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第6話 奈落で待つ巨牛の後に魔王軍


 地下十二階に突入してから、すでに一時間近くが経過していた。

 相変わらず通路は複雑に入り組み、曲がるたびにモンスターの群れが待ち構えている。

 モンスターの種類も増え、連携を取る個体まで混じり始めており、レベリングの難易度を押し上げていた。


 「さすがに、一筋縄ではいかなくなってきたな……」


 難易度はさらに上がり、地下十二階では立ち止まる暇すらない。

 迎撃し、殲滅し、次の気配を察知して移動する――その繰り返しだ。

 だが、その忙しさの中で、確かな手応えもあった。


 【レベルが上昇しました:2 → 3】


 視界の端に浮かび上がるシステムメッセージを確認し、思わず口角が上がる。

 何とかレベルが一つ上昇し、各ステータスが大きく上昇するのがわかる。


 「……いいね。ちゃんと成長してる」


 その直後、通路が途切れ、視界が一気に開けた。

 石柱が乱立する巨大な広間。

 天井は高く、壁には赤黒い魔石が埋め込まれ、不気味な光を放っている。

 明らかに、これまでのフロアとは雰囲気が違う。


 「この感じは……中ボス部屋かな?」


 そう呟いた瞬間、床が震え、奥の闇が大きく揺らいだ。


 「ブモォオオオオオオオ!!!!」


 怒号と共に姿を現したのは、巨大な斧を携えたミノタウロス型モンスター。

 筋肉の塊のような身体から放たれる威圧感は、これまでの敵とは明らかに格が違う。


 「っとぉ、危ない! こいつ、なかなかやるな!」


 振り下ろされた斧が床を砕き、衝撃波が走る。

 見た目に反して、その動きは素早く、その一撃の威力は凄まじい。

 ――攻撃力、スピード、どれもかなり高水準で揃っている。

 このレベリングの中で間違いなくダントツの強敵の出現だったが――


 「そろそろ雑魚相手の無双は飽き飽きしてたからな」


 逆に闘志が湧いてくる。

 いくら難易度が高かかろうが、度重なる雑魚的ラッシュに少しうんざりしてきたのも事実だった。

 ボスが出現するタイミングとしてはちょうど良い。

 俺は燃える気持ちを剣に載せ、構えを取った。


 「ブモォォ!!!!」


 息つく間もなくミノタウロスが斧を振り上げながら突進してくる。

 やはり、見た目に反してスピードはかなりのものだ。

 さすがは、魔王専用ダンジョンの中ボスってところかな。


 「でもなぁ……動きが単調すぎるぜ、お前はよぉ!」


 「ブモォ!?」


 突進をジャンプして回避しつつ、空中で身を翻しながら体制を整え、落下と同時に両手に力を込める。

 ドス黒い魔力が剣へと収束し、刃が漆黒に染まった。


 「沈めぇ!」


 空中から一直線にミノタウロスへ向かう。

 次の瞬間、ガンッ!と乾いた金属音と、鈍い衝撃が広間に響き渡った。

 剣はミノタウロスの脳天へと叩き込まれ、硬い頭骨を砕きながら深く食い込む。


 「ブ、ブモォォォォ――ッ!!」


 悲鳴とも怒号ともつかぬ咆哮を吐きながら、巨体が大きくよろめき、斧を取り落としたまま膝をつく。


 「おっと……さすがに一撃じゃ終わらないか」


 俺は即座に剣を引き抜き、後方へ跳ぶ。

 引き抜いた瞬間、黒い血が噴き上がり、床を汚した。

 粒子化しないということは、仕留め切れていないということ――手応えは十分だったが、さすが中ボス、まだ生きているとはな。


 「ブモォ……ブモォォォォォ!!」


 頭部を押さえながら、ミノタウロスの身体から赤黒い魔力が噴き出す。

 筋肉がさらに膨れ上がり、血管が浮き出た。


 「はは……怒りフェーズ突入ってわけか」


 床を蹴り、再び立ち上がったミノタウロスは、もはや理性の欠片もない。

 ただ、目の前の敵を叩き潰すためだけの存在へと変わっていた。


 「いいね……中ボスらしくなってきた」


 俺は剣を構え直し、口角を吊り上げる。


 「でも――」


 漆黒の魔力が、さらに濃く俺の周囲を包み込む。


 「魔王に、力押しが通じると思うなよ?」


 次の瞬間、巨体が再び地を蹴った。

 怒りに任せた猛進――だが、激昂している分、さっきよりも隙が大きい。


 「終わりだ」


 俺は踏み込み、闇を纏った剣を振り上げた。

 よし、それじゃあ『現在の』俺が持つ中で最強のスキルを使ってみるか。


 「大盤振る舞いだぞ! 【魔王剣・鏖花(おうか)】!』

 

 剣に一際大きな漆黒の魔力が収束し、必殺の一撃となる。

 

