第33話 グランの提案
アビスハウルの様子が、どこかおかしい。
グランのフルスイングをまともに受け、あれだけ豪快に吹き飛ばされたのだ。
それはもう、盛大にブチ切れて襲い掛かってくるだろうと警戒したのが……
『グルルルルル……』
低く唸るだけで、動かない。
……怒って、ない?
一瞬、そんなことを考えるが……
……いや、逆か
ぞわり、と嫌な感覚が背筋を這い上がる。
これは、ブチ切れすぎて、一周回って冷静になってるやつだな……
あいつの意識が、完全に一点に収束しているのが分かる。
――どうすれば、俺たちを確実に殺せるか。
ただ、それだけを考えている状態なのだろう。
さっきまでよりも、よほど危険だと直感する。
『グルルル……仕方ねぇな、この姿はあまり好きじゃねぇんだがなぁ……ウォオオオオオオオオンッ!!!!』
次の瞬間、大気を震わせる遠吠えが、森全体に響き渡る。
それに呼応するかのように、再び影が爆発的に溢れ出した。
アビスハウルの足元から膨張するように夥しい量の影が噴出している。
触手、球体、円盤状――先ほどまで見せていたすべての形状が同時に顕現し、さらにその量も桁違いに増していく。
そして、アビスハウルの周囲を、竜巻のように影が巻き上がり、視界が歪むほどの密度で、渦を巻いている。
「……おいおい、マジかよ」
そして、その中心で、アビスハウルの姿が、変わり始めた。
黒い影が肉体へと食い込み、再構築するかのように蠢く。
骨格が軋み、筋肉が膨れ上がり、四肢がより鋭く、より禍々しく変質していく。
『グルルルルルルルル……これで、お前らを縊り殺せるから良いんだがよぉ……』
蠢く影が、アビスハウルの全身を覆い尽くしていく。
それは、先程までのように纏う、なんて生易しいものではなく、より濃く、より重く、より硬質に、凝縮された影が装甲のように固まり、まるで影そのものが鎧となったかのような姿へと変貌していく。
『動き辛いから、この姿は好きじゃねぇんだよなぁ! ウォオオオオオン!!!!』
咆哮と同時に地面を抉る勢いで、アビスハウルが踏み込む。
それとほぼ同時に、周囲に展開されていた影が、弾け飛ぶように一斉に襲いかかってきた。
球体、触手、円盤、あらゆる形状の影が、怒涛の如く押し寄せる。
「正念場だぞ! グラン、頼んだぁ!!」
『任せろぉ! ヌゥウウウウウウン!!!!』
グランが低く唸り、全身に力を込めると、白銀に輝いていた鱗が、みるみるうちに漆黒へと染まっていく。
これは、俺たちとの戦いでも見せた、ジェノサイドモード(名付け親俺)、一瞬で全身を漆黒に変化させ、全身から魔力が溢れ出す。
グランも、本気のようだ。
『ガァアアアアアアアアアアア!!!!』
次の瞬間、薙ぎ払うように解き放たれたブレスが、戦場を一直線に切り裂いた。
先ほどまでの白銀とは異なり、今度は漆黒の光を帯びた奔流――その威力は明らかに一段階引き上がっている。
迫り来る破壊の奔流を前に、円盤状の影がすかさず前へと躍り出た。
中央が螺旋を描きながら口を開き、再びブレスを呑み込もうとする。
「そうは行くかよ! 【冥王輝刃・霞断】!」
鋭い一閃が、空間を裂く。
ギガ林の放った斬撃は迷いなく円盤状の影を捉え、そのまま両断した。
螺旋は音を立てて崩壊し、影は抵抗する間もなく霧散する。
吸収を免れたブレスは、その勢いを一切殺すことなく戦場を駆け抜けた。
触れた影を次々と焼き払い、空間ごと削り取るかのように蹂躙していく。
グランは咆哮を上げながら、そのままブレスを横薙ぎに振るい続けた。
漆黒の奔流が大地を舐めるように走り、戦場一帯に溢れていた影を、まとめて消し飛ばしていく。
『いい加減、うっとおしいんだよぉぉオオオ!!!!』
激昂と共に、アビスハウルが一直線に踏み込んでくる。
狙いは、ブレスを吐き続けているグラン。
全身を覆う影の装甲の影響か、先ほどまでと比べれば僅かに速度は落ちている。
だが、それでもなお、目で追うのがやっとの速さには変わりない。
一直線に、グランへと肉薄していく。
「させるかよ!」
「ここは通しませんよぉ!」
その軌道に、俺と虎徹が同時に割り込んだ。
虎徹が大盾を構え、俺は剣で迎え撃つべく体勢を整える。
『無駄だ人間! グルゥアアア!』
その瞬間、アビスハウルの体が、異様な膨張を見せた。
いや、これは膨張じゃない。
正確には、その全身を覆っていた影が、一気に膨れ上がり爆発したんだ。
轟音と共に、影が四方八方へと拡散する。
それはある種の全方位攻撃。
黒い衝撃波が周囲一帯を呑み込み、地面ごと抉り取るように吹き飛ばしていく。
「【障壁魔法・絶界】!」
反射的に魔力を解放し、障壁を展開する。
俺と虎徹の前に光の壁が立ち上がり、迫り来る影の奔流を受け止めた。
「……っ、耐えたか……!」
安堵しかけた、その時だった。
視界の先で、アビスハウルの身体が、ドロリと崩れ落ちる。
影の鎧が溶けるように形を失い、黒い泥のように地面へと流れ落ちていく。
「溶けた!? ……いや、これはまさか!」
俺は咄嗟に振り返ると、背後にアビスハウルの姿が……
「転移かよ……!」
背後からの急襲、強力な爪の一撃が俺と虎徹を吹き飛ばす。
「ぐぅ……! そんなことまで出来るのか!?」
影を使った攻撃、影を纏ったパワーアップに全方位攻撃、挙句の果てには影を使った転移かよ、糞チートモンスターが!
