ポリポリと幸せそうにポテチを貪る。そのあまりの「ギャップ萌え」に、遠巻きに見ていた街の子供たちが一人、また一人と近づき始めた。
「わんわん、美味しそうに食べてる!」
「よしよし、いい子だねぇ」
『むぐっ、我は銀狼、太陽を呑む者……。だが、この「コンソメ」という名の悪魔の誘惑には……勝てん……。もっとだ、もっと「コンソメ」を寄越せ……!』
さっきまで殺気立っていた街道が、一袋のポテチによって平和な動物園へと変貌していた。
5. 物流王の予感と、新たな出会い
セシリアの手続きが、かつてないスピードで完了した。彼女の俺を見る目は、もはや「ゴミ」を見るものではなく、神を拝む信者のそれへと変わっていた。
「エドワード様……! このペン、どうか……どうか私に譲っていただけませんか!? 私の給料三ヶ月分、いえ、半年分出しても構いませんわ!」
「いいや、これは売り物じゃない。商売道具だ」
俺がペンを回収しようとしたその時。背後から低く、重厚な声が響いた。
「少年。その『ペン』……そして、伝説の銀狼を手懐けるその手腕。お主、ただの追放者ではあるまい」
振り返ると、そこには豪華な毛皮を羽織った初老の男が立っていた。ギルドの裏方でありながら、この街の物流の半分を支配すると言われる商人、バルカスだ。
バルカスは、俺が持っているプラスチック製のペンを、まるで伝説の聖剣を見るような目で見つめている。
「お主が持っているその『異界の品』……それを使えば、この世界の滞った物流に革命が起きる。……どうだ、わしと手を組まんか?」
俺は不敵に微笑んだ。
魔力ゼロで捨てられた俺が、現代日本の安物で、世界をひっくり返す。
(第4話 完)