 「ブモォォォォ――ッ!?」


 突進してきたミノタウロスが、咄嗟に斧を振り上げて防御に入るが――遅い。


 斧は斬撃に触れた瞬間に崩壊し、粒子となって消える。

 次いで、ミノタウロスの両腕、肩、胴体――すべてが同時に切断された。


 「……え?」


 自分でも思わず声が漏れる。

 遅れて、赤黒い血が空中に噴き上がる。

 ミノタウロスの巨体は、断面を晒したまま数秒静止した後、ドンッ!と重たい音を立てて崩れ落ちた。


 「……強すぎだろ、これ」


 あれだけ頑強そうなミノタウロスの体躯を、あっさりと切断してしまう必殺剣……

 これをプレイヤーたちに使用すれば、まあ、瞬殺確定だろうな。

 自らのスキルの恐ろしい威力に戦慄していたその時――


 【レベルが上昇しました:3 → 4】


 「おー、レベルが上がったぞ」


 俺は倒れ伏すミノタウロスの残骸を一瞥し、肩を回す。

 魔王になってからの初めてのボス戦は割と呆気なく勝利してしまった――が、空虚感などはほとんどなく、むしろ胸の奥が、熱く高鳴っている。


 「この調子でもう一息、暴れてみるか」


 広間の奥に続く通路を見据え、俺は一歩踏み出した。


 ◆


 「さすがに今日は、この辺にしておくか」


 ミノタウロスを倒してから、さらに三十分ほどはモンスターと戦い続けていただろうか。

 【HP自動回復】と【MP自動回復】のおかげで継戦能力は申し分なく、ほとんど消耗を感じることもない。


 ひたすらモンスターを狩りながら奥へ奥へと進んだ結果、新たな魔方陣へと辿り着くことができた。


 その間に、レベルもさらに一つ上昇し――4から5へ。

 成果としては十分だ。


 だが、さすがにここから地下十三階へ突入する気力までは残っていなかった。


 「今日はここまでだな。撤退しよう」


 俺がそう告げると、すぐにアストラル君が出現した。


 「はい。なお、ラグナ様は魔王という立場ですので――」


 「次回以降、このダンジョンへ再挑戦される際は、ご希望があれば地下十三階から探索を再開することが可能です」


 「……なるほど、チェックポイント制みたいなもんか」


 「はい。魔王専用ダンジョンにつき、進行状況は常に記録されておりますので、ご安心ください」


 それを聞いて、内心ほっと胸を撫で下ろす。

 正直、また地下十二階を一からやり直しなんてことになったら、さすがに面倒過ぎる。


 「それなら安心だな」


 撤退の段取りが整ったところで、俺はふと、何かを思い出したように首を傾げた。


 「……そういえばさ」


 「魔王ってことは、魔王軍とかはいないの?」


 「はい、もちろんございます。ラグナ様の配下に相応しい、とびっきりの魔王軍をご用意しておりますよ」


 即答だった。

 おお、そりゃそうだよな。

 魔王軍、ってくらいなんだから、とびっきりの配下が用意されていないわけがない。


 「で、その魔王軍はどこに?」


 「はい、それでは、順を追って説明させていただきます」


 アストラル君は軽く姿勢を正え、先ほどまでの軽い口調から一転して、妙に真面目な声色になる。


 「魔王軍は、大きく二つに分類されます。まず一つ目は、モンスターの軍勢です。 こちらは、量・質ともに人類と戦うにふさわしいモンスターを揃えております。 また、これらのモンスターには最上位クラスのAIを搭載しておりますので、並のモンスターたちとは一線を画す軍勢となっております。 どうぞご安心ください」


 「おお……それはすごいな」


 並のモンスターたちとは一線を画す軍勢……そんな精鋭たちが俺の配下となるなんて、今から楽しみだな。

 俺は自分が魔王軍のトップに立ち、モンスターたちを指揮している様子を想像してみた。

 ……うん、めちゃくちゃ楽しそう。

 まあ、そんな経験全く無いっちゃ無いんだが、ゲームなんだし何とかなるだろう。


 「そして、もう一つが――ラグナ様直属の配下、つまり魔王軍の幹部です」


 おお、幹部か。

 よく魔王軍にいるような四天王とかそんな感じだな。


 「その名も【六魔将】……魔王様の配下に相応しい六人の最精鋭を揃えております」


 「おお、【六魔将】! 良い響きじゃないか!」


 【六魔将】、俺の直属の部下にそんな猛者たちを用意してくれるなんて……感動しちゃうじゃないか。

 俺の配下に相応しい六人の最精鋭、今から出会うのが楽しみだな。


 「――こちらはAIではなく、ラグナ様と同じくプレイヤーの方々が担当します」


 「……え?」


 思わず、情けない声が漏れた。


 「えーと、一応、もう一回言ってくれるかな? 出来ればもう少し詳しく……」


 「はい、【六魔将】を担当するのはAIでは御座いません。ラグナ様と同じくこちらが選別したプレイヤーの皆様に担当して頂きます」


 お、おお……そう来たか。

 いや、まあ良いんだけどさ……ソロ専の俺としては、少し気が重くなったのも事実だ。

 何せアルクロのプレイ中、クランに入ろうがフレンドを作ろうと試みようが、全く上手くいかなかったこの俺だ。

 【孤高の魔剣士】の名は伊達じゃないぜ。


 そんな俺が六人のプレイヤーたちの上に立ち、魔王として君臨する……


 まあ、違う意味で難易度は跳ね上がったんじゃないだろうか?



 ……はああ。


 俺は気が付けば天井を見上げながら大きな溜息をついていた。

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