派手に吹っ飛ばされた俺と虎徹にアビスハウルの追撃をしようと、飛び掛かってくる。
「させないニャー! 【ヴァジュラ】!」
その瞬間、獅音の声が戦場に響く。
スキルの発動と同時に、その身体が金剛石のように硬質化する。
「行くニャー! 【昇天脚】ニャー!」
次の瞬間、獣じみた俊敏さで地を駆け、アビスハウルの懐へと一気に潜り込むと、地面を蹴り抜きながら、豪快な蹴りを放つ。
その一撃は、アビスハウルの腹部を正確に捉え、衝撃と共にその巨体を空中へと弾き上げた。
『ガァッ!?』
俺たちへの追撃に意識を集中させていたアビスハウルだったが、咄嗟に身を捩り、空中で体勢を立て直す。
「【ニトロバレット】」
その隙を逃さず、ショコラの銃声が響いた。
放たれた弾丸は正確に胴体を捉え、直後、爆発を引き起こす――が。
『それは効かねぇっつってんだろうがよぉ!』
アビスハウルを覆う影が衝撃を受け止め、致命傷には至らない。
爆発は確かに直撃したものの、影の装甲にわずかな亀裂を刻むに留まったが――次の瞬間、その亀裂へと叩き込まれる一撃があった。
「はあああああっ!!」
ヴァイオレットが振るうモーニングスターだ。
ここまで回復に専念していた彼女が、ついに攻撃へと転じたのだ。
――満を持しての【バーサーカーモード】(本人は絶対に認めないが)
振り抜かれた鉄球は、正確にショコラが刻んだ亀裂を捉えると、バキィンッ!!と鈍く重い音と共に、アビスハウルを覆っていた影の装甲が、粉々に砕け散った。
『ガハァッ!? 何だとぉ!?』
衝撃に体勢を崩し、アビスハウルがよろめく。
その隙を、さらに追撃しようとする者がいた。
『そのまま吹き飛べ、駄犬――』
低く吐き捨てるグランの声。
影の装甲が砕けた状態の無防備に晒された胴体へ向け、竜王の豪腕が唸りを上げた。
まさに【ドラゴンパンチ】豪快に振り抜かれた一撃は、空気を爆ぜさせるほどの威力を伴い、アビスハウルの胴体へと直撃する。
凄まじい衝撃と共に、その体は弾き飛ばされ、木々をなぎ倒しながら遥か彼方へと吹き飛んでいった。
『ふん……少しはスッキリしたな』
アビスハウルの高速攻撃を受け、ダメージを負ったグランは、やはり怒っていたらしい。
殴り飛ばした後、自らの握りこぶしを見下ろし、得意げに鼻を鳴らす。
今の一撃で、アビスハウルには相当なダメージが入ったはずだ。
いや、あの拳なら、そのまま息絶えていてもおかしくはない。
――だがその甘い考えは、次の瞬間、粉々に砕かれる。
吹き飛ばされた先で、アビスハウルの周囲から夥しい量の影が噴き上がった。
それは天へと伸びる、漆黒の柱。
これまでとは比べものにならない密度と量を持つ影の奔流、そして、次の瞬間、その柱が弾けた。
溢れ出したのは、大量の影だった。
触手、球体、円盤――さらには刃のようなもの、獣の形をしたものまで混ざり合い、空間を埋め尽くしていく。
――これが、最後の大盤振る舞いってか。
そう嘆きたくなるほどの、圧倒的な大群が、一斉に襲いかかってきた。
視界を埋め尽くすほどの影の大群が、雪崩のようにこちらへ迫る。
逃げ場など、どこにもなく、ある意味では壮観とすら言える光景に、一瞬だけ息を呑む――が。
「くそっ! 【絶界】で防ぐ! 全員、下がれ!」
すぐに意識を引き戻し、魔力を解放する。
光の障壁を展開し、押し寄せる影の奔流を受け止めようとするが、視界の果てまで、途切れることなく続く影の規模を目の当たりにし、どこまで防ぎ切れるのかという不安が、胸の奥をかすめた。
その時だった――
『主よ……一つ、提案がある』
グランの低い声が、耳に届く。
「何だ? 今は取り込み中だ、手短に頼む!」
短く返すと、グランはわずかにこちらへ視線を寄越し、一つの言葉を発した。
『――【合体奥義】を、使え』
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